鉱山内部
—坑内—
カレンの魔法とガルムのランタンがパーティの周りをわずかに照らす。坑内は月の無い夜の様に暗く、10メートル先はもうどういう地形をしているのかよく分からない。慎重に歩を進めなければ例えモンスターに襲われずとも、出っ張りや凹みで怪我をする恐れがある為、新人パーティを先頭にしたガルム達はゆっくりと歩を進めていた。
「もう少し進めば二又に分かれる場所に出る。そこを左か」
ピドナが目を細めながらワルドから借りた地図を見て路を辿る。
「でも、さっきコウモリが飛んで行った時、タークスが悲鳴上げて面白かったわ」
「面目無い。自分はどうしても暗闇というのは苦手でござる」
悪い笑みを浮かべながら述べたアンナの言葉にタークスは何も言えないようだった。
「しかし、本当に暗いわね。ワルドさん達は何時もこんな暗い坑内で作業しているのかしら?」
「俺が使ってるランタンがあるだろう?それと似た様なのが壁に付いてると思うが、普段は当番が石を入れ替えて路を照らしてるんだ。でも、ゴブリンが出ちまったもんだから、それが出来ないんだろう。結界張ってると言っても危ないからな。」
「あんたやけに詳しいわね?」
「まぁ何度か来てるからな。坑内も見せてもらった時があるから間違いない」
「ふ〜ん」
それっきり興味を無くしたのか、アンナは再び前を向いてしまった。食いもんの事以外はあんま興味ないのな。
「みんな、あまり油断するなよ。いくらまだ結界の外とは言え、ゴブリンがいないとは限らない、慎重にな」
ピドナの声にそれぞれが頷く。ピドナは現場にいない時は頑固で間抜けそうだが、こういう時はピシッとしてるんだな。そしてピドナがパーティに声かけをしたとほぼ同時に洞窟の向こうから石が転がる音がし、各々臨戦態勢に入った。
「きたか」
光が届くギリギリの範囲から子供程の大きさの足が一歩こちらへと踏み出してくるのが見えた。タークスは盾を構えピドナは剣を抜く。アンナは詠唱を唱え、カレンとガルムは死角が出ないように光源を調整した。今回はあくまでサポートだからな、新人のお手並みを拝見させてもらうぜ。
ピドナ達は思ったより上手く連携を取っていた。ゴブリンの数は2匹と多くなかった為、アンナの魔法の出番は無かったが、ピドナが素早く一匹を仕留めた。その間にピドナに攻撃を仕掛けようとしていたもう一匹のゴブリンの攻撃をタークスが盾で上手くフォロー。そのまま盾で押し込んでバランスを崩したゴブリンにピドナが一太刀入れて殲滅することが出来た。
「大した事なかったな」
「ちぇっ私の出番が無かったじゃない」
「アンナ、魔力は無限じゃないし、ここぞと言う時にアンナの魔法が必要になる。温存できる時はしておこうな」
ピドナがアンナを慰めるように言われると、どうでも良くなったのか機嫌良さげに歩き出した。タークスを見ると機嫌を良くしたアンナを見て嬉しそうな悲しそうな複雑な顔をしている。ハハーン、おっさん何か分かって来ちゃったね。でもこいつら組んだばっかりとは言うけど、良いパーティだな。
ゴブリンの討伐保証部位を切り取った後、しばらく何事もなく、結界があるであろうポイントに着いた。端の淵をなぞる様に淡く白く発光している。
ワルドの話だとこの結界は魔素の薄いところを嫌うモンスターの習性を利用したもので、ある程度の範囲の魔素を散らし魔素を薄くする結界だった。これは王都の外壁や今回みたいな魔力を持つ鉱石が産出する鉱山等様々な所で使われている。
余談だが、これを開発した術師は建国期の人物で、建国の際の多大なる貢献者として公爵としての爵位を貰い、現在まで続いているらしい。名前は忘れたけど。
そんな訳で外のモンスターも魔鉄の魔素を感じることが出来ず極端には寄ってこないし、中のモンスターも好き好んで魔素の薄い所に近寄って来ないから中からも出て来ないって事だな。構造を聞けば単純な仕掛けだが、効果は高い。それでも出入り自体は自由だから全てのモンスターを防げる訳では無いのでこれで安全って訳でも無いがな。
「ここを抜ければゴブリンの巣に入る、皆んな気を引き締めていこう!」
結界の中を少し進むと周りが薄い紫の光を帯びる様になった、灯りを灯さずとも周りが見える為、ガルムとカレンは灯りを消す。しかし新しい路と言うだけあり、整備が完全に出来ていないのか先ほどより凹凸が目立っている。
「明るい?これは一体?」
「綺麗…」
「これは鉄が魔力を含んでいる証拠だ。ここいらは薄く紫に光っているが、魔鉄の純度が高くなってくると段々と青く光ってくる」
「つまりまだ掘りかけであろう、奥にはゴブリンの巣があると言う事でござるな」
「あぁ、これから敵が多くなる、せいぜい気をつける事だ」
「言われなくても分かっている」
素っ気なく返してきたが多少の緊張もあるのだろう、ピドナの声には強張りの様なものを感じた。そして結界内に入り、すぐに5体ほどのゴブリンが姿を現す。
「来たな、みんな行くぞ!」
先ほどと同じ様にタークスとピドナが同時に駆け、ピドナがゴブリンへ一撃を放つ。しかし、壁の凹凸に剣がぶつかり剣が折れてしまった。隙が出来たピドナにゴブリンが体当たりしてきた。
「がはっ⁉︎」
「ピドナ!くっ、ウインドカッター!」
ピドナに体当たりをしたゴブリンは馬乗りになるが、アンナの魔法により、真っ二つとなり生き絶える。しかし、他の4匹のゴブリンがピドナとアンナに襲いかかる。タークスはシールドバッシュと手持ちのナイフで一匹を仕留めるが、他の3匹まで手を回すことが出来なかった。
「そっちへ行ったでござる!」
1匹はピドナへ向かい、2匹はアンナの元へ向かう。呪文は詠唱する必要があり、簡単なものでも次に発動するまでにタイムラグが発生する。この状況では間に合わない!
