早起き
俺は、起床時刻より一時間前に起き、昨日の自由時間に出来なかった七星関係の調査をしていた。
そもそも俺のノートPCのキー音は大きくなかったが、吉村を起こしても悪いし、やっていることを勘繰られても嫌なので、タッチバッドとスクリーンキーボードを使って音を出さないように工夫した。
調べている最中、俺はネット上のスクリプトライブリで自分のコードを見つけた。
「これって『七星』さんに言われて組んだスクリプトだ」
うっかり声に出してしまって、吉村の方を振り返った。
よかった、まだ寝ているようだ。
これは彼女がアップしたのだろうか。
そんなことより、俺はスクリプトについているタグや評価内容が気になった。
「……」
いや、こんなことを気にしている場合じゃない。
俺はさらに調査を続けた。
今日は修学旅行の二日目で、バイクを盗まれた寺の住職に話を聞くことになっている。
寺の住所や地理を調べていると、近くに気になる建物があった。
それは、去年の修学旅行の宿泊先の『野々村屋』だった。
七星がバイクを使って失踪したのだとすると、宿泊先から近いところで乗り物を調達したのは非常に合理的な話だ。十分な金があれば手ぶらで失踪もありえたろうが、当時高校二年生の七星はそうは行かなかったろう。
俺はいくつかの映像を再度確認した。
七星が乗っているバイクには大きなスーツケースが乗っている。重量バランスが崩れて、ウイリーしそうになるほど、だ。
これが本当に彼女の持ち物だったか、昨年の宿泊先に言って聞いてみてもいいだろう。
昨日の藤原先生の言うことには、七星を探している連中がいて、そいつらは七星が持っていたスーツケースに興味があるようだからだ。
俺は『野々村屋』の監視カメラのレコーダーへアクセスした。
一般的によく設定されているパスワードで、簡単に侵入が出来た。
一年前、七星が失踪した日付。
フロントの映像を見ていると、宅配業者が七つの段ボール箱を台車に乗せて入ってくる。
野々村屋の従業員は宅配業者と話をしたかと思うとフロントにある電話をかけた。
フロントに、七星がやってきて、その荷物に受け取りのサインをした。
「……」
七星は旅館の従業員から台車を借り、宅配業者から受け取った七つの箱を持って部屋に戻っていく。
どうして七星が一人で旅館に残っているのか。
以前調べた失踪に至る経緯を思い出した。七星は具合が悪くなり、修学旅行三日目は一日旅館で休むことになっていた。その上、学校側の人数が足らず、この日、旅館に残っている教師がいなかったのだ。旅館側も注意はしていたが、まさか失踪するとは思っていないから、わずかな隙をつかれて逃げられてしまったのだろう。
映像をさらに追っていくと、七星がスーツケースを引きづりながら野々村屋の廊下を歩いている姿が映っていた。
普通に三泊四日の荷物を入れるスーツケースとは思えないほど大きい。
もしかしたら、さっき代車で運んだ荷物を入れたのではないか。
そんな事実は残っていないものの、そう推測するのが正しそうに思える。
初めから失踪を計画していたのなら、修学旅行の初めからわざわざ重い荷物を入れて必要なない。こんな風に、自分が行く先、着く先へ、宅配便で送っておけばいいのだから。
だが、彼女はなぜ荷物を旅館に送った? 俺は考えた。
自分で受け取る必要があったのか? 受け取り先の住人に、中身を見られては困るとかだろうか。それとも失踪先がまだこの時点では決まっていなかったのか。
スクーターを盗むという行動に出ていることから、とても計画的とは思えない。何故なら、旅館の近所にスクーターがなれば成立しないからだ。それらを考え合わせると、失踪時点で隠れる先が決定していなかったというのだろう。
そこまで調べた時、スマフォにメッセージが入った。
高橋からだ。
俺は画面を見てちょっと引いてしまった。
メッセージアプリに書かれているメッセージ数が、二桁、それも後半の数値だったからだ。
慌ててアプリを開く。
『今、自由時間だよね』
昨日の夜のメッセージだ。
渚鶴院から音声で着信があって、話し込んでしまった時間帯だ。
『七星さんは一年の頃から、バイトしてた見たいね』
『どんなバイトだったか、そっちの方面も調べておいて』
『今、何してんの? お風呂?』
『そろそろ自由時間じゃないの?』
『返信はしなくてもいいから、読むぐらいしてよ』
一方的に送り続けられるメッセージ。
だんだん、様子がおかしくなってくる。
『こんなにメッセージ無視されるの初めてだ』
『明日あったら覚えとけよ』
『ねぇ、寂しい』
『なにか返して。つらいよ』
『……』
わざわざメッセージでテンテンテン、と入れてくる心理が、俺には理解できなかった。
今メッセージを返すとして、なんと理由をつけるべきだろう。
正直に渚鶴院と音声通話してたと書くべきか?
いや、その選択はない。
変に理由をつけない方がいい、と俺は考えた。
『ごめん、今見た』
瞬間的に返信がきた。
『何よ、どうして今見たのか教えなさいよ』
体が「ビクッ」と反応した。
すぐに返信すると言うことは、寝てないか、臨戦態勢で俺のメッセージを待っていたことになるからだ。
『自由時間は吉村と話してて、高橋のメッセージ見られてもまずいから、スマフォ開けなかったんだ。それに消灯の時間あたりは、先生の見回りがあるから、やっぱりスマフォを開けなくて』
『見回りって、先生が鍵の掛かってる部屋の中に入ってくるわけないじゃない。吉村が寝てから返信すればよかったでしょ』
『そうだよね。ごめん』
沈黙の時間。
追ってメッセージをいれた方がいいのか、俺には分からなかった。
『私、眠くなったんで、寝るわ』
『おやすみ』
高橋は寝てなかったんだ。
いや、寝ていたかもしれないが、ずっと俺のメッセージを待っていたのだ。
すまない。
俺は目を閉じて、スマフォに向かって頭を下げた。