勇者パーティーのシノビは奈落に突き落とされ・・・「ーーだがそれは分身だ」
ネタが、別作のネタが浮かばないので書いてみました。
魔物を狩り、ダンジョンを踏破し、世界の全てを見たのだと豪語する人類。
しかし、そんな人類でもまだ行けぬ場所、行ったはいいが誰一人として帰る者が無かった場所が存在する。それは、奈落と呼ばれている巨大な縦穴だ。世界でも最大とされるダンジョンの最奥に存在するその縦穴は、まさに奈落と呼ぶに相応しく、大きな岩を落としたとしても、何かにぶつかるような音も聞こえず、松明を落とそうが光の魔法を飛ばそうが、すぐにその光は闇へと消え、その全容を知るすべがなかった。
そんな奈落に訪れる一つのパーティーが居た。しかし、どうにも様子がおかしいようで……?
一人の青年が、奈落の縦穴の淵に立たされ、剣を突き立てられていた。
剣を突き付けているのは、派手な鎧を着た、これもまた青年だ。そして、先程の青年が一人なのに対し、こちらの青年の周りには四人の女性が寄り添うように立っていた。
「ほら、もう後がねぇぞ? まさか逃げられるとか思ってねぇよなぁ~? この勇者様の剣から逃れられるわけが無いだろう?」
そう言って、自らを勇者と呼んだ青年が、手にした剣をひらひらと左右に揺らめかす。後ろには奈落、左右どちらに逃げようとも即座に斬るという意思表示のつもりなのだろう。
「やぁっとだ。やっとてめぇを始末できるぜ……ったく、俺様のハーレムに割り込んで来やがって、お前と一緒に居たサクラがパーティーに入るってからおまけとしてお情けで入れてやっただけだってのによ、調子に乗って活躍しやがって……何が英雄だ。そういうのはさぁ、勇者である俺様だけの特権なの、わかるぅ?」
憎々し気な表情を浮かべながら、自分勝手に喚き散らす勇者。その姿に、果たして本人が言うように勇者であり英雄であると呼ばれる資格など存在するのか甚だ疑問ではある。
「まぁ、それももう昔の話さ。ここでお前を処分するんだからな……くく、サクラももう俺様の物になったんだよ、なぁ? それくらいの意味は陰キャの脳でもわかるよな?」
「…………」
その勇者の言葉に、小さく首を振る青年。
「はっはっは! なんだ、この程度もわからねぇのか? サクラはもう俺の女になったって言ってんだよ。お前は捨てられたんだよ、陰キャ野郎!!」
嘲るように笑う。その顔に浮かぶのは愉悦という醜い感情。対して青年は、ただ茫然としているようで一言も発せず、その表情が変わる事はなかった。
「見ろよ、この状況で女達は誰も動きはしないだろ? 全員、全員俺の女だからだよ。旅の間に妊娠させるわけにもいかねぇからまだ抱いちゃいねぇが、てめぇを始末した後には記念に盛大にヤル予定なんだよねぇ。もう、ホテルも予約しているって言ってたなぁ、サクラの奴がよぉ。はは、清楚な見た目をして淫乱なこった。たっぷりヤッて満足させてやんなきゃなぁ~!!」
淫乱と呼ばれた女性、サクラはその光景を見ながらも、その表情は冷たく変わることがない。周りに立つ女性達も同様である。まるで、早く青年を殺してくれと言わんばかりの表情である。
「はぁ、あの目を見ろよ。どうしても、てめぇにゃ死んで貰いたいみたいだなぁ? しかし、てめぇもついてねぇな、俺様のパーティーに入らなきゃサクラを寝取られることもなかったろうによぉ」
青年を見下す勇者の目には、僅かな憐憫の情がーーあるはずも無く、これから起こるショーに期待をした濁った目があるだけだ。
「しかもだ、中途半端に俺様より活躍しやがって、なんだよシノビって、聞いたこねぇ職業の癖して勇者より目立ってんじゃねぇよボケが、それが無きゃ追放で済ませてやったかもしれなかったがな……いや、結局始末してたかもな、ゲラゲラ」
シノビ、それが青年の職業なのだろう。少なくとも、こちらの大陸では聞かぬ職業だ。そもそも、青年とて好んで勇者のパーティーに入ったわけでは無かった。元々はサクラと二人で流浪の旅を行っていた。偶々雇われた仕事先で、勇者を支援していた国王の目に止まり、勇者パーティーへの加入を打診されたのだ。
少々の恩もあり、パーティーに入る事を承諾した青年ではあるが、それがまさかこのような悲劇的な結末を迎えようとは……青年のみならず、誰もが予想は出来ていたのだ!
