あなたは、この野球場の来場一〇〇〇万人目のお客さまです
野球場の入り口で、球団スタッフたちはどきどきしていた。
その瞬間が間もなく訪れるのだ。この野球場に来場したお客さんの総数が、一〇〇〇万人に到達する。
来場者数を計測しているスタッフによると、次でちょうど一〇〇〇万人らしい。
それを聞いて他のスタッフたちは、次のお客さんに注目した。
ところが、その一〇〇〇万人目、
「今日も来ちゃったよ」
球団のOBだ。
若い頃は選手として活躍し、今はお客さんとして、この野球場に足繁く通っている。
スタッフたちは素早く目で会話した。
(どうする?)
この球団のOBがちょうど一〇〇〇万人目なんて、本当だったとしても、「やらせ」を疑われそうだ。
そもそも、ここまでの集計結果は、厳密なものではないだろう。たぶん誤差があるはず。
なので、そのまま通過させることにした。次のお客さんを一〇〇〇万人目ということにしよう。
で、次にやって来たのが、
「・・・・・・」
スタッフたちは一瞬沈黙してから、
(どうする?)
素早く目で会話した。
やって来たのは中年の男性だ。金色のスーツを着ていて、複数のポケットからは札束が飛び出している。大きな宝石のついた指輪をいくつも、両手の指にはめていた。
スタッフたちは無言でうなずき合う。どう見てもお金持ちだ。この人も、そのまま通過してもらおう。
で、お金持ちの次にやって来たのが、
「・・・・・・」
スタッフたちは一瞬沈黙してから、
(どうする?)
素早く目で会話した。
全身にピアスをつけまくった若い男性だ。げっ、舌にまでピアスをつけている。しかも、Tシャツには「殺し屋」と書いてあった。
手に提げている紙袋からは、この球団の応援グッズがいくつもはみ出している。野球好きなのは間違いない。が、「俺に話しかけるな」という雰囲気をものすごく放っている。
この人も、そのまま通過させることにした。
で、次にやって来たお客さんたちを見て、スタッフたちはホッとする。
家族連れだ。パパとママに、小学生くらいの子どもが三人。
スタッフたちは素早く目で会話した。
(一番小さい子を、一〇〇〇万人目ということにしよう)
スタッフの一人が機転を利かせて、売店へと走った。他の二人の子にも何かプレゼントしよう、と考えたのだ。たとえば、「球団マスコットキャラクターのぬいぐるみ」とかを。
この家族が野球場の入り口を通過する、その瞬間をスタッフたちが今か今かと待っていると、
「どけどけどけー!」
突然、ほとんど裸の男が走ってきた。身につけているのは、ブリーフだけ。
その男が家族を追い抜いていく。野球場の入り口を通過していった。
さらには、「待てー!」という警察官たちも。彼らも家族を追い抜いて、入り口を通過していく。
もちろん、男も警察官たちもノーカウントだ。
そして、ようやく家族が野球場の入り口を通過する。
それをしっかり見届けてから、スタッフたちは「くす玉」を割った。
「あなた方は、この野球場の来場一〇〇〇万人目のお客さまです」
十万円の商品券をプレゼントして、この家族を祝福した。
なお、この話にはまだ続きがある。
今日の試合中に、ホームチームの選手が特大のホームランを打った。
ダイヤモンドを一周してきて、ホームベースを踏む。
そのあとスタッフから、「球団マスコットキャラクターのぬいぐるみ」を受け取ると、客席に投げ入れた。この野球場では、ホームチームの選手がホームランを打つと、こんなファンサービスをやっている。
ぬいぐるみをキャッチしたのは、全身にピアスをつけまくった若い男性だ。Tシャツには「殺し屋」と書いてある。
だが、にこやかな笑顔で、すぐ近くにいた子どもに「ぬいぐるみ」をプレゼントした。
その直後だ。
「えー、今のホームランで、ある記録が達成されました」
野球場内にアナウンスが流れる。
「この野球場の公式戦で、ホームベースを踏んだ一〇〇〇人目の選手になります」
スタッフの一人が駆け寄って、その選手に賞金をプレゼントした。一万円札が十枚だ。
客席からは、「それも投げて~♪」という声が起こる。
しかし、選手は急に悪い顔になると、十万円をズボンのポケットに入れようとした。
今度はブーイングが起こる。もちろん本気ではない。お客さんたちは冗談でやっている。
すると、選手がさわやかな笑顔に変わった。
十万円をスタッフにわたすと、
「今すぐ全部、五百円玉に両替してきてください。それなら、多くの人がキャッチできるし」
この判断に、客席からは歓声が起こった。
次回は「年賀状」のお話です。あけおめー。