「ライト!」
カレンが魔法を唱えると強烈な光がゴブリンを襲い目を眩ませる。カレンが魔法を唱える前に奇しくも目を閉じてしまったアンナだが、それが幸いして強烈な光はアンナの目に影響を与えることはなかった。目が眩んでいるゴブリンの頭をアンナ自身の持っている杖で思いっきり潰す。
「危ないわね!乙女の肌に傷ついたらどうするのよ!」
もう一匹のゴブリンの目が元に戻る前にアンナは更に杖で頭を潰し、事なきを得た。残るはピドナに向かった一匹。
「なめるなよ…」
態勢を立て直したピドナは向かってきたゴブリンに蹴りを入れ、折れた剣でゴブリンの喉を突き刺した。
—
何とか5匹のゴブリンを討伐することが出来たな。もう少し苦戦するかと思ったけど、意外と善戦したじゃねえか。でも剣が折れたんじゃ、剣士は戦えんよな。ピドナも悲しそうな顔をしちゃって。
「どうしよう、剣が折れちゃったら戦えないよね?」
「ここは一旦戻るべきでござる」
「ピドナさん…」
周りの声が聞こえていないのかピドナは剣を見ながらぼうっとしている。そんなに大事な剣だったのか?まぁ来た道戻ればいいだけだし、結界の外はゴブリンもいなさそうだしな。戻るのも手だよな。でも、早く鉄買って帰りたいし。
ハッとして周りの声に気づいたのかピドナは3人に頭を下げていた。しゃあねえ、少し世話焼いてやるか。
「おい、ピドナこれを使え」
腰に着けていた刃渡り40センチほどのダガーを渡す。
「狭いところでの長い得物は不利だからな。ダガーが良い」
「あんたはいらないのか?」
「俺?俺は今回フォローに入るだけだからな、それに俺はこれが武器だ」
両の手に装着した漆黒のガントレットを見せピドナの前で右拳を突き上げる。
「まぁ、遠慮するな。気に入ったら俺の店で売ってるからよ、買っていけ」
「はは、じゃあ今回のクエストは意地でもクリアして報酬を貰わないとな」
クエストを継続できる事に安堵したのかピドナは笑って返した。何かよく分からないが、やけに素直になったな。
ピドナは折れた剣を左の腰の鞘に戻し、ダガーを腰の後ろに装着する。道中、何匹かまとまってゴブリンが出てくるが、トラブルさえ無ければ連携を切らせる事なく倒していく。D級上がりたてでも中々できるもんじゃない。こいつら本当に筋が良いな。
更に奥に進むと20歩ほど先に開けた所が見えた。
「止まれ」
ガルムの言葉に4人は止まる。先に感じる嫌なオーラに当てられたのか、ガルムの急な言葉のせいか各々息を飲む。
「来るぞ」
今までに感じたことのない悪寒と震動を肌に感じ、おもわず身構える4人。一体のゴブリンがこちらへ全速力で駆けてくる。先ほどまで討伐していたゴブリンとは違い背丈は大の大人を超え、その重量でも衰えるどころか更に増している速さ。間違いない上位種だ。
タークスが3人の前で盾を構えて突進に備えるが、上位種の突進の圧力に耐えきれず後方に吹き飛ばされた。
「タークス!」
ガルムが間一髪カバーに入り、タークスを受け止めた。致命傷を避ける事は出来ただろうが、復帰には少し時間が掛かりそうだ。ピドナは舌打ちをし、ガルムから受け取ったダガーを抜く。不意打ちにより陣形を崩された形となってしまい、先ほどの体験からか頰に嫌な汗が滴り落ちる。
パーティと上位種のゴブリンとの戦いはゴブリンが先手を取った形で幕を開けた。