事故で前世を思い出した召喚士、創造したギアビーストを駆使して世界の覇者に成り上がる
「ぐぁっ!! ……いっつつ〜、なんでか頭がめっちゃ痛ぇ……」
ズキリと頭を強く襲ってくる痛みを誤魔化すように、俺は額を手で抑える。
ただ、まだ痛くて目を閉じたまんまだけど、今居る場所が自分の部屋の中じゃない事と、幸いにも頭に血が出るほどのケガを負ったわけじゃない事はしっかり分かる。
そして、自然な風が肌を撫でて着てる服を揺らす感触も、鳥や虫の出す色んな声や音も、凄く濃い草木の匂いも、はっきりと感じる。
大自然の中にたった一人で急に放り出されたら、きっとこんな感じなんだろうな。
「うぐぐ……痛いのが頭だけなのか、それ以外も痛いのか、何も分からない……俺は……僕は、一体誰だろう?」
おかしい、これは間違いなくおかしいぞ。
最後の記憶だと、確かに部屋の中にいたはずなのに、気が付いたらいきなり外だし、思わず出たひとり言の内容よりも、それを口走った自分の声そのものが、よく知ってるのに全然知らないなんて矛盾を感じたのに驚いた。
そして何より、弱まってきた頭痛と引き換えみたいにだんだんと、明らかにどっちも自分の記憶だと思えるのに、きっちり二人分の情報が脳裏に次々と浮かんでくるのに、もっと驚いたんだ。
まずは、俺。
名前は、ヒダカ・バンジ。
最後の記憶だと22歳の大学生で、凄く仲が悪い義理の家族と絶縁してからは一人で暮らし、学費免除付きの推薦で入った大学と、生活費を稼ぐ為のバイト先を行ったり来たりしながら、なんとか生きていた。
勉強と仕事の毎日で疲れてたけど、だからって過労死するほど酷い職場だったわけじゃないし、逆にバイト先のみんなとは仲良くて色々と気遣われてたから、ブラック労働なんかとは無縁だったはず。
それと比べたら、僕の記憶はなんとも酷い。
名前はバンジェ、年齢は14歳……多分、もうすぐ15歳になるはず。
どうやら孤児で家族も友達も無し、10歳の時に召喚士として能力が目覚めたのはいいけど、そこからは悪い大人に騙されて扱き使われる日々を今日この時まで過ごしてきた。
でも、10歳までいた孤児院はもっと酷い所だったし、生きていけるギリギリだけどお金は稼げて、オマケにブラック労働だったとしても色んな街や村に行けたから、この仕事を辞めるのだけは最後の一線ちょっと手前で踏み止まってる状態だ。
で、ここで困惑する点が幾つかある。
まず、記憶はあっても俺がすでにあっちの世界では死んでるって事実だけは、何故かストンと納得してるんだ。
死因も分からないのに俺はもう死んでいるって納得してるとか、全く意味が解らない。
ただまぁ、死ぬ瞬間の記憶なんてあっても、怖いとか辛いとか苦しいとか痛いとか、とにかくネガティブな感情しか起きないだろうし、そこはササッとスルーしとく、そして二度と思い返さない。
次の困惑は、お互い(でいいのか、これ?)の記憶にある、それぞれの世界の大きな違いについてだ。
魔物も魔法も空想の産物で、科学が文明を支えてる世界?
科学なんて見たことも聞いたこともないけし、魔物や魔法はあって当たり前の世界?
……そこで思い当たるのは俺の記憶、いわゆる異世界転生って奴。
だけどさ、これはあまりにもスタートが悪いよ。
だって、身分制度は前世よりよっぽど厳しいし、転生先についてクレーム入れられるような神様的な存在に会った事も無い。
お金も、素晴らしい能力も、立派な身分も、頼れる誰かも、なーんにも無し!
それで一体、俺に何をどうしろと?
前世の知識チートなんて、誠実な協力者が味方にいるとか、貴族の生まれだとかそういう身分を手に入れるみたいな、きちんとした下地が無ければきっと、僕のように悪い奴に騙されて利用されるだけだ。
でも能力チートなんて、召喚士だけど大した召喚獣が喚べない、というか今までは非戦闘型召喚獣をたった一体だけしか喚べなかった僕じゃ、良い仕事にはありつけない。
つまり、このままだと何かしらの理由で死ぬまで一生、社会の底辺からは抜け出せないんだ。
ほんとに一体全体、どんな理由で転生させられたのやらな。
……ま、それはおいおい考えるとして、今の俺がすぐに出来るのは、自分の能力を把握する事だけ。
それに、前世じゃ空想でしかなかった魔法、それも召喚魔法が使えるんだ。
いくら底辺だ大変だって嘆いたところで、俺にとっては完全に未知な力を使えるのは、ドキドキするしワクワクが止まらない!
