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第六話 神隠しの調査

 アランたちは里の外れに来ていた。里で神隠しの噂について聞き込みをした結果、王国と帝国の国境近くの外苑部付近に行ったエルフが神隠しに遭うという。

 この付近では薬草が取れるようで、エルフたちがよく採集に来るということであった。回復魔法の使い手は貴重であり、エルフの中には使える者がいないということもあって、薬草は重要なもののようである。

「なかなかに深い森だな。地形も複雑で崖もたくさんありやがる。これじゃあ滑落したり迷子になったりして帰ってこなくなるエルフが出ても不思議じゃない」

 アランは辺りを見渡しつつそう呟く。

「おまけに帝国との国境部だ。事故なら話は簡単だが、帝国が絡んでるとなると話がややこしくなってくる……」

 エルフが勝手に崖で滑落したり迷子になってしまっているならば事故として扱えば話が簡単だ。だが、隣国が何かしらの干渉をしてエルフに対して危害を加えているとしたら?

 エルフは正式にはアランが所属する王国の国民ではない。王国が統治する領土に勝手に住み付いている知的な生物というのが王国の見解である。だから通常であればアランが出張る必要はない。

 だが、もしこれがエルフではなく王国の領土を狙った侵攻作だった場合、この土地を治めているアランには対応の義務がある。おまけに、アランは今回、王国から密命を受けていた。

 内容は非常に簡単だ。帝国がもし干渉してきている場合は、これに対応し撃退せよ。アランはその命令を受けていた。

 アランの先代は優しき領主であった。多くの民に好かれる存在である。これが王国の内地に領地を持っているのであれば、問題は多くなかったろう。だが、帝国との国境線を領地とする辺境伯であったのが災いした。

 先代の施策はぬるく、帝国からの経済的・人的干渉に対応しきれないでいた。そのため、帝国からの最初の侵略対象候補として、王国中枢部の会議で頻繁に名があがるようになっていた。

 先代が亡くなった時に、先代の施策と対立して嫌気がさし、王国騎士団へと出奔していたアランに声が掛かるのは必然だったと言える。先代と異なりアランは領主としての才覚に恵まれているというのが王国中枢部の評価である。()()()()()()()()()()()()()()()()()が、その威力や幅で言えば王国にアランに匹敵するものはいないとも言われていた。

 もちろん辺境伯なので、後継者問題は辺境伯家の中で解決するべきである。だが先代は質素倹約を是としており、家臣団を雇うだけの財力を失っていた。さらには早くに亡くなった妻へと操を立てており、アラン以外に子供がいなかった。

 結果、大問題となり王家預かりの案件となった。隣接する領主へと領地を割譲する案も議論された。アランが領主に戻ることを当初拒否したことも理由のひとつだ。アランからすれば王国騎士団の方が気楽であり、先代がボロボロにした辺境の地で、かつ、帝国と隣接する地の再生などやりたくなかった。

 それに王国を外敵から守るという点であれば、実働部隊である王国騎士団の万騎長の立場の方ができることも多かった。王国騎士団の万騎長は王家にすら直言ができるほどの位である。辺境伯ももちろん王家に対して直言できはするが、その主任務は領地の管理であり、王国を外敵から守るという点では、王国騎士団とは役割が異なっていた。

 だが、帝国と領地を接している領主の数を減らすのは、王国の安全保障の観点で受け入れられなかった。何しろ辺境伯家の周りの領主には、領地的にも心理的にも王都よりも帝都の方に近いと言われるものが多い。帝国と内通して裏切られた場合の被害を防ぐという点でも、領主の数は減らせなかった。

 最終的に、アランは騎士団の関わりで関係が深くなっていた王子に説得され、辺境伯を継ぐことになった。アランにやる気は全くなかった。だが、王子には騎士団の関係で借りもあったため、断ることができなかった。

「あの腹黒王子の案に乗るのは面白くなかったが……だが言う通りになったな」

 正確に言えば、密命を出したのは王国ではなく王子個人である。今回のアランの辺境伯就任は王子の主導で行われた。そしてアランに対してエルフの森を抑えるよう指示を出したのだ。

