修学旅行:初日
修学旅行の当日になった。
行動用のバッグにいつものノートPCをいれ、スーツケースに着替えなどを入れた。
スーツケースの取手を使って行動用バッグをスーツケースの上に固定していた。
学校に行くよりも早い電車に乗る。
最初、電車は空いていたが、中央駅に近づくにつれて混んできた。
この時間、通勤時間帯だろうか? と思いながら首を捻る。
混んでくると俺の修学旅行の荷物が周りの迷惑になってしまう。
仕方なく車両の奥へ進み、連結部分の扉に張り付くようにして立っていた。
「住山、奇遇だね」
同じクラスの縦ロール女子、渚鶴院だった。
「えっ、ああ、しょかくいんさんもこの電車だったんだ」
「普段は電車乗らないんだけど」
その言葉に、なぜか知らないが、俺は『カチン』ときていた。
「お嬢様だからだ」
「えっ? 私が?」
「そのごつい縦ロール、『しょかくいん』とかいう豪勢な苗字。いいところのお嬢様なんでしょう? だからいつもは運転手付きの黒い車で学校に来ているって訳だ」
自分でも嫌になるような言い方だった。
だが、もう口にしてしまったことは戻らない。
「そうか、あんまり話したことなかったもんね」
と言いながら縦ロールの髪に手を触れる。
「これは単に私の趣味ね。こういうお嬢様風の格好が好きで、昔からやってみたかったの。最近ようやく髪が伸びて、これができるようになったんだ。後、学校にはいつも自転車で通っているから、あんまり電車乗らない、ってそういう意味よ。この苗字だと何か誤解されがちなのよね」
「……」
彼女もそうやって誤解されてきたのだろう。
俺は自分がされたことを結局、彼女にしてしまっていた。
「俺、勝手に想像して勝手に誤解してた。ごめん」
「私、実は住山に謝りたかったんだ。この前、私住山に何も言わずに、勝手にメガネ取っちゃったよね。あれ良くないよね。他人の素顔、勝手に見て、勝手に感想言って」
「いや、そんなことは」
その時、電車に急ブレーキが掛かる。
自動で流れる『緊急停止』の音声。
渚鶴院が荷物と一緒に俺にもたれかかってきた。
向き合って話していたから、向き合ったまま密着してしまう。
さらに後ろ、その後ろにいる大勢の人間から、俺たちは押し潰され続けた。
『ただいま線路内に立ち入りがあったと連絡があり、緊急停車しました』
彼女も、俺と同じようにスーツケースに行動用バッグを固定していた。
「住山、大丈夫? ごめんね、苦しいよね」
彼女にも同じように後ろにいる人間から、圧力がかかっているはずだ。
「渚鶴院さんの方が苦しそうだよ」
少しずつ周りを見て、わかった。
渚鶴院が直接、俺の背にある扉に手をついて、後ろからの圧を和らげているのだ。
俺は、渚鶴院の後ろにいる人のバッグを手で押さえる。
「潰されても発作が起きるようなことはないから、無理しないで」
「私は健康だから大丈夫よ。それより、住山がそんなに力を入れたらダメでしょ」
「……」
腕のチカラで人を押し返すのは、ベンチプレスのようなものだ。激しい運動ができないのだから、やるべきではないのかもしれない。
「だけど、このままじゃ」
「わかった、耐えきれなかったら、体を預けちゃうけど我慢してね」
ようやく電車が動き出したが、駅もない場所で、止まったり進んだりを繰り返し、その度に強い人の圧がかかった。
何度か彼女の腕力では和らげることができないほどの力がかかり、お互いの骨がぶつかったような感覚があった。
いくつかの主要駅でかなり混雑が緩和すると、彼女の腕にかかる負担は無くなった。
「そろそろ着くね」
渚鶴院がそう言う。
「腕疲れちゃったでしょ」
「平気よ、若いから」
「中央駅に着いたら、バッグを持ってやるよ」
彼女は笑って否定する。
「それじゃ私が頑張って力使った意味ないじゃん」
「けど」
俺が何かお礼をしないと、と言うと彼女は笑った。
「新幹線に乗ったら、腕揉んでよ」
「えっ?」
「何よ、やりなさいよ」
俺は頷いた。
中央駅に着き、互いに大きな荷物を引きながら集合場所へ向かう。
班の中島と吉村と一緒に新幹線に乗り込み、二人がけの席を向かい合わせボックスにした。
俺と渚鶴院が隣あって座ることになった。
渚鶴院の顔を見て、中島が言った。
「ツバサ、なんかあったの? ご機嫌じゃない」
「ちょっと疲れた腕を揉みほぐしてもらえることになってるの」
「何それ?」
渚鶴院は、俺の顔を見て笑った。
「ねぇ住山? 約束の通り腕を揉んでよ」
「ど、どんなふうに?」
「ネットで調べるぐらいして」
俺はスマフォで『筋肉痛』『腕』『揉みほぐし』といれて動画を探した。
本来は横になって腕の力を抜いてもらってするようだったが、座ったまま彼女の腕をとり、見よう見まねで揉みほぐした。
女性らしい柔らかい腕で、触っても筋肉があるようには感じない。あんな力がでたのが不思議なくらいだった。
「ああ…… 気持ちいい……」
彼女の声を聞いて、正面に座っている二人が笑った。
「ちょっとエロ入ってるぞ」
「真剣にやってるんだから茶化さないでくれ」
俺はそう言って、彼女の腕を揉みほぐし続けた。
一瞬、どこからか高橋の気配を感じ、固まった。
高橋ひかりは京都で撮影だが、高橋は暇だと言っていた。
もしかしたら、同じ列車に乗っているのかもしれない。
周りを見たが、隠れているようで、どこにいるのか全く分からなかった。
「どうしたの? ほら」
「う、うん」