事件当時の話
修学旅行のスケジュールは順調に過ぎていく。
クラスごと選択式の観光を終えると、学年全体がホテルに集まってきた。
集団で食事を取って、分単位で風呂に入った。
俺は風呂を終えて、部屋に戻った。
一部の生徒が『今の時代、同性だからといって何も起こらないとは限らない。生徒を相部屋にするのは間違っている』と学校側を批判した。しかし、予算もあるため、個室を与えることもできず、妥協案として二人部屋ということになったものだった。
二人で一部屋だが、流石に男女同じ部屋はなかったし、同性同士でも問題がありそうな生徒は事前に相談を受け部屋割を変えていた。
そんな感じで、全体を見れば同じ班だから同じ部屋というわけではなかったのだが、俺は同じ班の吉村と同部屋だった。
俺は、今日のまとめをノートPCに残すと、閉じた。
「吉村、ちょっと藤原先生のところに行ってくる」
「なんで?」
「今日のことで気になることがあって」
俺はカードキーを取って部屋を出た。
教師の部屋割は公開はされていなかったが、ロビーに待機している先生がいて、そこを通じれば先生と会うことは可能だった。
藤原先生に連絡を取ってもらい、部屋で会えるようにしてもらった。
「修学旅行中なのに熱心だな」
部屋に入ると、藤原先生だけでなく相部屋の教師もいた。
「あの、大変申し訳ないんですが、藤原先生と二人にしてもらえないですか?」
「そんな話なのか? 俺に?」
藤原先生が相部屋の教師に目をやる。
「ああ、いいぞ。ちょうど退屈してたから、少し外に出てくる」
俺はお礼を言って頭を下げた。
藤原先生に言われて、俺は椅子に座り、先生は自分のベッドに腰掛けた。
俺は静かになったことを確認して、切り出した。
「先生に聞きたいのは、去年の『七星』さんの件です」
「!」
柔らかかった表情が、険しいものに変わった。
「そういうのはプライベートな話なんだ。だから一切話すことはできない。それだけだったら、もう話すことはないぞ。ほら、部屋から出て」
藤原先生は立ち上がった。
「ぼんやりした情報でいいんです。DVがあったんですか?」
「知らん」
出て行けとばかりに椅子を揺すってきた。
俺は立ち上がった。
「俺、京都で七星さんを見かけたんです。だけど、そのことを誰かに話してもいいか、とても不安で。DVとかで隠れているなら、このまま内緒にしないといけないし」
「……」
「七星さんのためなんです」
藤原先生は、急に一人で扉に行き、覗き窓で外をみた。
そして戻ってきた。
「座れ」
俺は言われたまま、椅子に座る。
「お前、七星の居場所を知っていると言ったな」
「いえ。見かけたんです」
「それ、誰にも言ってないな」
俺は頷いたが、実際、この情報は高橋にも高橋の事務所にも知られている。
「お前を信用していいか。ここだけの話、というのがわかるか?」
「はい」
藤原先生は何か考えているようにしばらく黙ってから、口を開いた。
「去年、七星が修学旅行中に失踪した時、俺も関わっていたが、主に関わっていたのは沢田亮治だったんだ。別に責任逃れをしようとしう訳じゃ無い」
藤原先生はベッドに腰掛けると、話を続けた。
「沢田は辞めた、ということになっているが、実際は学校側からの指示、つまり実質的には解雇だったようだ。俺は辞めた後、何度か会おうとしたが、沢田と会うことはできなかった。噂だが、七星から金をもらっていたという話だった」
「……」
「事件後、よく考えると、俺は七星本人から直接相談を受けてない。全て沢田から『ほのめかされた』だけだった。俺は話を聞いて沢田に協力することに決めたから、そうしただけだった。本人が苦しんでいるのかどうかは、はっきり聞いていないんだ。だから、事件に関わっていながら沢田は解雇され、俺は解雇されなかった、という違いになったのかもしれない」
俺は頷きながら、聞き返した。
「学校側、つまり校長か副校長が、この事件の真実を把握している、ということですか?」
「分からない。だが解雇できる立場の人間は少なくとも『沢田』を辞めさせなければならない理由は知っているだろう。沢田をやめさせる理由が、事件の真実とつながるかは、分からない」
「……」
一体、どんな理由で姿を消さなければならないのか、先生も実はよくわかっていなかった。それだけは確かなようだ。
「ここまでしか話せない。というか、これ以上話せることがないんだ。彼女のことを他人に言うときは十分気をつけるんだ。過去、彼女を探している連中に問い詰められ、何度か怖い目にもあった」
「先生がですか」
静かに頷く。
「沢田は彼女が犯罪などに関わった訳じゃない、家族から逃げなければならないんだ、とだけ言っていた。だが、そういう反社まがいの連中が七星を探し回っているところ見ると、もしかしたら……」
「その人たちは何か言ってなかったですか」
「スーツケースだけでも知らないか、とは言っていた」
俺はスマフォに『スーツケースを探していた』とメモした。
「スーツケースというのは、彼女の持ち物のスーツケースだろうが、それに何が入っているとか、細かいことは口にしなかった……」
「そうですか」
俺は立ち上がり、頭を下げた。
部屋を出る間際、藤原先生が言言った。
「彼女のことを話す時は、本当に気をつけるんだ。それと修学旅行の範囲を超えたことはするな」
「わかりました」
俺は部屋に戻った。
見ると吉村は机に向かって座っていた。
目の前に、ホテルの電話機がある。
「疲れた顔してるな」
「電話がかかってくるんだよ」
「えっ? その電話機に」
吉村は頷いた。
「誰から?」
そう言った途端、ホテル据付の電話が鳴った。
「これ?」
「取れよ、お前宛だ」
吉村が立ち上がり椅子をあけ渡してくるので、俺は電話を取って座った。
「もしもし?」
『住山ね。どこ行ってたの? 中島さん、早々にねちゃって話し相手がいないのよ」
「えっ、あ、渚鶴院さん? なんでこんな電話でかけてくるの。話すなら、スマフォ使えばいいじゃん」
『通信量そんなに残ってないのよ』
「ホテルのWiーFi設定したら」
『……じゃ、設定するから、絶対待っててよ、寝ないでね』
「ああ」
俺は電話を切った。
しばらくすると、スマフォに彼女から連絡が来た。
俺は消灯までの時間、延々と渚鶴院の話し相手をさせられたのだった。