来シーズンは、この条件で
「来シーズンは、こんな感じでどうかな」
十一月の某日、契約更改の場で球団幹部が、一枚の紙を提示してきた。
二つの金額が書いてある。両者の間には、かなりの差があった。
「えーと」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
去年までの契約更改で、こんなことはなかった。
提示された二つの金額。
上に書いてある方は俺の期待以上だが、下に書いてある方は期待よりも少し低い。
「こっちの金額ってことですよね?」
上の金額を指差しながら、とぼけた感じで聞いてみる。
「こちらはそのつもりだよ。ただし、条件があるけどね」
きたっ!
俺は身構える。
たぶん、ホームランの数が二〇本を超えたら「上の金額」で、そうじゃなかったら「下の金額」とかかな。
しかし、そうではないらしい。
「実は、助けてもらいたいんだ」
テーブルの上に球団幹部が一本のギターを置いた。七色のギターだ。これって・・・・・・。
「君も知っていると思うが、先日――」
球団幹部が語り出す。
この球団では先日、一人の外国人選手との契約を打ち切った。その選手は昨シーズンと今シーズン、あまり活躍できなかったのだ。
レインボーカラーのモヒカンがトレードマークの明るい選手で、球団はかなり期待していたらしい。
その証拠に、さまざまなグッズをつくったのだが・・・・・・。
「それらのグッズ、まだ在庫がかなりあるんだよ」
特に、なりきりコスプレグッズの「レインボーモヒカン」が、ものすごく余っているのだとか。
「そういうグッズを何とか売りさばきたいんだ。赤字にならない程度に」
しかし、この球団にはもう、レインボーカラーのモヒカンをした選手はいない。
「そこで君に頼みたいんだ。来シーズンはレインボーのモヒカンにしてくれないか?」
それが、「上の金額」での契約条件だという。ある程度グッズを売ってしまうまでの間、髪型をレインボーカラーのモヒカンにすること。といっても、その期間は最大でも一年とする。
また、あの外国人選手が国内の他球団と契約した場合、余っているグッズを買い取ってくれるよう、その球団と交渉するつもりだとか。
で、交渉がうまくいった場合には、俺の髪型は自由だ。その場合でも、来シーズンの年俸は「上の金額」のままになる。
俺は考えた。中学も高校も丸刈りだったので、髪型に対する「こだわり」は特にない。
しかし、レインボーカラーのモヒカンか。日常生活にかなり支障をきたしそうだ。でも、俺は球団の寮で生活しているし、一年だけなら何とかなるかも・・・・・・。
そんなことを頭の半分くらいで考えながら、球団幹部に聞いてみる。
「来年の初売りで、福袋に入れたりはしないんですか?」
「もちろん入れる予定だ。しかし、一つの福袋に同じコスプレグッズを、五つも六つも入れるわけにはいかない」
「そんなに余っているんですか!」
さすがに、つくりすぎだろ。
「あと、このギターのような高い商品もある。こういうものは、福袋に入れずにさばきたい」
テーブルの上に置かれている七色のギターに、俺は目をやった。
定価二〇万円で限定一〇〇本。まだ九〇本も残っているらしい。
「せめて、あと三〇本は売りたいところだ。まあ、その数だとまだ赤字なんだが・・・・・・」
三〇本も無理だと思います、とは言い出せなかった。そんなに売れるとは思えない。今からでも遅くないので、球団カラーに塗り替えて、別の商品として販売した方が・・・・・・。
球団幹部が力強く、俺を見つめてくる。
「そこで君の出番だ。よっ、若手期待の星。来シーズンは、この条件で頼むよ」
そう言うと赤いペンを持って、「上の金額」を丸で囲んだ。
年末に俺は実家に帰り、テレビをつけたままギターの練習をしていた。
俺が手にしているのは、例のギターだ。七色のギター。契約更改のあとに、球団幹部からもらったものだ。
来シーズンのヒーローインタビューでは、このギターを持って登場することになっている。なので、そこそこ弾けるようになっておきたい。
といっても、あの外国人選手が国内の他球団に行くようなら、俺はレインボーカラーのモヒカンにしなくていいし、このギターの出番もなくなるけど・・・・・・。
そこでテレビに、こんなニュースが流れる。
あの外国人選手が国内の他球団と契約したらしい。三日前には合意していたそうで、今日が公式発表だという。記者会見会場からの生中継だ。
「来シーズンは心機一転、これまで以上に真剣に、野球に取り組みたいと思っている」
テレビの中で語る外国人選手。
俺は唖然としていた。外国人選手の頭が「スキンヘッド」になっているのだ。あのレインボーカラーのモヒカンが、どこにもない。
ということは・・・・・・。
次の瞬間、スマホが振動する。球団幹部からだ。
俺は素早く電話に出る。
少し話したあとで球団幹部が、
「そうか、そのニュースを今見ているのか。それなら、くわしい説明は不要だな。単刀直入に言う。先ほど、相手球団との交渉に失敗した。すまない。そういうわけで、春季キャンプの初日から、レインボーモヒカンで頼む。来シーズンは期待しているよ」
期待しているのは、俺の活躍なのか、グッズの売り上げなのか。
テレビの中では、なおも外国人選手が語っている。
「あの髪型をセットするのに毎朝、かなりの時間をとられていた。そんな無駄な時間を、来シーズンは野球のために使いたいと思っている。ホームランを最低でも二〇本。その上で盗塁王もとりたい」
俺はテレビを消した。
ため息をついてから、真面目にギターの練習をする。
球団の応援歌、そのサビを少しだけ弾けるようになっていた。
次回、ゲームの世界に転生します。