「さてと、ようやく頭痛も治ったし、他に痛い所もないし……それじゃいっちょ、喚んでみるか!」
地面に寝転がってたところからパッと起き上がって、葉っぱや土ぼこりなんかを適当に払いながら気合いを入れた。
これまでバンジェとして散々召喚してきたし、何をどうすればいいかはもう解ってる。
身体の中にある魔力を高めて、前に腕ごと突き出した両手の更に向こう、高めた魔力に反応して地面に召喚用の魔法陣が描かれたら、対象を一気に喚び出す!!
「召喚! 【ゴートホース】!!」
そうすると、強いけど目を痛めないような不思議な光が一瞬だけ溢れた後、もう4年の付き合いになる、僕の相棒が現れた。
非戦闘型召喚獣、ゴートホース。
いや、いやいやいや。
コレはっきり言うけど、普通の山羊だよ。
……あーいや、ちょっぴり普通じゃないな、大きさが馬並みだ。
だから山羊馬、ゴートホース……実に安直だ。
でも他には特に、変わった所なんて無い!
僕が乗るくらいは楽に出来るけど、馬みたいに速くは走れないし、当然だけど角も無いし、鋭い牙や爪だって特殊な攻撃手段だって無い!
戦闘能力は皆無、しかも鈍足。
これでもし餌を食べるお金がかかるんだったら、もう何もかも諦めて召喚士さえやってなかったよ。
しかし、はてな?
魔法で喚び出されたとはいえ生き物なのに、何も餌を食べないだって?
……そりゃおかしい。
今見てる感じだと、勝手にどっか行ったりはしないけど普通に動いてるし、荒くはないけど鼻息も聞こえるから呼吸もしてるはず。
なのに、なのにだ。
僕が最低限教わった記憶によると、召喚獣は餌を食べず水も飲まないで、召喚士の魔力だけでその存在が維持される、らしい。
そして、戦えるかどうかとか強さや大きさや種族に関係なく、全ての召喚獣には共通点がある。
もし召喚獣が攻撃を受けたら、傷を負った部分から血は流れたりしないし、肉や内臓や骨が見えたりもしないけど、魔力的に欠けていって再生はしないし、欠けた部分が大きかったり頭や心臓みたいな生物として重要な所を失うと、死んでその場に残ったりはせず存在が消滅する、つまり召喚魔法が解除されるって認識らしい。
だけどその仕組みは謎のまま。
ファンタジー世界ならではの、いるかどうかも判らない神様の力で、上手い具合に喚び出された召喚獣は、飲み食い無しで生きていられる。
しかも召喚士によって喚び出される召喚獣はてんでバラバラ、一応は竜を喚べる召喚士が最強で最高、だけどほんのわずかな人数しか成功していない。
まさに神様バンザイ、神の御業バンザイ、魔力バンザイで話が終わってるんだそうだ。
ついでの情報だと、最初に召喚魔法を使った召喚士がどこの国のどういう人物で、どんな召喚獣を喚び出したのか誰も分からないし、それこそ最初の召喚士こそが神様本人(本神?)なんだろうって話が常識なんだとか。
……何だよそれ、かなり酷い雑設定じゃないかっ!
最初の召喚士がどこかの誰かさんで、その血筋を受け継ぐ子孫がいたりして、その一族はどこかの国の王侯貴族だったりとか、なんかこう建国の伝説とか救国の英雄譚みたいな、ワクワクさせられる歴史的ロマンがあったっていいだろうにっ!!
はぁ〜……まったくもうっ!
夢も希望もありゃしないってのは、多分こういう事を指してるんだろうなぁ。
まぁでも、召喚士は能力がピンキリだとしてもどこの国だろうと一定以上の人数はいるみたいだし、冒険者ギルドの派生らしい召喚士ギルドなんて超国家組織もあるから、召喚魔法が使えるだけなら悪目立ちしないのは、地味にありがたいかな。
さてさて、それならそれで誰も周りにいない今の内に、この召喚魔法とやらを論理的に色々と考えながら検証してみよう。
最初は観察、喚び出したゴートホースをじっくり見たりベタベタ触ったり匂いを嗅いでみたりする。
……うーん、やっぱり何かがおかしいぞ。
まず、動物なのに獣臭くないし、むしろ何も匂いがない。
その上、そんな明らかに異常な特徴があるのに、何故か生き物らしい体温はしっかり持ってる、だけど脈拍はゼロ。
そして極めつけは、少し調子に乗ってあちこちベタベタ触ってるのに、嫌がるどころか触られてる事に反応する様子を全く見せない。
ということは、だ。
全ての召喚獣は多分、生き物じゃない。
しかも、恐らく喚び出すのは現実に生きて存在している生物じゃなくてもいい、なんて可能性もある。
もし本当にそうだとしたら、この発見はとんでもない大ネタになるだろう。
それなら後は、この仮説が正しいかどうか、実証実験をするだけだ。
そう思い立った俺は、一度ゴートホースを消した。
そうして何回か深呼吸した後、俺が喚びたいと思うモノをしっかりイメージしてから、腹を括ってもう一度召喚魔法を使う。
「召喚! 【ギアタイガー】!!」
すると、さっきよりもかなり大きい召喚魔法陣が出現して強く光った後、そこには俺が思い描いた通りの、この世界だと俺しか知らないし想像できないような存在が、威風堂々とした姿で現れていた!
