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新人覚者ナタリアの小さな冒険~ドラゴンズドグマオンライン~

作者: 羽賀徹

青々とした空と柔らかな風になびく草原……ほんのわずかの距離にレーゼ神殿の大きなレンガ造りの門が見えている。

物々しい武器で武装した子鬼の魔物、ゴブリンの群れはそんなのどかな草原ではやや異色なたたずまいといえる。

ナタリアは剣を振り下ろすとゴブリンは見苦しい声をあげてバッタリと倒れた。

「お見事です」

剣の腕前を確認したサンドラが駆け寄ってくるとナタリアは明るい笑顔を見せた。

まだ12才になったばかりの彼女が自分から剣の稽古に励んだのは兄のアランの冒険家としての後姿に憧れてのことだった。

兄は剣術が苦手で弓矢の扱いを好んでいたようだが、ナタリアは弓矢を実際に手にとって思いのほか狙い通りに射当てることが難しいので諦めた。

剣はその点、しっくりとくる気がした。まるで剣が身体の延長のようなそんな感覚にすらなった。

「ねえ、サンドラ。次はブリア海岸に行きましょう」

「だめです。ナタリア様。この辺りの魔物でしっかり腕を磨いておかないと」

やや露出の高い鎧と髪を結い上げた褐色の女戦士サンドラは、ちいさなナタリアを片手で制した。

「そうですわよ。マスター」

ナタリアの弾んだ声に水を差したのはその後ろで控えているティナだった。

ずっとヒールの光でナタリアに万一のケガもさせまいとしていたのだろう。

癒しの光をまとわせた彼女が腕を一振りすると回復魔法の光は霧のように消えた。

ゴブリンとの今の戦い、囲まれていたならそれなりの手傷は負っていたのだろうが、忠実な従者は持てる力で彼女をきちんと守っていたのだ。

プリーストとして魔法の修行をしているティナはナタリアのお目付け役でもあった。

当然、不満ではあったが冒険において熟練者のサンドラとティナに反対されれば、ほんの駆け出しのナタリアは頷くしかなかった。


おてんばな性格の彼女には、まだ冒険がもの足りなかった。

自然豊かな白竜のお膝元でもあるハイデル平原は、神殿までの街道も白衛騎士団の目が行き届いていて、ゴブリン程度の野生の魔物しか現れない。

もしオークのような魔物が現れたとすれば、それはグリッテン砦が盾としての機能を失ったときであろう。

ごく安全な地域と言われたそのハイデル平原をほんの少し周回してゴブリンなどを熟練したサンドラと一緒にほふったところで得られる経験値はほとんどない。

己より強い者と一緒に行動しても成果にならないとは、よく戦士たちの間で語られる格言である。

熟練した戦士はさまざまな特技を身に着けるために己に課題を課して戦っていると聞く。

ナタリアもいずれはグリッテン砦のヴァネッサという名高い女戦士に弟子入りしたいとひそかに憧れているのだ。


ある夜、むっくりと起きたナタリアは猫のようにしなやかな動きで忍び足すると、侍従の部屋で寝息をたてているティナを盗み見る。

今のうちにこっそりと屋敷を抜けて、兄がよく聞かせてくれた美しいブリア海岸を見たら帰ろうと考えていたのだ。

剣術もゴブリンどころかリザードマンでさえ倒せるようになっていたし、サンドラと一緒ならレッドキャップにも負けなかった。

ナタリアは買ってもらったばかりの剣と盾、厚手の服を身に着けると癒しの薬とガラエキスもバッグに詰めて、窓から外へと飛び出すのだった。

本当はもっとレベルの高い武具にしたかったが、今の技量では扱えそうにないので諦めた。

兄のアランが先日、神殿前の景品交換場で、誰にでも扱いやすく強い攻撃力を秘めた魔法の剣を手に入れていたのを思い出したが、そもそも彼からその武器を譲り受けるのも難しいだろう。

