最強のにおい
この球場に来るお客さんから最近、こんな話をよく耳にする。
「ここに来る時、犬のフンを見ることが多い」
といっても、球団職員は普段から、球場周辺の清掃をしている。試合の日やイベントがある日には、特に念入りに掃除をしているのだ。
しかし、それでも犬のフンを完全に消し去ることはできていない。
この球場周辺は道が広く、愛犬家のお散歩コースにちょうど良いらしいのだ。そういう姿を、球団職員はよく目にしている。
ペットとのお散歩を禁止します、そんな看板を立てることも検討したが、球団職員の間からは、次のような反対の声が上がった。
愛犬家にもマナーの良い人と、そうでない人がいる。マナーの悪い一部の人たちのために、マナーの良い人たちまで連帯責任という解決法は、よろしくないだろう。他のアイデアを考えるべきだ。
とはいえ、球場に試合を見にくるお客さんが、たびたび犬のフンを目にするのも困る。球場グルメの売上に悪影響を及ぼすかも。
大至急、何らかの対策が必要だ。
それで上司に話を持っていったところ、
「でしたら、私の知り合いに相談してみましょうか」
ある人物を紹介してくれた。大学の教授だ。動物のマーキング行為について研究しているとか。
さっそく球場周辺の調査をしてもらう。
教授は地図を作成した。球場周辺にある電柱の多くに、犬のフンが点在している。
「複数の犬の仕業ですね」
教授によると、それぞれの犬が「ここは自分の縄張りだ」とアピールするために、マーキングをしているらしい。
「これを使ってみましょうか」
香水の瓶を取り出す教授。
球場周辺の電柱を回って、瓶の中身をふきかけていく。
数日後、犬のフンが半分に減った。
教授が先日ふきかけていたのは、
「大型犬の『におい』です」
といっても、人間にはわからない。犬の嗅覚にだけ反応するように、研究室で精製した特別なものだ。
しかし、まだフンは残っている。
そこで教授は新たな瓶を持ってきた。
「二週間ドッグフードを食べさせた、ライオンの『におい』です。これを試してみましょう」
またもや、球場周辺の電柱に、『におい』を散布していく。
人間の鼻には特に何も感じない。だが、犬の嗅覚には反応するという。
二週間後、犬のフンがさらに半分に減った。
「なかなか手強い犬たちがいるみたいですね」
強そうな相手の「におい」がすると、普通は尻込みするのだが・・・・・・。
今回も教授は新たな瓶を持ってきていた。
「二週間ドッグフードを食べさせた、カバの『におい』です。これを試してみましょう」
このあとも、教授の挑戦は続く。
ここから先、人工的につくった「におい」を投入した。マンモスの「におい」、ドラゴンの「におい」、宇宙怪獣の「におい」・・・・・・。
これでひるまない犬は、さすがにいないだろう。
三か月後、教授と球団職員は、一本の電柱の前にいた。
そこには犬のフンがある。
「あまり認めたくはありませんが、これは『大物』かもしれませんね」
教授は言う。
とはいえ、球場周辺で犬のフンがあるのは、この場所だけだ。球団職員は、ここだけ見回りを増やすことに決める。
その場にあった「サンプル」を、教授は回収した。
実は最近、「犬のフンで困っているので、どうにかして欲しい」という依頼が、いくつも舞い込んでいるのだ。
この「サンプル」を使えば、ひょっとしたら、他の犬を寄せつけない「最強の『におい』」をつくり出せるかも・・・・・・。
次回は「福引き」のお話です。