初日の一時的な合流
俺たちはバスに乗り込み、京都市街へ移動した。
市街で降りると、駐車場内でクラスごとに分かれた。
これからの時間は、クラスごとに異なる場所を巡り、再びホテルで合流するのだ。
俺はメモを見て確認する。
「ここで高橋が合流する予定なんだよな」
中島と吉村は軽く頷いた。
渚鶴院が口を開く。
「高橋さんと会えるの、嬉しいんでしょ?」
俺は、どう返事をするべきなのだろう。
悩んだ挙句、本当の気持ちを言うのが照れ臭くなった。
「いや」
「……」
あとで考えると、俺はこの時、不思議な『|……(、、、)』を読み解くべきだった。
「『いや』なんだ」
と言った渚鶴院の視線が変だ。どこを見ている? 俺は彼女の視線を追って振り返る。
「た、高橋」
「……」
妙な雰囲気に気づいたのか、中島と吉村が間を繋ぐように話しかける。
「高橋さん、撮影終わったの?」
「まだ残ってるの」
「同じホテルに泊まれるんだっけ」
「明日の朝の撮影があるから、それは出来ないの」
高橋は、俺の肩に手を置いた。
「ちょっと」
そう言ったかと思うと、俺の後ろ襟を掴んで引っ張った。
渚鶴院が反応する。
「えっ、住山連れてくの?」
「住山くんに、撮影のお手伝いをしてもらうことになってるの。先生には許可もらっているから」
俺はどういう表情をしていいかわからず、引き攣ったような表情のまま、高橋に引かれるままその場を離れた。
高橋は、マネージャー風の女性に「ここで待っていて」と告げる。
すると俺は、名も知らぬ寺の敷地に隠れるように連れ込まれた。
高橋は俺に顔を近づてくる。
「住山、あんた、どういうつもり?」
俺は、さっき渚鶴院が言った『(高橋と会うのが)いやなんだ』と言う発言に対してツッコミを入れてきたのだと思った。
「違うよ、誤解だよ」
「誤解? 何を誤解するのよ」
「いや、だから」
「嫌なんでしょ」
自分で言った内容が、誤解されたと思ってすぐさま否定した。
「違うよ、その、高橋と会うのは本当は嬉しいんだ」
「は?」
「えっ、何度も言わせるなよ。俺、高橋と会うのはすごく嬉しい」
感情をあまり見せない高橋が、頬を赤くしていた。
「な、なんで今、突然、そんなこと言うの?」
彼女には珍しく言葉がつっかえた。
その『突然』と言う単語に、何か俺が誤解をしているようだと考えた。
もう一度、考えを整理するためにも聞き返した。
「ごめん。高橋は何のことを聞いていたの?」
「メッセージアプリに『今回の捜索は本人の為にはならないんじゃないか』って書いたでしょうが。七星さんを捜索するの、嫌なんでしょ?」
俺は思い出した。
七星は確かに修学旅行中に失踪した。
だが、二人の先生は七星を探さず、ギリギリまで放置していた。
普通は事件に巻き込まれたのではないか、と考えるのが先生の立場なら普通のはずだ。
俺は言った。
「今回の件は、状況から何か家庭内でのDV、または、家庭じゃない場所でストーキングとか、何か、七星先輩に『逃げなければならない理由』があった、って考えるのが普通だと思う」
「じゃ、その裏付けは?」
「……取れてない」
確かに、家庭でのDVの話は、一つも出てこない。
ストーキング被害の話や、彼女が身を隠さなければならない理由もだ。
残っているのは担当教員の藤原雅俊に、当時の事情を確認することだった。
「どうしても探さない方がいい、と思うなら、裏付けを明確にするのね」
「ホテルに戻ったら、一年前の担当教員に聞いてみるよ」
「ただ、それが全てではないからしっかり総合的に判断するのよ」
俺は頷いた。
「捜索、明日からは本格的にやるからしっかりしてよね」
「俺は、しっかりしているよ」
「しっかりしてなかった」
「なんのことだよ」
「新幹線でツバサの『二の腕』触ってニヤニヤしてた」
ツバサというのは、渚鶴院の名だ。
「あ、あれは彼女に恩があって」
「彼女?」
俺は髪を掻きむしってしまう。
「そこだけ切り取るなよ。渚鶴院には満員電車で助けられちゃって、それのお返しだっただ」
「満員電車で何が起こったの」
「それは……」
話す前に、俺は思い返してみた。
緊急停車して体がくっついて、俺に圧力をかけないように彼女が守ってくれた。
渚鶴院の髪が、空調で俺の顔をくすぐるようになびく。
首筋あたりから微かに上がってくる、いい香りに、俺は……
「説明できないような内容?」
「とにかく、そういうことだよ」
高橋は腕を組んで目を細めた。
「パソコン出して」
「えっ?」
「鉄道会社のレコーダーへ入って監視カメラ映像見せなさいよ」
俺は言い返した。
「無理だよ」
「出来るでしょ。何両目に乗ったの」
だめだ。ここで高橋に安易な嘘はつけない。
俺はノートPCの操作を続けながら、言った。
「列車内の映像はリアルタイムでサーバーに上がってるわけじゃないから、見れるかどうか」
「そう言う言い訳は通じないわよ。何時間経っていると思ってるの?」
俺は覚えている限りの記憶で列車の監視カメラの映像を探し、再生する。
ゆっくりと操作していると、高橋がパッドに指を乗せて来て、次々映像を再生し始めた。
「これね」
扉付近についているカメラ映像の端に、俺が映っていた。
「ズームと歪み補正」
言われるまま、監視カメラ映像を正しく認識するためのデジタル補正をかけた。
俺が連結部近くの扉に立っていると、渚鶴院がやって来た。
高橋は食い入るように映像を見ている。
「これ、何話してるの」
「以前、俺のメガネを勝手に取ってゴメンとか言ってた」
「……」
「本当だよ」
「何も言ってないわよ」
さらに映像が進むと、急に二人の距離が近くなっていた。
「!」
急に高橋は拳を握り込んだ。
映像を客観的に見ると、男女が向き合ってくっつき、男は何か我慢するような表情を浮かべている、ように思える。
「そ、そう。こんな風に色々してもらったお礼、ってことね」
「えっ? ちょっとまって、高橋、これ見てどう思ったの?」
何か大きな誤解が生まれたように感じた。
「住山、ごめん、プライバシーに踏み込むようなことしちゃって」
「待って、俺の問いには答えてくれないの?」
「彼女とイチャコラするのはいいけど、仕事に影響しないようにね」
さっきまで『ツバサ』って言ってた呼び方をわざわざ『彼女』と変えた。
「ちょっと、待って!」
「もう仕事の時間だから」
高橋はマネージャー風の女性に近づくと、通りに出てすぐにタクシーに乗ってしまった。
俺はそれ以上、声をかけられないまま、高橋が去っていくのを見送った。