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昼食

 京都に着くと、行動バッグとホテルに入れる荷物を分けてもち、ホテルに入れる分はバスの下部のトランクに入れた。

 預ける荷物は予めタグが配ってあって、そこに名前や部屋番号を記載してある。

 なぜそうしているか、というと最初は学年全体で観光するのだが、午後の途中からクラス選択でそれぞれの観光地を回ることになるからだった。バスは先にホテルに帰って、バスとホテルのスタッフで、荷物を部屋に振り分けてくれる。

 バスで嵐山周辺の観光をすると、バスに乗り込み、全員で食事できる場所へ向かう。

 大きな観光用の建物の近くにバスが止まると、ゾロゾロと建物の中に入っていく。

 大まかに食べる場所は決まっていたが、座席の配置まで店と打ち合わせができなかったようで、席は自由と言われていた。

 突然、手に触れられたので、振り返った。

「住山、隣で食べていい?」

 どういう訳か、俺は渚鶴院(しょかくいん)に懐かれてしまったようだ。

 俺たちのクラスは二階に食事が用意してあるらしく階段を上がっていく。

「いや……」

「嫌?」

 俺は慌てて否定する。『また泣かれたら……』という意識が働いたからだ。

「そう言う意味じゃなくて、なぜ俺の隣?」

「私はいくらでも隣に座ってくれる人がいるけど、住山はいないじゃない」

「……」

 確かにその通りだ。

 俺は言い返せなかった。

 だが、ハッカーたるものPCが唯一の友達ぐらいの勢いでなければならない、と常々考えていた。

「それとも、高橋が来ていれば隣に座ってくれたのかな?」

 どう言う意味だろう。

 俺と高橋(かげむしゃ)がいつも隣に座っているから、食事も一緒に座ると思ったのだろうか。

「高橋には、隣に座ってくれる友達がいるんじゃないかな」

「そうじゃなくて『住山は』高橋の隣で食事したい?」

「わからない」

「……」

 何か、表情を読み取ろうとしているのか、じっと俺の方を見ている。

「どうかした?」

「なんでもない」


 窓に向かって並んでいる席を選び、俺と渚鶴院は隣り合って座った。

 店員が慌ただしく動き、次々に料理が運ばれてくる。

 教師が言う。

「時間がないので、食事が来たものから始めていいぞ」

 人数がそれなりにいるため、配り終わるまで待っていると、最初に来た人の食事が冷めてしまう。先に配っておいても、同じように冷めてしまうから、来た者から食べ始めるのは、食事を美味しく頂くには正しい選択のようだった。

 配膳をしてくれる大勢の店員が、テーブルの間を行き来している。

「!」

 そんな中、俺は突然、『高橋(かげむしゃ)』の匂いをとらえた。

 まさか、店内に一般客がいる訳がない。

 下のフロアも、このフロアも学校の貸切状態のはずだ。

「おまたせしました」

 と、俺と渚鶴院のテーブルに食事が運ばれてきた。

「……」

 髪型を変え、マスクをし、声色を使っているが、間違いない。

 この店員、高橋が変装している。

「どないされました?」

 どうもこうも『なぜここで店員をしている』と聞きたかったが、そんなことが出来る訳なかった。映画の撮影をしているはずの高橋は、ここにいてはいけないのだ。

「……」

「お二人さん、なか(・・)ええみたいやね」

 京都弁っぽい口調は穏やかだったが、高橋のその目は非常に冷たい。

 渚鶴院が笑いながら応えた。

「やだ、バレちゃいました? なーんて」

 一瞬だったが、殺気のような強い感覚を受け、俺は凍りついてしまった。

 渚鶴院は食事に手を合わせて言う。

「いただきます」

 俺は固まったまま、横目で高橋扮する店員の様子を追っていた。

「住山どうしたの? ほら、食べよう」

 なぜこの店の店員さんに返送している?

 スケジュールは明確になっているから、予め潜入するつもりなら、やってやれないことはないだろう。それに彼女は『忍者』だ。潜入だの変装だの、諜報活動全般に関わる事は得意分野のはずだ。

 だからと言って、ここに潜入する意味は何か。

 今回の調査は、七星の失踪だ。ここで俺たちが食事する事と、それは何も関係がない。

 だとすると…… 新幹線での俺と渚鶴院の様子を見て、無理やりここの店員に紛れて入り込んだとしか思えない。

 ありえないが、高橋は妬いて(・・・)いるのだろうか。

 いやいや、それは俺の自惚れ(・・・・)に過ぎない。

 そもそも俺と高橋は、少しだけ親しくなって、挨拶をしてくれるようになっただけの関係だ。

 妬くなどという行動に出る訳がない。

「住山聞いてる?」

 彼女はそう言うと、俺の肩を揺すった。

「ほら、これ美味しいよ、あーん」

 渚鶴院は全く悪怯れる事なく、俺の分の皿から魚の身を箸でとり、俺の口に運んできた。

「ハイお水!」

 水の入ったグラスが、テーブルに置かれ『カッツーン』といい音がする。

 音の割には静かにおいたらしく、水などは跳ねていないが、渚鶴院は音に驚いて声を上げた。

「きゃっ!」

 高橋からピリピリした雰囲気を感じ、彼女の方を振り返れなかった。

 いや、妬いてないのだとしたら、高橋の怒りは何だろう。

「店員さん、僕もお水ください」

「僕も」

「私も」

「……」

 高橋が呼ばれた生徒に水を用意する為、離れていくのが分かった。


 とにかく、それ以上の事は起こらず、食事は何とか食べ終えることができた。

 建物をでる時、店員さんが並んでいて、バスへと向かう僕らに挨拶してくれた。

 店員さんの並びに高橋も混じっていて、じっとこっちを見ていた。

 いや、高橋のそれは見ているというレベルではない。睨んでいたと言うべきだろう。

 視線に気づいた俺は、高橋を見ないようにしていた。

「ごちそうさまでした」

 俺たち学生は、思い思いに声をかけて通り過ぎた。

 渚鶴院も俺も会釈をして「ごちそうさまでした」とか「ありがとうございました」と告げて、バスの駐車場へ出てきた。

「私たちの配膳してくれた店員さん、めっちゃ住山の方見てたね」

 分かっていたが、説明する訳にはいかない。

「そ、そお?」

「いや、気づくでしょ?」

「ほら、パソコンばっかりやってるから、俺、空気読めないんだよね」

 流石に無理のある言い訳だが、この話題に触れたくないという意思は伝わるんじゃないか、俺はそう思った。

「……」

 渚鶴院は腕を組んで首を捻ったが、それ以上店員の話題は出なかった。




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