ジェラート、その二
七星は、一人ソファーに横になり、黙り込んでしまった。
マネージャーと俺が見つめている。
「昨日はお金を返そうって言ってたじゃないか」
「司法取引に応じてくれるかは、この七億をどうするかにかかってる」
「……」
七星は表情ひとつ変えない。
背後から、高橋の気配がした。
「お金なら見つけたわよ」
「!」
高橋の言葉に、七星は少し動揺したようだった。
高橋はシャワーを浴びた後で、髪を後ろにまとめ、アップにしていた。
彼女は、袖が長めのTシャツを着て、白くて長い足がそのまま見えてしまう紺のショートパンツを履いている。
七星は冷静を装っていた。
「そういう嘘をついて、視線の動きを見ようとか、そういうの古いから」
「あら、確認しなくて本当にいいの?」
七星はソファーから動かない。
「見つけたんなら、そんな意地悪しない方がいいよ。ねぇ、どこにあったの?」
「台所の下の戸棚ね。濡れるの怖かったみたいでビニールが何重にも被せて……」
「……ということでお開きだ」
マネージャーは手を叩いた。
七星は愕然した表情のまま、ぼんやりとキッチンの方を見ている。
高橋が時計を指さし、言った。
「住山、自由時間、終わっちゃうわよ」
「そうだ、高橋」
俺は高橋の手を取って、部屋の外に連れ出した。
「な、なにするの?」
「ずっと考えてたんだ」
「だから、何よ」
「一緒にジェラートを食べよう。高橋は何が好き?」
俺と高橋は、建物の外に出て、七星の部屋を見上げた。
ベランダからマネージャーが小さく手を振っていた。
もしかしたら、あの時の視線は『七星』からの視線だったのかもしれない。
俺はジェラートの店に手を引いて移動した。
店の前は、観光客なのかおしゃべりしながら数人が並んでいる。
「高橋が並ぶと人が集まっちゃうから、俺が並んで買ってくる、何がいい?」
「住山と違う味にする。そうすれば……」
何か続きを言いたかったようだが、俺は彼女の言葉を待たなかった。
「そう? 俺、この前はバニラだったから、チョコレートを食べようかな」
「じゃ、マンゴーで」
「わかった。買ってくる」
俺はジェラートの店に並び、二つのジェラートを買って戻ってきた。
ジェラートを渡すと、高橋はすぐスプーンですくい、一口食べた。
「美味しいね」
「そうでしょ、修学旅行帰る前に、どうしても高橋に食べさせたかったんだ」
俺もスプーンで自分のジェラートを食べた。
俺たちは、笑顔で互いを見ながら食べていた。
すると高橋が、食べてもいないのに、唾を飲み込んだ。
「お水かなんか欲しい?」
「あ、そうじゃなくて」
高橋は俺の袖を軽く摘んだ。
「えっ?」
「チョコレートも食べてみたい…… な」
「いいよ、ほら」
俺がジェラートを差し出すと、視線を逸らした。
「た、食べさせて」
「そ、そっか」
俺も唾を飲み込んだ。
慎重にスプーンですくって、高橋が開けた口に運び入れる。
「ん!」
「美味しい?」
高橋は、激しく頷いた。
そして言う。
「こっちも食べてみるでしょ?」
高橋のスプーンが俺の口に入る。
「美味しいね。なんか全然印象が違う」
「よかった」
俺たちは、並んでジェラートを食べているところを、互いのスマフォで自撮りをした。
彼女が食べ終わったカップを受け取ると、俺はほっとした。
「これで修学旅行に悔いはないよ」
「大袈裟ね。あ、もうこんな時間だよ。私はまだ」
七星の部屋の方に顔と目を向けた。
「あそこで仕事が残っているから」
「うん。わかった。じゃあ、俺はこれで」
「……」
気持ちが通じ合っている女子と、どうやって別れるべきなのか、俺は悩んだ。
抱きしめるべきなのか。抱きしめてどうする? そんなことを思っているのは俺だけかも。
「ほら、マジでまに合わないよ」
高橋が急に近づいて、スマフォの時刻の表示画面を、顔に押し付けてきた。
それに気を取られている時、頬に柔らかいものが当たった。
キス。
キスだった。
彼女の唇が、俺の頬につけられたのだ。
「……ね。帰ればまた会えるんだから」
俺はどうしていいかわからない状態になって、フラフラと歩き出した。
「気をつけてよ」
高橋に言葉を返せなかった。
高橋の姿が見えなくなった時、俺はさっきの出来事を思い返した。
そして実感する。
最高だ。
最高の修学旅行。
俺の頭の中で、ごく近くまで寄せられた高橋の顔が、何度も思い出されては消えた。
とにかくバスに乗り、京都駅に向かった。
俺は時間ギリギリに集合場所に着いたが、どこをどう歩いたか、ほとんど覚えていなかった。




