下調べ
ネカフェの一室で、俺は自分のPCを使って調査する。
そもそも修学旅行の途中で『失踪』とはなんなのか。よくわからないことが多すぎた。
七星ミズキの家族は父母が健在で、弟がいるらしい。
家族から『行方不明者届』は出ていない。出したのに、受理されていないのか、そういう細かい点はわからない。つまり公式には失踪していないことになる。
何故家族から届けがない状態で事務所に七星ミズキの行方を探すように依頼があったのか。まるで俺たちが同じ地に修学旅行に行くのを知っていて、依頼したようでもある。
まず修学旅行で一人いなくなっていた時にどうするか。
それを考えると、七星の失踪は不自然だ。
まず最初に教師達が死に物狂いで探すだろう。
次に学校警察連絡協議会というものがあって、これにより学校と警察が協力して活動することになっている。
逆の条件もある。十三歳以下は無条件に『特異行方不明者』として捜索が開始されるのに、中学、高校生は事件性がないと判断された場合は『一般行方不明者』になってしまう。
『一般行方不明者』なら無理に探すことはない、ということだ。
いや、だが、流石に修学旅行中でのことだ。
学校側は探させるだろう。
先日の事件の際、俺は学校のサーバーに上がっている資料を一式コピーしていたので、関連ファイルを調べていく。
資料は少なかったが、ざっとした報告書があった。
クラス担当の二人の教師は、そもそも行方不明とする報告が遅れていて、クラス内の一部の生徒が騒ぎ出し、それを他のクラス担当教師が聞き、発覚したとなっている。
その後の対応を見ても、どうもこのクラス担当の教師は七星に協力しているフシがある。
とにかく書かれていることが非協力的なのだ。
二人の担当の内、一人はこの事件の後、学校を辞めている。
「藤原雅俊、こっちまだいるな」
本人なら、この学校のファイルに書かれていないことが聞けるかもしれない。
見てみると、今年も修学旅行に同行するようだった。
普通は担当学年と共にエスカレーションするから、二年連続で修学旅行に同行するのは考えにくいのだが。
俺は藤原先生が何かを知っていると考えた。
本人に何か問題があって、事件性はなかったかを考える。
七星の家庭は裕福ではないものの、絶望的な貧乏というわけではなさそうだった。
弟は普通に中学に通っているようだし、父母二人とも就労している。
七星自身も学校の成績も普通で、素行に関し特記されたことはない。
ならば修学旅行で他校の生徒や社会人とトラブルということは、ゼロではないが、考えにくい。
普通に考えれば、修学旅行先でいなくなることを初めから計画していたとかそういうことではないだろうか。
裏付けになる事実がないから、ただの推測になってしまうが、家庭で例えば弟から暴力を受けていたとする。七星はその為に、逃げる相談を担任にしていた。
そして京都にいる協力者のもとに逃げ込む。
逃がしたい教師と現地の協力者がいれば、簡単に消えてしまうことが出来る。
行方不明者届は未成年の弟からは提出できない。両親は弟のDVを知っているから、当然そんな届けは出さない。もしDVが本当なら七星側から『不受理』の届けを出すこともできる。
DVの証明は難しい。
七星の住居の近くの監視カメラ映像から、七星家の窓、周囲の通りの映像など、いくつかをピックアップした。それら画像処理してAIに検索させたが、DVを認めるような映像はなかった。
ただ周辺の聞き込みはしておくべきだろう。
京都のNGO団体や七星の交友関係で京都周辺に住んでいる人間も洗い出す必要がある。
俺は高橋がネカフェに払ってくれた時間、目一杯を使って調査を続けた。
調べ物を終え、ネカフェを出た俺は家に帰る途中だった。
普通の家庭は夕食をとり、家族で寛いでいるぐらいの時間だ。
「ねぇ、あなた。住山くん? 住山くんでしょ」
聞き覚えのある声に振り返る。
そこにはサイドの髪が、それは見事な縦ロールしているお嬢様が立っていた。見かけ上はお嬢様だが、本当にそういう家庭なのかは知らない。
この娘の名前は、同じクラスの渚鶴院ツバサだ。
「あれ? 住山くん、でいいんだよね?」
渚鶴院は近づいてくる。
俺は距離を詰めてくる相手に抵抗するように言った。
「……そうだけど」
「あんまり反応薄いから間違えちゃったかと思った」
「!」
「へぇ、レンズ入ってなかったんだ、これ」
いつの間にか、彼女にメガネを取られてしまった。
俺より少し背が低いと思って油断していた。
「イケメン? かもね。なんでメガネしてんの。勿体無い」
「どうだっていいだろ、返せ!」
ヤバい。
胸が苦しい。
このところ調子がいいと思っていると、これだ。
俺は自分の体を恨んだ。
「ど、どうしたの?」
「大丈夫!?」
俺は這うようにしてバス乗り場の椅子に座ると、舌下に薬を入れた。
目を閉じてじっとしている。
「ごめんね」
俺は胸に手を置いて固まったようにじっとしていた。
「ごめんね、なんか揶揄いたくなったの」
「大丈夫? 救急車を」
俺は手を振って拒否した。
「大丈夫。もう大丈夫」
「なんか年度初め、担任が住山の病気のこと、言ってた気がするよ。忘れてた、本当にごめん」
目を閉じているからわからないが、彼女は俺の近くで何度も何度も謝った。
「発作までいかなかったから、大丈夫。気にしないでいいから」
涙を浮かべて俺をみる。
「よかった」
周囲を見ていると、俺の方に厳しい視線が注がれている。
俺の方も、何か彼女にイケナイことをしたような気になってきていた。