四足歩行のネコ科動物を模した姿は、全身が生き物から遥かにかけ離れた、硬くて冷たい金属製。
各所を守る強固な装甲に施されたカラーリングは、金属的な光沢は控え目だけど、それでも力強く揺らめく炎を想起させる高貴なる深紅、ハイネスクリムゾン。
それは、どこからどう見ても全てを金属と機械て形造られていて、生き物の血肉なんて一欠片も混ざっていないと、一目で理解できる。
巨大で深い紅の身体に、黄金色の鋭い爪と牙を備えた、まごうことなき虎だ。
にも関わらず、模倣した生物が持っているはずのしなやかさを、身動き一つしないのに確かに感じさせてくれる。
「ゆ、夢じゃない……よな?」
俺自身が喚び出したのに、目の前のそれが本物かどうかを確かめたくて、ボソリと呟いてから震える手でそっと触れてみた。
……冷たいし、硬い……やっぱり金属だ。
次は触れた手を頬まで持ち上げて、ギュッとつねってみる。
痛い……夢じゃない。
「や、やった……やった! やったぞ、本物だっ!! ほ、本物のギアビーストだぁぁぁ!!」
前世だと大勢の人達に長年愛されて、子供から大人まで幅広い世代にファン層が跨っている、まさに男の子にとっての憧れそのもの!!
そう、俺が思い描いた召喚獣は、いやその大元になっているのは、『ギアビースト』っていう大人気アニメに登場した、動物型ロボットの一種類で、ストーリーでは主役級の機体だ。
あぁ、小さい頃からすごくすごく大好きで大学生になってもずっと憧れていた、そんな存在を今目の前に、しかも自力で具現化させたなんて!!!
「うぅっ……! 嬉しくて涙が……!!」
そう、俺はあの作品の大大大ファンの一人。
姿形はそっくりそのままだし、まだ乗ってないけど性能は一字一句間違いなく、全て憶えている設定通りのはず。
それが例え魔力で創造した、本当に金属製かどうかも分からない、そんな曖昧な存在でも、こいつは確かに俺の目の前に在るし、金属の放つ力強さを持っているんだ!
きっとこの先俺が生きる上で、最も身近で最も頼もしい相棒になってくれるに違いない。
「よし! そしたら早速、召喚獣ではあるけど中に乗り込んで……」
おぉっ!!
俺が召喚主だからか、それとも設定通りだからなのか、コックピットハッチが勝手に開いて、更に乗りやすいように姿勢を下げてくれた!
……これはひょっとしたら、ひょっとするかもしれないぞ?
参考にしたとある設定を思い出した俺は、ソワソワしながら駆け寄って、飛び込むように乗り込んで、知ってる名前を恐る恐る呼んでみる。
「……キャット?」
『はい、登録予定のマスター候補。貴方の名前を、教えて下さい』
「うひょうっ!!」
おぉもう、本当の本当に最高だぁ!!
アニメに登場した一部のギアビーストと、そしてオモチャとして販売されていた内の最高級アクションモデルには、高性能なサポートAIが搭載されていた。
その設定も脳内で盛り込んで創造したとはいえ、こうして実際に応えられると感無量だなぁ!
よしっ、それならサポートAIの呼び名はこのまま、キャットでいいや。
『マスターネーム、うひょうっ!! で宜しいですか?』
「いやいやいやいや、ごめんなさい! 宜しくないですぅ!!」
『了解しました、改めて貴方の名前を教えて下さい、マスター候補』
うぅ~ん、この無機質で淡々とした感情もへったくれもない機械音声の受け答え、ゾクゾクするわぁ……!
さーて、それはともかく俺の名前か。
いやまぁ、一文字多いだけでほぼ同じだし、どっちも自分の名前だもんな。
よしっ、決めたっ!!
