卒業前に
卒業式の前日だ。
夏に野球部を引退した三年生が、グラウンドに集まっていた。一年生と二年生は授業中である。
これから元野球部の三年生全員で、グラウンドのお手入れをするのだ。
顧問の先生にはすでに伝えてあって、
――練習でお世話になったグラウンドに、こういう形でお礼をしたい。
しかし、それは表向きの理由だ。
実は・・・・・・。
まずは、グラウンドのお手入れを一通り終わらせる。
さて、本番はここからだ。
三年生たちは三塁側のファールゾーンに集まると、
「じゃあ、『卒業記念』を残していこう」
何を残していくのかは、前もって話し合って決めていた。『ナスカの地上絵(縮小版)』で、『ハチドリ』と『猫』をつくるのだ。
三年生たちは写真を見ながら、せっせとファールゾーンに『地上絵(縮小版)』を描いていく。
ほどなくして完成した。素晴らしい出来栄えだ。一年生と二年生はきっと驚くぞ。
おっと、忘れるところだった。最後の仕上げがまだ終わっていない。
三年生たちは最後の仕上げにとりかかる。
本物の『地上絵』は、すぐには消えずにずっと残っているという。だったら、この『地上絵(縮小版)』も・・・・・・。
「セメントの準備ができたぜ!」
これを使って表面を固めてしまおう。
ファールゾーンだから、そこまで問題ないはず。
今度こそ本当に『地上絵(縮小版)』を完成させて、三年生たちは笑顔で退散した。
卒業式の翌日だ。
野球部の一年生と二年生が、グラウンドに集まっていた。
ドリルを使って突貫工事を行っている。先輩たちが余計なことをしていったので、その後始末をしているのだ。『地上絵(縮小版)』を破壊している。
先輩たちへの愚痴を言いながら、同時にこんなことを考えた。
(自分たちが卒業する時には、何をしようか?)
そして、この時の二年生は一年後、ピッチャーマウンドに『前方後円墳』をつくることになる。
さらに、この時の一年生は二年後、外野に『ミステリーサークル』をつくるのだった。
こうして『伝統』は、次の学年、その次の学年に受け継がれていく。
数年後には、この『伝統』、「卒業前の名物」として定着していた。
ある時、校長がグラウンドの前を通りかかった。
数日後には卒業式だ。野球部の三年生たちが何かをつくっている。
ネクストバッターズサークルの隣に、大量の土が盛られているのを見て、
「ふむ、今年は『エジプトのスフィンクス』か」
クイズ感覚を楽しむ校長。
ところが、そうじゃない。今年の卒業生がつくっているのは、オーストラリアの世界遺産『シドニーのオペラハウス』だ。
こういう誤解がちょくちょく起こるのも、この学校ならではの、「卒業前の名物」である。
次回は『ある日のフォーメーション』というお話です。