かなり高価なもので黄金石と呼ばれる貴重な宝石でそれを手にする者もいるといういわくの業物なのだ。

こっそり持ち出せばどんなに怒られるか分からないので、初心者向けのブロンズソードで妥協するしかないだろう。

青銅の粗末な剣ではあるがレスタニアの新人覚者には広く普及しているし、何より手に馴染んだ武器なら戦いに困らない。


侍従に気づかれずにレーゼの外へ出た彼女が最初に目にしたのはゴブリンたち。

「マヌケー」と煽ってくる魔物は三匹もいたが、攻撃をすべて盾で防ぎながら一閃突きで鮮やかに葬り去って、ナタリアは目を輝かせる。

鋭いこの動きはゴブリンが攻撃態勢をとるより先に相手の命を断ち切れる。

ひどく疲れるので何度も重ねるのは危険だが……。

護衛のサンドラがいないのに苦戦することもなく、一人でもやれるという自信が彼女をさらに強くしているように感じた。

夜になって手にしたたいまつを投げつけるゴブリンもいたが、ナタリアは盾の扱いもしっかり学んでいるのでうまく防ぐ。はじかれたたいまつの破片を受けた一匹にいたってはそれで力尽きてしまった。

思わぬ戦果に、これは後でサンドラに自慢話ができたと顔をかがやかせるナタリアだった。


ブリア海岸へ続く道の途中、テル村を素通りして道をひたすら進むナタリア。

カンテラの灯りが街道にナタリアの影をくっきりと浮かべていた。風でざわめく木々の音に混じり、かすかに獣の遠吠えも聞こえる。

ふと、小高い丘に目を向けると、大きな影がノシノシと動いている様子が遠目に見えた。

獣の遠吠えの主だろうか……

ランタンを掲げナタリアは目をこらした。


「サイクロプス……テルサイだ!」


賞金首サイクロプス……確か、レーゼの街角の掲示板にそんな魔物の名を見かけた記憶がある。

テル村を根城にしている魔物だ。

昔、討伐に出向いた騎士が殺された経緯からか、この賞金がかけられているその巨人。

賞金の欲に目が眩み、蛮勇で命を落とす者もこのレスタニアでは少なくないという。

兄のアランも武者修行でテル村を何度も往復してこの魔物と戦ったという武勇伝をよく聞かせてくれていたのを思い出す。

レスタニアで旅する冒険者にとっては腕試しに手ごろな相手なのだと聞かされた。


ついさっき、ゴブリンを簡単に退けたナタリアは自信に満ち溢れていた。

テル村の家屋のすぐ近くに位置するこの拓けた丘は遺跡の跡なのか、朽ち果てた石の柱が何本も生えていた。

ヒビだらけの無骨な石の柱の影にナタリアは身を滑らせて、少しずつ闊歩しているサイクロプスの射程距離に迫っていった。


盾の扱いも心得ていたし、魔物の鈍重な動きを遠巻きに見て確信した。

「勝てる!」

ナタリアは剣を抜き放ち、単騎でサイクロプスに向かって走った。

ここまで近づいたのなら隠れながら近づく必要はない。

「モォぉぉお……」

彼女の姿に気づいたサイクロプスの単眼がギラリと光る。

大きく腕を振りかぶり近づいてくる存在を打ちつけようとするが、彼女がいた場所をたたきつけたときにはその姿は懐に隠れていた。

