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エルフvs人類  作者: 死希
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人類の進化。7

「あんた、あんな大物だったけ」

「凄いよ、蓮! 凄くカッコよかったよ!!」

「い、いや。別に凄くはねぇだろ」

 波乱の入隊式を終え、ようやくエヴァと一夏と一週間ぶりの再会を果たす。

 久しぶり、とか。ここ一週間どうだった、とかそう言った会話は吹っ飛ばされて開幕早々に入隊式での蓮の行動が話題となるのは当然。

「啖呵を切る。とはまさにこの事ね」

 変わらず冷静に発言するエヴァとは裏腹に、目を星にして尊敬の眼差しみたいな視線を飛ばす一夏に、僅かながら蓮は頬を桜色に染める。

「べ、別にそんな大したことじゃねーよ。ただ、自分の中で弱り始めた心に喝を入れてやろうと思ってな」

「けど、したことは凄いと思う。私も蓮の行動が無ければ、もしかしたら同じ事していたかも」

「え、エヴァ、ほんとに!?」

 一夏が驚きの表情に切り替わる。

「意外と度胸ある行動するもんな、お前」

「何か否定されている気がして少し腹が立っていた」

 エヴァは冷静だが、決して暗い性格ではない。肝は座っているし、そこらの男とは比べ物にならないぐらいの度胸を持っている。

 たまにやりすぎな部分こそあるが、信念の強い女なのは確かだ。

「あまり目立たないでよ。目を付けられたら後々大変かもよ? まあでも、既に蓮は同期以外の人たちにも注目されている大物株になっちゃったけど」

 苦笑い気味の一夏は、呆れた表情を浮かべながらも、長い付き合いから理解しているようで、ホッとした顔を浮かべている。

「あんな大きな態度を取って、何も結果得られなかったら爆笑もんよね」

「うっ――」

 エヴァの辛辣な言葉が蓮の胸にグサリと刺さると同時に、背中にぶわーッと嫌な汗が現れる。

 エヴァは意識しているのか、していないのか、時折出る毒舌に傷つくこと少なからず。

 蓮の腰に備わった刀魂、それは本日力を覚まさせる期限であり、蓮はそれをクリアする事が出来ていない。

 そして今、三人が向かっている所はNo<ナンバー>に与えられた最初の任務を実践する場所であり、自分がやった大きな態度とそしてこれから起きるであろう現実に無意識にも歩幅が狭くなっている。

「開始早々除隊とか、一周回って自分でも大爆笑だな」

「何か言った?」

「いや、何でもない」

「まあお山の大将にならない事を祈っているよ」

「お前、いちいち鼻に付くな!」

 ポーカーフェイスの彼女の表情からはそう言った感情を汲み取る事が出来ないから厄介だ。

 そんな二人に刀魂の事を聞こうと喉まで言葉が昇っていたが、ストンと力を抜くと同時に胃の中に落とした。

 聞いても良い事にはならないなって。自分の中で思ったから。

 三人でたわいもない会話をしていると、とうとう一つの扉の前にたどり着く。

 普通の扉のはずなのに、蓮にとってはそれが途轍もなく高い壁に感じてしまったのは、蓮の心情が影響しているのだ。

 ゴクリと唾を飲み込む。

蓮だけではなく、隣の二人の表情も先ほどよりも固くなっている。

「眠い」

 訂正しよう。あくびを一つ挟んだエヴァは恐らく緊張はしていなく、お腹を押さえている事から空腹でお腹が鳴らない為に力んでいるのだろうと長い付き合いから分かる。

「じゃあ、入るぞ」

 二人が蓮の言葉にコクリと頷いて、蓮がゆっくりと扉を開く。

 既に蓮たち以外は揃っていた。

一斉に視線が蓮たちに向けられる。中でも卒業式前夜、蓮に絡んで来たNo2の男、田島 竜二が蓮を見るなり鼻で笑う。

っく。と小さく奥歯を噛み締めた蓮は、周りに従って一列に並んだ。

 小さな部屋は例えるなら学校の校長室のような部屋で、正直十人も並ぶと窮屈だ。

 それだけではなく謎の圧力、威圧感のような圧迫感が皆の体温を上げているのか、熱くも無いのに緊張の汗を掻いていた。

 そして皆の視線が一つに集まった先には、一人の男が立っている。

 つい先ほど対峙した男の姿であり、近場で見るとまさに死線を乗り越えて来た猛者といった印象を強く受ける。

「さあて本部にある第一支部にてNo<ナンバー>の名を得た君たちには一週間前、一つの任務を与えたね。覚えているだろう? それを今ここで見せてもらう。各々が各自で見出した結果を早速見せてくれ」

