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第二話 人質となるエルフの姫

 エルフの森の中心、樹齢千年を超える木が珍しくないその場所にエルフの里は存在した。森に溶け込むように建てられた、いくつもの家や広場。

 普段はエルフたちが多く歩いているその場所だが、今は誰もいないかのように静まり返っていた。悪魔の襲撃以降、戦えるものは戦士として戦いに出ており、戦えないものは家にいえるように里長から指示が出ていたためだ。

 そして、その日、里の公民館には里長の依頼により、里の意思決定を行えるエルフたちが集まっていた。人間が見ればため息を吐くような美しい顔の美男美女。だが、その顔には皆深刻な表情を浮かべていた。

「今朝、里長の元にこのような手紙が届けられた」

 上座に座る一人のエルフが差し出したその手紙には、この地を治める領主、エルフの里を襲撃している張本人たるアラン・フィッシャーの印が押されている。その手紙には、慇懃無礼な文章で、いますぐに武器を捨て降伏するようにと書かれていた。

「今日この場に集まってもらったのは、今後の私たちの方針を話すためだ。戦うのか、降伏するのか。それを決めたい」

 エルフの里はここ数百年、平和な時間を過ごしていた。だが、その平和な時間は突如として終わりを迎える。

 ある日、領主の代理を名乗る女が、領主からの手紙を届けにきたのだ。そこには、自分がこの地を新たに治めることになった領主であり、エルフの森も直轄地として管理するということが書かれていた。管理の内容を話すために、エルフの代表者を早急に領主の屋敷に送りこめという要求と、無視された場合には武力を持って攻撃をするということまで記載されていた。

 もちろんあまりにも突然の要求である。エルフたちは話し合いの末、この要求を黙殺することを決定した。エルフの里は、魔獣が跋扈する外苑部と、その後に続く深い森に守られており、攻め込むのが難しい。

 また、外苑部と森の間には、エルフの里長のみが使える秘術である守りの魔法がかけられている。強力な魔法でしか破れない魔法の壁は、外苑部を跋扈する魔獣であれども突破はできない。また仮に守りの魔法を突破されたとしても、エルフの里の戦士たちがいる。十分に対応できると考えていたためだ。

 だが、それが自分たちの過信であると気づくのにそう時間はかからなかった。攻め込まれてからわずか数日の間に、全ての障害を悪魔は突破した。すでに多くのエルフの戦士たちが戦い、敗れ去っていた。今やほとんどのエルフの戦士は傷つき戦える状態ではない。

「すでに私たちの反抗はことごとくが打ち破られてしまいました。戦士たちも傷ついたものばかりで抵抗も難しくなりつつあります」

 最も下座に座った男、エルフの戦士のまとめ役であるジークはそう説明する。特徴的な戦さ化粧をしているその顔は、苦悶で歪んでいる。絞り出すように言葉を話していた。納得しているわけではない、だが仕方がないということが伝わるものだった。

「攻め込まれたと言っても、その場所は森全体の四分の一にもなりません。まだ戦うべきです」

 若いエルフが主張する。まだ戦うべきだ。エルフたちは誇り高い。その若いエルフは誇りに従い戦うべきだと主張した。

「どうやってだ? 戦士たちはほとんどがやられてしまっている。それにすでにあの悪魔はエルフの里までの道を確保してしまっている」

 徹底抗戦を叫ぶ年若いエルフに対して、ジークは反論する。

 悪魔との戦いはエルフの里の目と鼻の先まで迫っていた。エルフの里は、森の中にしては比較的に開けた場所である。相手の悪魔は強力な魔法を使えることもわかっている。強力な魔法を里の中で使われてしまえば、脆弱な居住部は全て吹き飛び多くの犠牲が出ることになるだろう。

「だからといって全てを諦め悪魔に降伏せよとおっしゃるのですか!」

 若いエルフも反論するが、具体的な策はない。

 ここに集まったエルフたちは皆一様に暗い顔をしている。絶対の信頼を置いていた魔獣がいる外苑部に里長の守りの魔法、深い森、エルフの戦士たちが一週間とたたないうちに全て突破されてしまったのだ。打開策を考えたくても、相手が強すぎて方法が思い浮かばなかった。

 そしてさらにエルフたちの顔を暗くさせていたのが、それを成したのが、たった一人の人間であるという事実であった。相手が軍団なのであれば補給の問題もある。籠城して耐えるという選択肢も考えられた。相手の兵士を減らすことで撃退することも考えられた。だが、たった一人を相手取る場合、補給の問題は問題たり得なかった。圧倒的実力差の前に多くの戦士が敗れた今、その一人を撃退できる戦士もいなかった。