 アラン自身も王子と共に地図を前に議論を交わしたが、謀略・策略・戦略、そういった点では王子の目は自分自身よりも優れているとアランは考えていた。

 そして今、きな臭さをこの土地から感じている。調査が必要だ。それがアランの結論だった。

 調査をすることを同行者の二人に伝達しようと振り返る。そこには、深い森には似つかわしくないメイド服をシワひとつなく完璧に着こなして、無表情で立っている絶世の美女がいる。ローズはいつも通りで全く問題がない。問題はもう一人の同行者だ。

「で、お前はなんで陰気な顔をしている?」

 アランが声をかけたのは、エルフの里で里長に挨拶するからと一度別れたフレデリカである。調査のために合流してから陰鬱な表情をしている。アラン自身、里長と何かあったのだろうと察しはついているが、詳細まではわかっていなかった。

「アラン様、女性に対してお前と声をかけるのは失礼かと思います」

 ローズがすました顔のまま注意する。アランは少し嫌な顔をして、だが逆らわずに謝罪する。

「……ああ、悪かったよ……それで? どうされましたかフレデリカ? 俺に尻を打たれても折れなかったのに、今日はいつになくしおらしいじゃないか」

 アランの言葉はフレデリカを挑発するものだ。普段であればすぐに食ってかかってくるだろう。だが、今日のフレデリカの反応は悪い。アランの方を少し見るとまた俯いてしまう。

 フレデリカは内心で大きく葛藤していた。里長が何かを企んでいることをアランに話しても良いのだろうかと。だが、アランの性格を知ったフレデリカにとって、この話をアランにするのは躊躇してしまう。もしこの話をアランにしてしまえば、アランはエルフの粛清を開始してしまうような気がしたからだ。

 アランにはフレデリカの葛藤はわからない。だが、フレデリカがすぐに話せるような様子でもないことは伝わる。そもそもフレデリカはアランに対して何でもかんでも言えるような立場でもない。エルフたちの立場を考えつつアランと交渉しなければならない立場だ。

 そして、アランの見立てでは、フレデリカは凡庸な人物ではない。少なくない教育を受け適切な判断が取れ、また、精神的にも成熟している。そんな人物が話さないのであれば、すぐに聞き出す必要もないとアランは判断する。

「まあすぐに話さなくたっていいさ。帰ったら夕食がてら話を聞いてやるよ」

 それにアランは目の前の調査を急がなければならない。フレデリカの様子はひとまず後回しにする。

 フレデリカは後回しにされたことで内心ホッと息を吐く。アランに伝えるのは、今でなくても良いはずだ。イレーヌも今すぐに何かを始めるという雰囲気でもなかった。

 そうして前を向こうとして、妙なざわつきを感じた。

 エルフは森の中で暮らしており、魔法に対する探知能力に優れている。薄暗い森の中で獲物を探し狩りをするためだ。だからこそ、このメンバーの中でフレデリカは一番初めにその気配に気づく。次いで、アランとローズも気配を察する。

「……魔法の気配? こんな山奥で?」

 フレデリカのそのつぶやきは、アランに自分が察知したものが思い過ごしでないことを確信させる。

「状況を見に行くぞ。あっちだ」

 アランを先頭に魔法の気配があった方へ全員で向かう。足場が悪い場所であるが、フレデリカは森出身のエルフであり素早く移動できる。アランも騎士団仕込みの技術と筋力で、全く引けを取らない速度で移動する。ローズはその二人の後に続くように、だが遅れず、服も乱さずについてくる。

 そして近場の崖際、周りから少し高くなったところに到達する。

「あっ!」

 フレデリカが声を上げる。崖の上から見えた先。黒装束を纏った三人組に追い詰められる若いエルフが見えた。エルフは足に怪我をして倒れており、明らかに追い詰められていることが見てとれた。

 フレデリカはすぐさま駆けつけたいと思った。次期里長としての使命感であり、里のエルフを助けたいと思った。だが、場所が悪かった。襲われているエルフは崖の下である。飛び降りれるような高さではなく、かといって迂回していれば間に合わない。

 どうするか、それを隣にいるアランに聞こうとして、次の瞬間、アランは崖から飛び出していた。



今晩もう一話投稿予定です。

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