石柱が衝撃でぐらぐらと揺れる。砕けた石が荒めの土で覆われた大地にパラパラと降った。

サイクロプスは単眼ゆえに視野はそれほど広くない。

ナタリアは敵の死角に紛れ込むと研ぎ澄まされたブロンズソードの切っ先でその太い足を切りつけた。

「くっ……」

鈍い手ごたえに弾かれる。

さっきまで戦っていたゴブリンよりも硬質の肌……しっかり斬りつけたのに鈍い手ごたえだった。

夜の月明かりの中でやけにサイクロプスの大きな一つ目だけが光って大きく見えていた。

「まるで狙ってくれと言ってるようなものね!」

ナタリアは身軽に魔物に飛びつくと、すぐにその巨体によじ登り始める。

魔物の目は硬い皮膚に覆われていない……ここならば剣が通るのではないかと察したのだ。

「モぉおおおお!?」

サイクロプスは慌てたようにナタリアの小さな身体を振りほどこうともがいたが、幼いころから木登りは得意だったのでナタリアも簡単にはふるい落とされなかった。

激しく動けばがっちりと全身をトラバサミのように挟み込んで耐え、少しずつ上を目指す。

バランスを崩しながらも、巨木のような腕を足場にしてさらに一気に顔まで上りきった。

「はぁはぁ……よぉし!」

よじ登るだけでかなりのスタミナを消耗してしまったが、息を整えている余裕はない。

またもがいたりされたらふりほどかれない保証もないのだから。

ギロリとした目はナタリアの顔ほども大きくて、少し気味悪さを感じたが剣を持ち直すとそのまま一気につきたてた。

「モグォォ!!」

地鳴りのような低い悲鳴をあげながらサイクロプスは暴れまわる。

直感的に魔物から飛びのいたナタリアはそのまま地面にたたきつけられる。

軽い脳震盪か、地面に打ち付けられて呼吸もまともにできなかったが、顔をあげると怒りに全身真っ赤になったサイクロプスが迫っていた。

痺れる頭の感覚を無視してそのまま立ち上がると、距離をとる。

「ボェェ!」

意味の分からない唸り声とともに足を踏み鳴らし、地面にムチャクチャに拳を振り下ろすサイクロプス。

何本か残っていた石柱の一本が暴れた腕に打ち付けられて砕けた。

さらに地面がえぐれ、あまりの揺れにナタリアはしばらく身動きがとれずよろめいた。

地震……そう言ってもさしつかえはないだろう、激しく振動する地面。

「くっ……すっごいゆれ……」

大型の魔物の恐ろしさにナタリアは歯を食いしばる。

怒っているということは魔物にさっきの攻撃は効いた証拠ではないか……一気に片をつける。

ナタリアは剣を構えるとそのままサンドラから直伝された一閃突きを放った。

狙い通りに敵の足に深く食い込んだかに見えた一撃だが、まったく相手は動じない。

そればかりか、さっきより激しく拳を打ち付けて地面を揺らし、ナタリアを押しつぶそうとしてくる。

「どういうことなの!?」

悲鳴を飲み込みながらナタリアは後ずさった。

逆上して皮膚が硬くなっている……そんなことがありえるのか!?

