人類の進化。6
時間は待ってはくれない。
あれから様々な事を試して、井伊直弼の力を何とか覚醒させようとしたのだが、一向にいい方向に転がることが無く――期限の日。
ここ数年で最悪の目覚めにて起きた蓮は、最後に願った奇跡も虚しく、何も変わらなかった刀を見て落胆する。
「くっそ、俺には才能が無いって言うのか? ここまで頑張って来たっていうのに、ここまでの男って事なのかよ!?」
半ばヤケクソに怒り叫んだ蓮であったが、しかし変わるような奇跡は起きない。
泣き叫ぼうが、怒り狂おうが、時間は待ってはくれないのだ。
一刻と迫る時間に追われるように、支度を済ませて蓮は入隊式が行われる場所に向かう。
道中、エヴァや一夏と会う事は無かった。かれこれ一週間まるっきり会わなかった事は幼少期以来であり、何とも長い一週間に感じた。
会場に向かう際中も蓮の心の中は林が風に揺れるが如く、ざわざわと落ち着きが無い。
「これって俺だけなのか? もしかしてエヴァや一夏も苦労しているのかな」
もはや今の自分にはどうする事も出来ないまま、入隊式が行われる施設へとたどり着く。
体育館のような大きな施設には軍服を着た者たちが集まっている。
軍服と言ってもどれも汚れ一つない新品であり、それは蓮が着ているモノと全く同じ。つまりは蓮と同じ本日入隊の同期に当たる者たちだ。
半数ほど知らない顔があるのは、数少ない人類が所有している他の都道府県にて合格をし、魔族狩り部隊――ハメツの入隊希望者が居るからである。
「あいつらは居ないのか?」
きょろきょろと辺りを見渡すが、エヴァや一夏とは会えずにやがて大きなチャイムが鳴って前方の教壇に見た事のある軍服の男が現れた。
「静かにしろ。今日から君たちは正式に学生という殻を破り、そしてこの国を救う希望の光へと成長を遂げたのだ。数ある隊の中で、最も死亡率の高い魔族狩り部隊に来てくれた事感謝する。既に数ある脅しを超えて入隊を決めたのだろうが、改めて君たちの中にある自分が英雄になる光景は壊させていただく。そう言った欲は隊を危険に晒す可能性があるからな。まず、直近の報告をさせてもらう。五日前、私たちは、横浜市にある鴨居駅近辺を奪還する作戦を決行した。近くにある巨大ショッピングモール・ららぽーとを確保する事は物資の確保や、ストレスを緩和させる為の大きな娯楽施設の確保が必要と考えたからである。既にエルフの存在を複数確認されており、こちらも万全を喫して刀魂を持たない兵を三十名派遣。そして作戦終了の二日後、この本部に帰って来る者は誰一人として居なかったのだ」
男が淡々と話す言葉には感情を感じる事が出来なかった。それがより一層不気味さを持ち、つい数分前まであった学生空気は完全に抜かれてしまう。
「つまりそう言う事だ。私たち人類がエルフと衝突した時の生存率は一割を切っている。刀魂を持つ者ですら即死する事だってあるのだ。きっと、この中にもいるだろう。『自分が主人公』だと、『自分は他の奴らとは違う、覚悟がある』または『悲し気な過去があるから絶対に死んでたまるかっ』などな」
見透かされているかのように、男と一瞬だが目が合った。
「俺は――違う。俺は絶対に死なない」
下を向いて改めて自分の心に問いかける。
あの日誓ったあの覚悟は、他の奴らとは重みも、責任も、何もかもが違うんだ。
「そんなもの全くもって意味がない。そんな大志や、悲劇のヒロイン面をしていても死ぬ時は死ぬ。死は平等だ。そんな過去を背負っていようが、頭の中お花畑だろうが、死ぬ時は死ぬし、生きる時は生きるという事を忘れないでくれ。いいか、君たちは主人公では無い!」
男の感情の無い言葉は、インプットされた事を話す機械のように冷徹であってだからこそ隊全員の心の底にまで響いて行く。
誰もがきっと心辺りあるそれは、もちろん蓮も例外ではなく、気付けば蓮を含めて周りの兵たちは俯いている。
「すいません! 一ついいですか!」
一つの声が静寂を壊すように響いた。そんな唐突な声に教壇で話す男も含めて一斉に視線が集まる。
一番驚いたのは、蓮だった。
何しろ大声を上げたのは、他でもない蓮なのだから。
無意識にも蓮は手を挙げて、言葉が喉からこみ上げていた。
「全くもって意味ない。それは絶対に間違っていると思います。確かに『自分だけは違う』って思っている人も居るでしょう。けど、そう言った大志や思い込み、そして過去が今の自分を作って、そしてこの場まで導いてくれた。それを否定するのは絶対におかしい事だし、死亡率が九割を超えているなら尚の事、自分自身を信じ抜かないと暗闇で迷ってしまうと思います――少なくとも俺は、自分の過去を、あの時の覚悟を信じ抜く。絶対にエルフを許さない。そして奴らを全て根絶やしにするのは、俺だって強く信じている。いや、絶対に実行してみせる!」
周りと同じように俯いていたはずだった。けど、周りと同じではダメなんだ。
違うと思うなら否定すればいい。
心配になって、気持ちが落ち込んで、心が弱くなるって事は、少なくとも心の中に僅かでも図星だと思っている自分が居るって事だ。
それを認めてしまったら、それこそ男の言うように『全くもって意味の無い』モノになってしまう気がしてならなかった。
自分の弱い心を否定するように重ねて半分自己満足であるかも知れないけど蓮は、男に狼のように鋭い眼光を送って、それを否定する。
「っふ、そうか。君は確か本部で顔を合わせたNo7の隊員だったな」
一貫して感情を見せなかった男だったが、蓮の覚悟ある言葉の後に小さな笑みを見せる。
小さな笑みだが、しかし全く感情の揺れは感じられない。何なら悪寒さえ走る始末。
「君も色々な事を乗り越えて来たのだろう。どうやら今年の新兵はイキのいい奴が多いようだ。なら証明して欲しい。君の中にある信念が、本当に我が道を切り開くその瞬間を」
「絶対にあなたの考えを覆して見せます」
震える手を潰すように力いっぱい拳を閉じた蓮は、改めて自分自身に誓いを立てたのだ。