サーシャ沼にアイシルと新婚旅行? いやいや初戦闘です!
ナーヴ市はカラビア国郊外の自然豊かな地域、そうハルミに聞いていた。
実際に着いてみると、自然豊かは、田舎であることの言い換えてあることがわかった。
集落を離れて少し進むと、そこはもう、手つかずの森や山や沼地が広がっている。
ここで達成すべき
・行方不明の子供の行方を探してほしい
・痛みをおさめる薬草の採取
・咳を鎮める薬草の採取
という3つの依頼のうち最もハードルが高いのが最初の依頼だ。
少年の名はナーゼル、コスタ家の長男だと言う。
まずコスタ家を訪ねる。何度もドアをノックするが返答はない。
住人たちに話を聞いてみると、このところ、ナーゼルの他にも行方不明の子供がいるという噂が増えているのだという。
ナーゼルはサーシャ沼が好きで、そこに遊びに向かう姿がよく目撃されていたようだ。
サーシャ沼というのは、ナーヴ市で一番の大きさを誇る沼だが、ハルミによれば、巨大吸血コウモリが棲みついているという噂があり、近隣の住民もめったに近付かないのだという。
ナーゼルも親や知人の目を盗んで遊んでいたらしい。
ユキオとアイシルは薬草採取の目的も兼ねてサーシャ沼に向かった。
森の中に広がるサーシャ沼は美しかった。森の木々の間から太陽の光がいく筋にも分かれて湖面へと向かい宝石のような光の反射を作り出す。
湖の澄んだ水が作り出す鏡のような湖面は、森の木々の新緑をそのまま映し出しエメラルドグリーンに輝いている。
「一緒にリゾートで過ごす気分だね」
アイシルが言う。ユキオも、
「ほんとうにきれいなところだね。巨大吸血コウモリの伝説がウソのようだ」
アイシルは甘えるような表情で、
「なんだか新婚旅行みたいじゃない?」
とささやく。
「……」
ユキオが黙ってしまうと、アイシルが真顔になって言う。
「なによ! 私と一緒じゃ不満なの?」
「いえいえ、アイシルみたいにきれいな精霊と一緒にいるのは、とてもうれしいよ」
「最初からそう言いなさいよ」
と言いながらも、アイシルの表情も上機嫌そうだ。
そんな沼の岸に自生しているのが、依頼にあった薬草だ。ユキオはさっそく薬草採取にかかり、痛みを抑える薬、咳を鎮める薬を集めていった。
2時間ほどすると十分な量が集まった。
ユキオは
「オープン!」
と唱えて、アイテムボックスの収納口を呼び出した。
薬草を種類ごとに分けて、ボックスに手際よく収納する。
これを女神様にもらっておいて本当によかった、とユキオは思う。
もしこの収納ボックスがなければ、重い荷物を背負って移動もままならず、適度な温度での保管もできず薬草を傷めてしまうからだ。
収納を終えて立ち上がると、突然、アイシルが鋭い声で話しかけてきた。
「ユキオ、この沼にはモンスターがいるわ。邪悪な気が近づいているのがわかる」
アイシルがこう続ける。
「いつ襲ってきても不思議じゃない。ステータス、と唱えて、自分の状況を確認してみて。使える技を確認しておいて、モンスターが出てきたら戦うのよ」
「わかった」
ユキオが、
「ステータス」
と唱えると、目の前にウィンドウが現れた。
火炎魔法レベル、回復魔法、会話スキル、すべてレベルは1、使える技らしきものはないようだ。特殊スキルに「懇願」とある。しかし、こんなもの、どんなとき、どんな場面で役に立つというのだろう。
「気をつけて、ユキオ、来たよ」
横からスピードをあげた30センチほどの黒い物体がいくつかこちらをめがけて飛んで来る。
アイシルが言う。
「あいつらはコウモリ型のモンスターよ。噛みついて血を吸おうとするから、攻撃をかわし、倒して!」
肩に乗ったアイシルがテレパシーでよけるタイミングを教えてくれる。やつらの第一次攻撃は交わしきった。
「ユキオ、火炎魔法を放って」
アイシルの声を受けて、ユキオは精神を集中させた。
狙いは先頭のコウモリ。
火炎の弾を放った。
だがその弾道が進むはるか先にコウモリは逃げていく。
「ユキオ、あなたの火炎のスピードはまだ遅いの。コウモリの進む先を読んで撃ち込まないと当たらないわ。私が協力するから、狙い撃ちしましょう」
「了解!」
「狙いはもう一回、先頭のコウモリよ」
アイシルの合図で、ユキオはアイシルと波長を合わせる。
コウモリの進む軌道が見えた!
そこに先回りして、火炎弾を撃つ。
ギュオン!
耳をつんざくような轟音とともにコウモリは火だるまになり、一瞬にして灰になった。
発射速度は遅いけど、威力はすごい。
「ユキオ、休むな! 次だ」
2匹目のコウモリも、3秒でロックオンした。
発射!
グエッ‼︎
今度は悲鳴を上げて燃え上がり灰になるコウモリ。
あと二匹だ。
「ユキオ、今度は二匹を一撃で狙いに行こう」
アイシルが言う。ユキオはアイシルに意識を合わせる。彼女から感じる波長はとても心地よい。
2匹のコウモリが描く軌道がハッキリと見える。
「ユキオ、今よ!」
精神を集中させて火炎弾を撃つ!
とらえた! 命中の確信があった。
火炎弾は美しい軌道を描きながらターゲット二体のど真中を貫いた。
ひときわ美しい黄金の光とともにモンスターはもえつきていった。
「すごいわ、ユキオ。カッコいい! 惚れ直したぁ〜」
無邪気にはしゃぐアイシルの笑顔に、トギマギしてしまうユキオだった。