振りかぶった拳の真下にいたナタリアは慌てて盾を構えて伏せた。

木製の盾で身体への直撃こそ防げたものの、盾を持った手は痺れてまともに呼吸もできなくなる。

空気がはじけたような感覚に吹き飛ばされて、大きく身体が弾かれた。

重たい一撃の前ではこの盾はまだ頼りない代物だったかも知れない。あるいは盾の扱いになれたシールドセージと呼ばれる者なら耐えられただろう。

一つだけのサイクロプスの目は怒りに赤く充血し、おびえているナタリアの姿を捉えていた。

「殺される……」

どこか他人事のようにそう思ったナタリアの前で、ぼぅっ……と光が灯った。

巨大なサイクロプスの膝に浮かんだ紫の光はどこか間の抜けた感じだなと、場違いな感想が浮かんだ。

ぼんやりとその光を不思議に感じているナタリアの耳に飛び込んできた声。

「マスターに刃を向けるものはこの私が絶対に許さない!」

見ればローブに身をまとった女性がプリーストの杖を掲げてヒールの光を放っていた。

ナタリアの奪われていた体力が見る間に回復していくのが分かった。

「必中!」

続いて激しい稲光がその膝の光目掛けて走る。

サイクロプスはサンダーレインの激しい光に飲み込まれて、苦しげにもがいた。

見れば顧問ソーサラーでありナタリアの家庭教師として学問を担当している老魔導師のウィルフレッドも駆けつけていたのだろう。

年季の入った樫の木でつくられた杖を構えていた。

すでに次の魔法の詠唱に入っているのか、その老魔導師の真っ白なローブが魔法の起こす風でぱたぱたとはためいている。

うっすらとオレンジ色の光をまとわせながら老人の身体が宙へ持ち上げられ、次の瞬間、夜空が紅くなった。

「すごい!」

激しい轟音とともに灼熱した岩が怯んでいるサイクロプスの巨体に向かって降り注ぐ。

高名な魔法使いが長い修練の後に身に着ける魔法……メテオフォール。

書物で名前を知っていたが、実際にその魔法を見るのは初めてだった。

夜闇を切り裂く炎の塊の中でサイクロプスがたまらず地面に転がるや……

「いまだ、一気に攻撃を!」

どこからか声がして、ナタリアは剣を構えると倒れたサイクロプスの頭に一閃突きを放った。

「うりゃああああ!」

吼えると振りぬいた剣先に確かな手ごたえが跳ね返り、魔物の血が飛び散る。

魔物は息絶えていた。

ナタリアの剣がなくてもメテオの威力ですでにこの魔物の生命は刈り取られていたのかも知れない。

まだ肉の焦げた異臭と、隕石の残骸が放つ熱が肌にまとわりついていた。

「やれやれ……間に合ってよかった」

いつの間にかナタリアのすぐ後ろに立っていたのは、弓に矢をつがえたまま警戒するアランだった。

「アラン兄……いつの間に……」

「このバカ!」

ガツンと頭をこづかれて言い返そうと見上げると兄は不安を滲ませた表情をしているのに気づいた。

「マスター、みんな心配したんですのよ」

ヒールの光をまとわせながら、やはり不安に青ざめた顔をしているティナと、その後ろからウィルフレッド老も駆け寄るのが見えた。

「ごめんなさい……」

「まったく……一人で大型の魔物に挑むなんて無茶しやがって。下手な冒険者が集まっても簡単に倒せる相手じゃないんだぞ」

怒っているようで安堵したような声音の青年は愛しい妹の無事を確かめるように抱き寄せると、フワリと何かを身体に被せた。

「ん?」

ナタリアは首にかけられた布を不思議そうに見た。

それは柔らかな肌触りの赤いマフラーだった。

「プレゼントだよ。今日は寒いだろ?」

「ワーイ……ありがとう、アラン兄……」

兄からもらった赤いマフラーをしっかり首に巻きながらナタリアは大事にしようとひそかに思った。

「喜ぶのは早いんじゃなくて? マスター……」

ティナに覗き込まれてナタリアは気づく。

「明日からは外出禁止だ。しばらく魔法の座学をみっちり用意させていただきますぞ。無断外出などもってのほか……」

厳つい顔で宣告する老魔導師は、サイクロプスより怖かった。


「剣術の稽古だけでいいのにぃ……魔法の勉強つまらない……」

グリーン家の図書館で魔法の体系の写本を書かされながら、ナタリアは文句をこぼしていた。

すぐ横にいるのはナタリアよりもさらに年は下の女の子……きらきらとした銀髪が図書館の大きな窓から差し込む光を弾いていた。

名前はアリス。兄のアランが旅先の孤児院でその少女がいじめられているのを見かねて引き取ったと聞いた。気づけばグリーン家に正式な養子としてレーゼ神殿へ届け出た際には、ウィルフレッド老が一番手を尽くしていたという。

家出した孫にその姿を重ねたのではないかと兄が笑っていたのを思い出す。

「ねぇ、アリスちゃん! ウィル爺もいないしさぼっちゃおうよ!」

「だめですよぉ。見つかったら怒られてしまいます……」

気の小さな少女アリスはすでにナタリアと同じ宿題を倍以上の差で書き上げていた。

炎の魔法や属性をいかに引き出すか……攻炎の書と呼ばれる魔法の初歩が記された書物を小さなアリスはすでに完全に物にしている様子だった。

「アリスちゃん、もうそんなに終わってるの!?」

「は、はい……魔法……勉強するの……楽しいですから……」

このおどおどした小さな女の子はやがてウィルフレッド老の教える魔法のすべてを学び、高名な魔法使いに比肩するほどの実力者になるのだが、それはまだしばらく先の話である。

「じゃあさ、いつか一緒に冒険してアラン兄を見返しちゃおうよ!」

「えー……無理です」

「無理じゃないよ。んーとね、まずはクランに入ってね、それから……」

「まずは攻炎の勉強からですぞ……」

無我夢中のナタリアの後ろで離席していたはずのウィルフレッド老は厳しい顔をしていた。

「だってー剣術の修行がしたいのに、こんな難しい本の勉強しても……」

「これも剣の道ですぞ……そして、攻炎の勉強が終わったら攻氷の書も……」

ナタリアの前に分厚い本がまた一冊置かれ、ため息をつくのだった。



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