「俺の名前はバンジ、これからよろしくなキャット」
『了解、マスターネーム登録完了。宜しくお願いします、マスターバンジ』
「おうっ! 頼むぜ相棒っ!!」
『当AIの名称は相棒ではな……警告、当機に急速接近する未確認物体を捕捉』
「はぁっ!?」
ちょちょちょ、いきなり何事っ!?
会話の途中でいきなり警告されて一瞬驚いた俺だけど、そういやアニメでもたまにこういう事があって、そういう場合は大体敵襲だったよなって思い出したおかげで、向こうから接触される前になんとか落ち着きを取り戻せた。
ギアタイガーのサポートAIであるキャットはきっと、周囲を探る索敵レーダーや各種センサーが捉えた何かを教えてくれたんだろう。
そして、その何かはかなりの速度でこっちに近付いて来る上に、この世界の存在は敵味方識別信号なんてものを出せるわけがないから、キャット内部の処理プログラム上で、準敵性存在にカテゴライズされた、と。
まぁ、サッと見渡した周囲は人里離れた森の奥だし、人間やその他の知的生命体って可能性はほぼゼロ、逆に魔物でなきゃおかしいだろう……って、あっ!!
そうだった、前世の記憶を取り戻すきっかけになった事故、というか出会った以上はもう事件としか言えないけど、魔物との偶然の遭遇をすっかり忘れてたよ。
うーん、だけど少し気絶してたりこれだけアレコレやってた割に、相手の魔物がこっちに来るまで結構時間がかかってたのは、運が良いのか悪いのか判断に困る。
そもそもこんなに広くて深い森の中を、魔物と出会わないよう慎重に進んでたのに遭遇したんだし、もしかしたら俺か僕のどっちかは、運が悪いのかなぁ?
『マスターバンジ、未確認物体が更に当機へ接近。各種センサーからの情報に基づく統合分析結果は、未知の巨大な生物の可能性が76%』
「へぇ、以外と確率低めなんだな」
『当機のようなギアビースト以外で、金属音、磁気反応、ノイズを含む電磁波放射など、人工的な特徴を有さない巨大な物体、なおかつ生物としてのサイズや重量を大幅に逸脱している対象が存在している確率としては、周辺環境への調査不足を加味しても十分な説得力を有するかと……マスターバンジ、間もなく未確認物体が、視認範囲に入ります』
おっとっと、キャットとお喋りしてる間に戦闘準備もコソコソ進めてたらーーと言っても、しっかりシートに座って安全ベルトを締めただけだけどなーー俺を追いかけてきた奴が森の木々をなぎ倒しながら現れた。
その魔物の名前は、チャージブルボア。
ある程度広い森ならどこにでも住んでて、巨体のくせに素早く猛烈に迫りくる突進と、頭の左右から前に向かって生えてる二本の鋭い角で敵を突き刺す、そんな攻撃をしてくる牛なんだか猪なんだか分からない奴だ。
こいつのお肉はかなり美味しいらしいんだけど、生身の人間が作戦や罠も無しに真正面から戦うのは無謀だからって理由で狩られる数が少なくて、必然的に長期間放置され気味な一体あたりのサイズは大きくなりがちなんだ。
で、その例に漏れず、目の前の奴もかなり大きい。
はっきり言うと、結構大型なギアタイガーの半分近いサイズで、身体のあちこちに残ってる古傷から、そこそこ長い年月を生き抜いてきたように見える。
ってな事を、こっちを警戒して立ち止まってる奴と睨み合いながら、俺はキャットに手早く伝えた。
『了解。情報提供に感謝します、マスターバンジ』
「どういたしましてだ。……前世の記憶を取り戻す前の僕なら、まず間違いなくさっさと逃げ出して必死で隠れてる……けど、相棒のキャットに出会った今の俺なら、コイツはただの美味しい獲物だ!」
『コア出力上昇。戦闘時定格に到達、攻撃準備完了。マスターバンジ、後はご自由にどうぞ』
おほぉっ!!
GBコアの出力上昇に伴う、唸り声みたいな独特の音が俺の興奮を煽るぅっ!!
おっ、初めて耳にしたこの音で更に警戒したのか、奴は突進か逃走のどっちでも出来そうな姿勢に移ったな。
だけど、俺にとっても僕にとっても、これは初めての魔物退治なんだ。
悪いけど、この場から逃がすつもりはさらさら無いっ!
モニターに表示された相対距離は約50m弱、戦闘出力のギアタイガーならほんの一飛びで白兵戦の間合いに入るぜ!!
チャージブルボアが反応する隙を与えず、一気に飛び掛かったギアタイガーは、振りかぶった前脚に装備された鋭いブレードクローを一閃。
俺の狙い通りに奴の首を深々と切り裂いて、呆気ないほどの初勝利をおさめた。