強敵
ゴブリン上位種の突進によりタークスは、さながら砲弾の様な速さで飛ばされてしまった。ガルムは飛ばされるタークスを片手で何なく掴み地上に下ろす。
「大丈夫か?」
「ぐっ、かたじけないでござる」
ガードした盾はゴブリンの肩を型取ったかの様に凹んでおり、盾を支えた両の手はビリビリと痺れを起こしていた。更に踏ん張り切れなかった足を捻ってしまった様だ。これではガードとしての役割が果たせない。タークスは苦虫を噛み潰した様な顔で膝をついた。
ゴブリンの上位種のホブゴブリンよりも更に上位種のゴブリンファイター。肉弾戦を得意として並外れた巨体と運動量を持っている。C級がパーティを組んで相手取るモンスターだ。タークスを尻目にガルムは戦況を冷静に見つめていた。
「大丈夫?」
「手は痺れただけで何とか、ぐっ、しかし足を捻ってしまい、踏ん張りが利かんでござる」
カレンがタークスの足に手を当てると淡く光る。すると僅かだが足の痛みが引いていくのが分かった。
「カレン殿…凄いでござるな」
「タークスさんは少し休んでいてください。私が二人の援護をします」
カレンが目を閉じるとすぐに杖先が淡く光りだす。
「女神に愛されし駆ける勇ましき者、更なる躍動を”スピルナ”」
カレンが魔法を唱えるとピドナとアンナの動きが格段と良くなった。反射速度を上げるバフの魔法はやっとの想いで避けていた敵の攻撃を軽く避けられる様になるまで向上させていた。
一発が怖いが当たらなければどうという事はない、ここからピドナとアンナの怒涛の攻撃がゴブリンファイターを襲う。
ピドナの切り込みに気を取られている内にアンナのウインドカッターでゴブリンを切り裂き、その逆も然り、ガルムから借り受けたダガーはゴブリンファイターの小汚い緑の皮膚を簡単に切り裂いた。ピドナ達の連携はゴブリンファイターの全身を次第に赤に染めた。
後もう一息。ピドナが駆けようとしたその時、突如ゴブリンファイターは雄叫びを上げ、パーティの耳を劈いた。
「ホギョアアアアァァァァ!!!!!!」
突然の雄叫びに不意を突かれたピドナ達の総身の毛が逆立つ、しまった!動きを止めてしまった!考えた時には遅かった。ゴブリンファイターはアンナの懐に素早く潜り込むと腹部へと拳を突き出す。カレンはアンナを守るべく咄嗟にシールドの魔法を唱えるが、詠唱不十分だったのか僅かに拳の速度を落とすだけでアンナの腹部へと深くめりこんだ。
「ごふっ…」
「アンナ!!くそ、ウオォォォォ!!」
今は仲間を気に掛ける時では無い。ピドナは声を張り上げる事で己を奮い立たせ目の前の敵に立ち向かう。カレンの魔法の効果は既に切れてしまった。だが逃げる訳にはいかない、仲間の為にも己自身の為にも立ち向かわなければ。敵の攻撃を避けつつ手持ちのダガーを敵へと振るった。
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敵の一撃を貰ったアンナは床を何度か転げ、止まった頃には周囲の凹凸で切り傷をいくつも作りグッタリと倒れてしまった。カレンは急いでアンナに近寄り、手を口に近づけ呼吸を確認する。手に僅かな風が当たりホッとするが、急がなければ。
アンナの腹部に手を当て詠唱を始める。
「慈悲深き女神よ、かの傷つきし者に癒しの風を”ヒール”」
アンナを包む光が治まると寝息を立てるように安らかな呼吸となった。急場は凌げたが、これで魔力は打ち止めだ。私にできる事はもう無くなってしまった。これでピドナが倒れてしまえばもう、どうすることも出来なくなってしまう。カレンは両の手を握りしめ強く目を閉じた。
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「ウオォォォ!!!」
激しい攻防はお互いがお互いに譲らず、だがゴブリンファイターは血を流しすぎたのか初めに見せた動きがウソのように緩慢になってきていた。そして一歩右足を踏み出した時、力が入らずバランスを崩してしまう。
「そこだぁぁぁ!」
右手に持ったダガーでゴブリンファイターを袈裟斬りに斬り付けると、その切り口から大量の血が噴き出す。
勝った!一瞬の油断だった。風前の灯となったゴブリンファイターは最後の力を振り絞りピドナに向かって左拳を振るう。ピドナは慌ててダガーを盾に構えるが、ダガーとダガーを支えた左腕を砕き、その体ごと吹き飛ばす。最後の最後で油断してしまった。悔いる間も無いまま、まともな受け身も取れずピドナは地面に叩きつけられた。
「ピドナ君!」
ダメだ、もう魔力が空でピドナを治療する事は出来ない。カレンは自分の魔力の少なさに歯痒さを感じ唇を強く噛みしめる。
「大…丈夫…だ」
ピドナの視線の方を向くと横たわり生き絶えたゴブリンファイターの姿があった。
「あっ…」
動かないゴブリンを見てカレンは深い安堵の息を吐く。
「いでででで…」
「あ、ピドナ君大丈夫⁉︎」
「あぁ、左腕が使い物にならなくなったけど、このダガーのお陰で多少ショックを和らげる事が出来たみたいだ」
借り物を壊してしまったんだ、ガルムには謝ろう。ふと本人の方を見上げるとガルムの視線は未だに開けた空間の方を向いていた。
「嘘、そんな」
カレンもまた信じられないものを見たと言わんばかりに、ガルムと同じ方を向いていた。何事かと開けた空間へと視線を向けると、俄かには信じられない光景を映し出した。
「なっ嘘だろ⁉︎」
そこには先程、やっとの思いで討伐したゴブリンファイターが3体、そして術師の様な格好をしたゴブリンシャーマンが2体。他ゴブリンやホブゴブリンが複数体とそれぞれが気持ち悪い笑みを浮かべながらこちらへと歩いてきた。
これ以上は無理だ。俺たちの力だけでは倒せない。いくらガルムがC級とはいえ、単体では不可能だ。あれは討伐隊を編成しなければ絶対に勝てない。ここはあまりにも危険すぎる。
一人でも多く生き残らせる為には誰かが犠牲にならなければいけないだろう。ではいったい誰が?
そんなの分かりきっている。
己の左腰の鞘に収めていた折れた剣を抜く。
「みんな…ガルムと一緒に逃げるんだ、ガルムならきっとみんなを逃がし切ってくれる!」
「ピドナ君!ダメよ!何とか逃げて応援を呼びましょう!」
「ダメだ。誰かが残らなきゃすぐに追いつかれて全滅してしまう!ここは俺が何とかするから早く!」
リーダーは自分だ、自分が生きている限りは誰も犠牲にしない。恐怖で押し潰されそうになりながらも精一杯の力で剣を握りしめゴブリン達を睨みつける。決心が付き、モンスターの元へ駆けようとした時、自分とゴブリンの間に誰かが割って入ってきた。
「お疲れさん、もう休んでて良いぞ」