申告敬遠
野球には『申告敬遠』というルールがある。
簡単に言うと、「投手がそれ以上ボールを投げることなく、その打者を敬遠できる」というものだ。投手はわざわざ四球になるまで投げなくてもいいし、わざと死球にする必要もない。
とはいえ、打者を一塁に歩かせるので、それによるリスクを負うことになる。
だから、『申告敬遠』を使うのは、ここぞの場面だ。たとえば、試合の終盤でホームランバッターを迎えた時とか。
ところがである。
高校野球の地区大会で、
「『申告敬遠』!」
守備側の監督が審判に告げる。
球場がざわついた。守備についている選手たちも戸惑っている。
というのも、試合を開始したばかりで、投手はまだ一球も投げていないのだ。
なのに、『申告敬遠』?
さらに異変は続く。
二番打者に対しても、
「『申告敬遠』!」
同じことを告げる監督。
またもや球場がざわついた。二人続けての『申告敬遠』だと?
こういうことが、まったくないとは言わない。プロ野球でも過去にあった。
だが、あれは試合の終盤だった。好調な二人の選手を歩かせて、その次の打者と勝負するという作戦だった。
しかし、まだ試合は始まったばかりだ。
これはひょっとして・・・・・・。球場にいる者たち、その一部が気づく。
続いて三番打者だ。
「『申告敬遠』!」
やはり、ここでもか。まさかの三人連続、『申告敬遠』だ。
これが審判に認められれば、ノーアウト満塁になる。
もはや、この監督の意図は明らかだ。
この試合は、強豪校と弱小校の一戦。その戦力差は大きく、ほぼ間違いなく強豪校が勝つだろう。
そんな試合の開始直後に、強豪校の監督が三回連続で、『申告敬遠』をしようとしているのだ。
味方の選手たちには、事前に何も伝えていなかったらしい。彼らも動揺している。
それこそが、この監督の狙いのようだ。
普通にやれば、楽に勝てる試合だろう。なので、選手たちは気が緩んでいた。彼らの気を引き締めるために、こんなことをしているのだ。
この三回目の『申告敬遠』に対して、審判が監督に確認する。
「本当によろしいんですね?」
「もちろん!」
審判は次の言葉を口にする前に、ちらりと相手チームのベンチを見た。
やはりと言うべきか、あっちの監督と選手たちは非常に困惑している。
審判は少し考えてから、
「三回目の『申告敬遠』を認めます」
そのあとに大声で叫んだ。
「退場ーっ!」
審判の権限で、バカ監督をこの試合から追放する。
高校野球には教育的な側面もあるのだ。なのに、相手チームへの配慮がまったく感じられない。
実力差や今後の試合日程を考えて、控えメンバーを先発させるのならまだしも、今回のはいくら何でもやりすぎだ。やられた方は非常に迷惑。
「さっさと退場しないと、そっちの不戦敗にするぞ」
審判が言うと、バカ監督は少し驚いたようだが、素直に退場した。
このあと強豪校の選手たちは、監督の不在を三年生たちが話し合ってカバー。試合に勝利した。三〇対一だった。
次回は「球団公式カレンダー」のお話です。