「相手はたった一人なのだぞ? まだ戦えるものもいる。皆で一斉に向かえば」

「先立っての戦いでは戦士の中でも精強なものたちを二百人連れて行きました。結果は惨敗です」

 上座のエルフのその言葉にジークは反論する。ジークにとってはこの戦いが分水嶺だった。今自分たちが用意できる最も強力な陣営で戦いを挑み、そして敗れた。

「確かにまだ戦えるものも残っています。ですが戦えるといっても弓を使った経験がある程度の者しかもう残っていません」

 ジークのその言葉に、場に沈黙が満ちる。

「里長、里長はどのようにお考えなのですか? そろそろお考えをお聞かせください」

 最も上座に座るエルフの女、この中の最高齢でありこのエルフの里の長であるイレーヌに話が向けられる。彼女は目を閉じて静かに議論を聞いていた。しばし沈黙したのち、話を振った男のエルフの方を向く。

「……戦えるものがもうおりません。降伏は仕方ないと思います。ただ……人質を出せという条件が問題だと思います」

 まさしく問題はそこであった。降伏を促す手紙には、里長もしくはそれに準じる立場のエルフを人質として差し出すことを求めると書かれていた。

 皆が苦虫を噛み潰したような顔をしている。この条件の場合、エルフの里から出せるエルフは二人いた。一人は里長であるイレーヌ本人である。だが、里長を出してしまえば里を治めるものがいなくなってしまう。必然的にもう一人の方に白羽の矢が立つ。

 そのエルフとは、イレーヌの一人娘であるフレデリカだった。だが、フレデリカを差し出すことに対して、この場にいるエルフ全員が難色を示していた。

 エルフは長い寿命を持つ。それに比例して子宝に恵まれることは少ない。そのためフレデリカが生まれた時には、この森のエルフが総出で祝ったほどなのである。皆が自分の娘のように大切に思うフレデリカ。彼女を、この森に攻め込み自分たちの平和を壊した悪魔の元に送りたいとは、誰も思わなかった。

 また、里長の血筋には、代々特殊な魔法が顕現することが知られていた。守りの魔法である。この魔法は魔獣や人間といった外的が里に入ってこらないようにする魔法であった。

 フレデリカはまだ使えなかったが、もしフレデリカを差し出し里長の血筋が絶えてしまった場合、エルフたちは守りの魔法を失う可能性もあった。そうなってしまうと、今回のような敵の襲撃を受けやすくなってしまう。

 場に重苦しい沈黙が流れる。誰も今の事態を打開する方法を打ち出せずにいた。

 その時、会議が行われていた広間の入り口から足音が聞こえてきた。人払いはしていたはずであり、広間の外にいる戦士にも、誰も中に入れるなと言い含めてある。皆が何事かと入り口に注目する。そこに一つのエルフの人影が現れた。

 エルフ特有のスレンダーな姿。だがエルフの戦士たちの訓練に混ざることがあるためか、姿勢が良く引き締まった体をしている。意志の強そうな目は本人の性格をしっかりと反映している。美しい髪は一つにまとめられ、背中にまっすぐ流されている。エルフの中でも特に美しいと言われる容姿、里長の娘、今話題の渦中にあるフレデリカであった。

「フレデリカ様、会議中です。いくらフレデリカ様といえども勝手に……」

 上座のエルフが代表して苦言を呈そうとしたその言葉に被せるようにフレデリカは宣言した。

「話は聞かせてもらいました。私は行きます」

 その場にいるエルフたちが凍りつく。それを無視して、毅然とフレデリカは発言する。

「もはや戦えるものは少ないのです。このまま徹底抗戦を続ければ、悪魔は際限なく私たちに攻撃を加えるでしょう。もし私一人犠牲になれば済むのであれば、それに越したことはありません」

 ノブレスオブリージュを体現する見事な言葉。それにとフレデリカは続ける。

「人質とはいえ懐に入れば隙も見つけられましょう。悪魔を刺し殺す機会もあるかもしれません。私は武芸も習ってきました。里長の娘として責任を果たして参ります」

 彼女の意見には反対意見も出た。しかしエルフたちに他に対案もなく、フレデリカの意思が強いことも皆が知ることであった。

 結局その日、彼女を人質とした降伏の受諾が行われることが決定された。


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