人類の進化。3
卒業式を無事に終え、蓮たちNo<ナンバー>の名を持つ十名の生徒が特別指導室に足を運ぶ。
あまり広いとは言えないこの空間に募る十人の顔つきは昨日までの少年少女とはまるで違う。
いっちょ前の大人の顔になっている。
「よくぞ厳しい訓練を全うし、尚且つ輝かしい成績を残してくれた。君たちは自分自身で築き上げた成績によって他の同級生よりも厳しい道を歩む事になるだろう。それでも、自らの代を引率する覚悟を持った事は誇りに思うがいい。よって、君たちには我が国、日本が作り上げた極秘の武器を贈呈する」
組織の上層部数名に軍隊学校の校長という何とも豪華な面子の存在感は凄まじく、誰一人として冗談を口に挟むような空気では無い。
ただ、校長の説明を取りこぼさないように、静かに耳を傾けていた。
校長の言葉の後、上層部の人二名が頑丈そうな黒い箱を持ち出して蓮たちのまえで蓋を開けた。
ゆっくりと開いて行く箱を見つめながらゴクリと唾を飲み込む。
そしてパンドラの箱の中に入っていたモノは、十本の刀だった。
「これが、刀魂」
無意識にも蓮が口から零す。しかし誰もそれに気が付かない程、意識が十本の刀に吸い込まれていた。
「そう、我が国が三年前に開発を成功させた数少ない刀魂と呼ばれる刀。極秘に作られたそれは、漏洩防止の為に総理が外国と関係を一切遮断、つまりは数百年ぶりに鎖国を踏み入る程の機密にまみれた人類の希望と言ってもいい刀である。この刀には遥か昔、日本にて名を馳せた強大な武士の魂が込められている。そして力を目覚めさせることが出来るのは十八歳までの未成年者に限る。本数があまりない事もあり、各代のトップ十名にのみ使用許可が下りる優れモノなのは授業で学んでいるな? 心して受け取れ」
授業で少しだけ聞いた事がある。刀魂と呼ばれるそれは唯一無二エルフに太刀打ち出来る手段であり、人類が反撃出来る最後の光であると。
しかし強大故に誰でも使えるわけでは無く、厳しい訓練を乗り越えた強靭の精神力、圧倒的な戦闘スキルを持つ者、更には十八歳までの少年少女にしか力を呼び起こす事が出来ないといった刀であると。
そして刀魂に選ばれた者は隊を引っ張り、誰よりも長く戦い、誰よりも早く死地に飛び込まなければならない責務があるのだ。
五年前、突如としてこの国に現れたエルフたちは強大な力を持ち、瞬く間に日本を地獄の業火で焼き尽くした。
47ある都道府県の内40の県が一年足らずで崩壊し、日本は大きく衰退を見せた。
しかし、三年前に開発された刀魂によって日本は反撃の手を得たのである。
この力は未だ機密情報によって守られており、どういった経緯でエルフが現れたのかも不明である為、世界中が窮地に陥っている中、日本は一切の情報漏洩を恐れて鎖国したのだ。
「取り返すんだ。俺たちで。俺たちでもう一度、日本を取り返すんだ」
この時を待っていたと言わんばかりに蓮の瞳に光が宿り、No1の称号を得ているエヴァから順に刀を選んで行く。
直感でこれだと思った蓮もこれから先の人生を共にする相方を選んで刀を腰に差した。
軍隊学校ではあらゆる殺傷技術を学んで来た。
刀の授業では無数にある型から自らが極めたい型を選んで、その型をただひたすらに五年間鍛え上げて来たのだ。
「一つ、質問いいですか?」
「なんだ、エヴァリーナ」
全員が刀に目を通す中、エヴァが小さく手を挙げて校長に質問をぶつける。
「私たちはこの刀に武士の魂が眠っている事を教わりました。詳細等は受け取る時に説明するといった形でしたが、その武士って受け取った時から力を扱えるのでしょうか」
「良い質問だ。答えはノーだ。彼らとて死者とはいえ、刀を極め、戦乱の世を生きて来た強者たち。言ってしまえばまだヒヨッ子の君たちをすぐには認めないだろう。刀を受け取り、後で部屋に戻って語り掛けるといい。お互いに分かり合えた時、その力は目覚めるはずだ」
「へぇー」
「とりあえずだ。今日この時を持って君たちNoの名を持つ者たちは、聞くまでもなく『魔族狩り部隊 ハメツ』への入隊者となる。この国で最も厳しく、そして最も期待されている部隊だ。私に出来る役目はここまでだ。これから先はハメツ部隊の司令官に引き継ぎをする」
ゴホンと、咳を挟んだ校長がそう言うと後ろに下がった。
そして入れ替わるように前に出て来たのは、先ほどから窓の外を眺めていた一人の男だ。
静かに前に出て来た男は軍服を羽織り、渋い顔に刻まれている傷は熊にでも引っかかれたかのように痛々しく大きい。身長は百八十センチ程、年齢は二十代後半といった所か。
鬼教官 新島とはまた別ベクトルの怖さがにじみ出ている。
威圧感のようなモノに十人はゴクリと息を呑み込んだ。
「刀魂を持った新人たちよ、入隊おめでとう。他の部隊の者との顔合わせは一週間後。それまでに与えられた刀魂に宿る武士に認められ、力を扱えるようにしとけ。それが君たち新人の初仕事だ。期待を裏切るなよ」
そう告げると軍服の男は後に語る事も無く、部屋を出て行ってしまう。
部屋を出ていくと威圧感のようなモノが消えて緊張の糸が解れたかのように安堵の息が十、重なった。
「これにて解散だ。ご武運を祈っている」
最後に校長にそう言われて、蓮たちはその場を後にした。