「あのー、仮に刀魂を見せれなかった場合はどうなるんですか」

 重い空気で胃がぎゅるぎゅるする空間というのに、相変わらず冷静沈着を突き通す女、エヴァがものともしない姿勢にて質問する。

 正直すげぇなって思いつつも聞きたいようで聞きたくない質問に蓮は耳を抑えたくなった。

「言うまでもなく除隊だ。同時に腰に差した刀魂を返してもらう」

「うぅ」

 思わず吐きそうになった蓮の心拍数は破裂寸前で、音が周りに聞こえていないか不安で仕方ない。

 俺なら平気だ。見せてやる、このおっさんに。

 あくまで弱気な自分を否定して、強く強く気持ちを持つ蓮は気づかれないように小さな深呼吸を挟んだ。

「では、時間を割くにはもったいない。一人ずつ見せてもらおうか」

 そう言って男が視線を促して最初に指定したのは、なんと不運か、蓮であった。

「お、俺からですか」

「ああ。先ほどの威勢を買っているんだ。さあ、やってくれたまえ」

「はい」

 そう呟いただが、心中は台風によって荒れる大海原のように落ち着きは無い。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。何度も何度も心の中で唱えるけれど、両手の震えは収まらない。もう一度深呼吸を挟み、そして腹を括った。

「いけぇええええ――」

 ヤケクソになりながら腹の底から出せる精一杯の声を吐き出して、鞘に手を掛けたその時。

 ――ゴゴゴゴゴゴゴッ。

「なんだ」「揺れ?」

 ざわざわ茂みが揺れるように皆が口を挟み、そして蓮たちの視線が右往左往する。

 小さな地震のような何かが建物を、足元を、ふら付かせたのだ。

 決して蓮の声量が大きかったとか、奇跡が起きたとか、そう言った事ではない。

 そう、どこか嫌な予感のする揺れは、徐々に大きくなっていき、そしてその予感はこの場所に徐々にこみ上げて来ていた事に気付いた。

「真下だ、散れ!!!」

 感情の起伏を一切見せなかった男が、真下に視線を落としながら尖った声で叫ぶ。

 動揺と状況の理解が十人の身体を凍らせて、一瞬の判断が鈍った。その直後だ。

 ゴゴゴゴゴゴゴ!!! 

その音は頂点に達し、まるで山が噴火したかのような大きな破裂音と共に地面を大きくえぐった。

「うわああ!?」

 まるで真下が爆発したかのような衝撃によって部屋の壁は吹き飛び、同時に蓮たちも廊下へと弾き飛ばされてしまう。


「うわあああああああああああ!!!!!!!!!」


「オイ!」

「平気か、タケル!?」

 その直後に一つの悲鳴。

 聞き覚えのある声。それは蓮が並んでいた三つ隣で立っていた同期の悲鳴だ。

 悲鳴を上げた少年は、助けを乞うように言葉を発しようとするのだけれども、何故だか声は出ていなく、そして次の瞬間には見えない何かによって四肢が切断され、断末魔を叫ぶ顔が蓮の視界に焼き付いたのだ。

「タケル――」

 少年の名前を呟く蓮。

 同期であり、物静かな少年は誰とでも仲が良く、波風立てずに困ったときには話を聞いてくれる相談役のような男だった。

 決して目立つような存在では無かったけれど、蓮と竜二の喧嘩の仲裁にも度々入ったり、訓練で心折れそうな他の同期に声を掛けたりするとても優しくムードメーカーな男の最期が、あまりにも一瞬で、あまりにも唐突で、あまりにも理解出来ないそれに、蓮の意識は三手ほど遅れた。

