年賀状事件
元旦に年賀状が届いた。
さらに、一月三日にもだ。その上、一月四日にも。
この三枚、どれも同じ相手からの年賀状だ。
俺と同じプロ野球選手で、ライバルチームの投手。去年の対戦は十打席あって、俺は三本のホームランを打った。
そんな相手から突然、年賀状が届いたのだ。しかも、三枚も。
年賀状の文面は三枚ともほとんど同じで、よくある新年の挨拶だ。
ただし、最後の部分だけがはっきり違っている。別々の単語が殴り書きしてあった。
一枚目には「シュート」。
二枚目には「スライダー」。
三枚目には「フォーク」。
俺は考える。「年賀状が余ったので、こんなイタズラをしてみた」とか? いやいや、さすがにそれはないだろう。
また、同じ日に三枚ではなく、別々の日に一枚ずつ、というのも気になる。そのことに何か、特別な意味でもあるのだろうか?
しばらく悩んだ結果、「試合以外の場で、この投手と顔を合わせる機会があれば、その時にでも聞いてみよう」と思った。どうして、三枚の年賀状を送ってきたのか。
それから一か月して、春季キャンプが始まった。
さらにオープン戦があり、そして開幕戦になる。
相手チームの先発は、あの年賀状を送ってきた投手だ。
今年最初の勝負なので、俺はいつも以上に集中して打席に入る。
一球目は「シュート」だった。
二球目は「スライダー」だ。
これでツーストライク。早くも追い込まれてしまった。相手投手、今日は絶好調っぽい。
そこで俺は気づいた。この配球、あの年賀状に書いてあったのと同じ。
となると、三球目は・・・・・・。
次の瞬間、マウンドの上で相手投手が不敵に笑った。
それで俺は理解する。三球目が「フォーク」とは限らないのだ。
(そう思わせておいて、別の球種を投げてくるかもしれない。しかし、ここであえて「フォーク」という選択肢も・・・・・・)
俺は内心で焦りまくる。この勝負は元旦から始まっていたらしい。あの年賀状で相手はこちらに、心理戦を仕掛けてきていた。
勝負の三球目、相手が投げてきたのは――
「ストライク! バッターアウト!」
審判が叫ぶ。
相手の「ストレート」を、俺は無様に空振りした。
迷いのあるスイングでは、あの速さの球を捉えることはできない。何も考えずにバットを振っていれば、少しは違った結果になっていたかもしれないのに。くそっ! くそっ! くそっ!
今年最初の勝負で、俺は三振した。
これが尾を引いて、その投手との年間対戦成績は、散々なものになってしまった。
そして、翌年になる。
予想はしていたが、その投手から今年も年賀状が届いた。
元旦に一枚、三日に一枚、四日に一枚・・・・・・。
どの年賀状にも、それぞれ異なる変化球が書いてある。
俺は自主トレの荷物を旅行カバンに詰めながら、真剣に頭を働かせていた。
(一球目はたぶん、この球種を本当に投げてくるだろうから、それを狙い打ちすれば。いや、そう思わせておいて、別の球種を投げてくるかも。だったら、大振りせずに、コンパクトなスイングで・・・・・・)
今年の戦いは、すでに始まっているのだ。
次回は「風船」のお話です。