俺たち、そんなに悪いことしてないよな
「俺たち、そんなに悪いことしてないよな」
路地裏の酒場で、客たちがひそひそ声で話している。
酒場の店内では、テレビがついていた。プロ野球の試合をやっている。
「消しましょうか?」
ダンディな声でマスターが言う。
「いや、試合の結果を知りたいので、このままで」
テレビの中で試合が進んでいく。
ある打者がバットをふった。打ち損ないだ。ふらふらと上がる打球。
この直後、球場内にアナウンスが流れた。
「ファールボールにご注意ください」
プロ野球の試合なら当たり前のことだ。これと同じアナウンスが、一試合の間にたくさん流れる。
酒場にいる客たちは再びぼやいた。
「俺たち、そんなに悪いことしてないよな」
彼らは「ファールボール」だ。マスターもそう。ここは「ファールボール」による、「ファールボール」のための秘密の酒場だ。
で、次の打球でも、
「ファールボールにご注意ください」
客たちは同時にため息をつく。
ファールボールにご注意ください、ファールボールにご注意ください。こんなことをたびたび言われたら、プロ野球ファンは確実に警戒する。ファールボールを「不審者」のように考えるかも・・・・・・。
たとえば、「スリ」や「痴漢」と同じように。スリにご注意ください、痴漢にご注意ください、ファールボールにご注意ください。
「俺たち、そんなに悪いことしてないよな」
「ええ、もちろんですとも」
マスターは優しく言うと、テレビを消音モードにして、
「カクテルを一杯、ごちそうさせてください」
新作のカクテルをつくり始めた。
次回は「開幕投手の決め方」のお話です。