「蓮!!」

 そんな蓮の意識を引きずり戻すようにエヴァが遠くから叫んだ。

 更に大きな爆発によって天井は崩れ、瓦礫がそこら中に散らばって、見事に蓮たちは散り散りになってしまう。

 エヴァの声でようやく我に返った蓮の視界に映ったのは、地獄から這い上がる悪魔の姿であった。

「える――ふ!!?」

 悪魔の正体を口挟む。貞子が井戸から這い上がるようにゆっくりと空いた穴から姿を現したのは、小さく尖った片耳のエルフ。

「クルシイ、クルシイ、クルシイ、クルシイ」

 蛇のような長い舌を口からはみ出して同じ事を口挟むそのエルフは、タケルが四肢を切断されたことで飛び散った血しぶきを身体いっぱいに浴びながら蓮の前に登場した。

「なんで、ここに!!?」

 半ば放心状態の蓮は、エルフが完全に姿を出すまでの数秒間を動く事無くただ見届ける事しか出来ない。

「クルシイ、クルシイ、クルシイ、クルシイ」

 地獄から這い上がった片耳のエルフは、満面の笑みで一度辺りを見渡してから躊躇う事無く地面をバッと蹴り、イノシシの如く速度で蓮に突っ込んで来る。

「っく!?」

 もちろん置物のように固まっていた蓮がそれを避ける事は出来ずぶ、蓮と同じぐらいの体格のエルフの全速力タックルを思いっきり腹に喰らった。

 エルフの速度は弾丸の如く速さで身体も発達した筋肉に覆われており、非常に硬い。

まるで大木で殴られたかのような痛みによって胃が凹み、一気に唾液と血反吐が逆流して口から吐き出される。

 更にコンクリートで出来た壁をものともせずに、エルフはタックルをしたまま壁を破壊して、外へと吹き飛ばした。

「うぅ――くっ!!!」

 激しい痛みによって脳が揺れ、意識が途切れそうになる。けれどギリギリの所で引き留めてゆっくりと呼吸を挟んだ。

 朦朧とする意識の中で見えた一つの景色は、エルフが再びタックルをしてくる絶望の光景だ。

「畜生!」

 立つ事が出来ずに膝を着いてしまう。しかしいつまでもそんな事しては居られない。自らの身体に鞭を打つように無理やり別方向に飛んで回避し、何とか起き上がった。

「何で、エルフがこんな所に居るんだよ!」

「クルシイ、クルシイ、クルシイ、クルシイ」

「片耳、こいつ胎児種か」

 激しい痛みが逆に蓮を冷静にさせた。そしてようやく視界に広がる情報がストンと脳へと繋がって行く。

 現在、判明しているエルフの種類は二つ。

 一種は片耳しか持たない『胎児種』

 思考能力がほとんど無く、ひたすらに同じ言葉を口にする姿はまるで言葉を覚えたての幼児のような事から胎児種と呼ばれている。

日本を含めて世界で多く観測されているエルフがこの胎児種のエルフだ。

蓮の目の前に居るのがまさにそれである。

 そしてもう一つ――『成人種』と呼ばれるエルフが存在する。

 大きな特徴としては耳が両耳である事だ。

 エルフには共通の特徴として尖った耳があり、尖りによって強さは変わるのだが、片耳と両耳では力の差はまさに雲泥の差だ。成人種には人間と同じように思考する知能が備わっており、運動能力等は桁違い。更には特殊な力を授かっている。

 そう、蓮の両親を殺したあのエルフも記憶に残っている容姿から成人種である。

「やってやるよ、やって! お前たちを根絶やしにする為に五年間、血反吐を吐きながら死に物狂いで頑張って来たんだよ。お前たちを根絶やしにするんだ。胎児種如きに負けてたまるかよっ!」

 自分を鼓舞するように吐き捨て、蓮はゆっくりと鞘に手を添えた。こんな状況だと言うのに特別な力を感じない事から刀魂に何の変化も起きていない事を察知するけれど、だからって落ち込んでいる暇はない。

 戦う覚悟はもう出来ている。

 抜刀術は攻防共に必要最低限でしか刀身を見せない。

 大きく息を吸って、吐く。刀身を見せなければ正確な間合いを測る事は出来ない。更に言うならば知能が皆無の胎児種だ。負ける要素は一切無い。

 エルフの弱点は首でも心臓でもない。その尖った耳である。

 耳を切り落としてしまえば、薬を掛けられたゴキブリのようにピクリともせず能力を失い、そして最後は消し灰となってこの世を去って行くと習った。

「刀魂なんて必要ない。五年間、俺は自分の力で戦い抜いてきたんだ。一瞬で片をつけてやる」

 蓮の心が静かに収まったタイミングで、エルフが馬鹿の一つ覚えのようにまた突進して来た。

 先ほどよりも早い。弾丸の速度。

 ギリギリまで引き付ける。引き付ける!

 何度も心の中で唱えて更に自分を鼓舞した。そしてその時がやって来た。

蓮は鞘から刀を抜いて受け流し、耳を切断しようとイメージし、行動に移そうとした時だ。

「鞘から抜けない!!」

 文字通り、刀を抜くことが出来なかった。正確には力が入らないのだ。

 頭の中が真っ白になって、予想だにしない状況によって再びエルフの突進を喰らって宙に吹き飛んでしまう。

ぶつかる寸前に後ろに飛んだ事と受け身を取った事で辛うじて重症には至らなかったが、それでも無傷とはならない。捻挫や、打撲が既に幾つもある。

「何で、何で――」

 蓮が再び鞘に手を添えた時、刀が抜けなかった理由が判明した。

 蓮の手が大きく震えていたのだ。武者震いなんてことは無い。ただ狼を前にして怯える羊のように蓮の身体は目の前の胎児種に恐れ、怖気づいてしまったのだ。

「なんでだよ!!」

 最も驚いたのは他でもない蓮だ。彼の意志は戦うこと一択なのに、それを本能が否定している状況に自分自身に酷く絶望し、惨めになる。

「俺は、俺は――」

 あの時の言葉が蘇る。


『自分は他の奴らとは違う、覚悟がある』



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