「じゃあな、陰キャ。サクラ達が早くしろって目で言ってるんでな……あばよ!!」
そう叫び、最後は自らの手でというつもりだろうか、勇者は足を上げ、身動ぎすら出来ずにいた青年の身体を蹴り飛ばす。
スカッ!
「ーーそれはただの分身だ……」
しかし、蹴りは青年の身体を素通りし、勇者の身体は蹴りを放った格好のまま、慣性によって前へとグラつき……その時だった。自らを勇者と呼ぶ者の背後から、小さく静かな声が聞こえたのはーー。
「…………はっ???」
そして、その声がシノビの青年の物だと気付いた時には、既に勇者の身体は奈落へと傾き……そのまま、その底へと向かい消えていった。
それが、勇者と呼ばれた者の実に間の抜けた最後であった。
分身の術。シノビが使える術の一つにそう呼ばれる術がある。術者と同じ姿をした幻を生みだし、自在に操れるという幻惑の技なのだ。幻である以上は実体は存在せず言葉を発することは出来ないが、戦闘の最中、刹那で行われるその術は非常に強力な物である。
そして、今回のように使うことも可能だ。まぁ、鋭い者であれば、分身から衣擦れの音がしないだとか、足元で踏んでいるはずの小石がまったく動いていないなど気付けたかもしれないが……慢心しつくした勇者とやらには不可能なことだったようだ。
「行き過ぎた慢心や傲慢というものは、これほどまでに愚かで恐ろしいのだな……おれを殺す、その事だけに視野が狭まり、何も見ようとはしなかった故か……因果応報とはまさに是よ、南無」
そう呟くと、青年は未だに冷たい視線でこちらを見続ける女性達に向かい歩きだした。
「ふむ、まだまだ動かせるほどの技量は無いとはいえ、実に見事な幻術の造形ではないか。腕を上げたな、サクラ」
その姿の女性の頬に触れるかのように手を添え(幻なので実際には触ることは出来ないが)、じっくりと見つめた青年は、その視線を床に向けてそう言った。
「うぅ……コノエ様、幻とはいえ、そうじっくり見られては恥ずかしいですよぉ……」
視線の先、ただの地面にしか見えなかった場所ではあったのだが、じっくりと見ると何か違和感を感じる。そう、そこに在ったのは一枚の大きな布であったのだ。それがバサリと音を立て勢いよく捲られると、地面に伏せた状態で寝ころんだ女性達の姿があった。
姿隠しの術と呼ばれる物だ。布の上に周囲の景色に溶け合うように幻術を掛け、その姿を隠す術である。
「おっと、それは済まぬ。しかし、そなたの策ゆえに任せはしたが、動けぬ幻術ではあやつに見破られる可能性もあったのではないか?」
コノエと呼ばれた青年は、サクラと勇者に呼ばれていた黒髪の女性に向かいそう問いかけた。それに対しての答えは実に簡単で、
「仕方がありません。幻術でなければ勇者、いえ、あのゴミ屑に対してどれだけ自制しようとも侮蔑の目を向けてしまうでしょう。こうして隠れている間でも、怒りでもうどうにかなってしまいそうでした。何が俺の女ですか、気持ちの悪い!」
その様子を思い出し、寒気を感じたのか腕を擦りながらそう言い放った。
「そうそう。王様に頼まれたからお守りしてやってただけだってのに、何を勘違いしてんだか……ハーレムパーティって何? 何度殴り飛ばしてやろうと思ったことか……」
次に声を上げたのは、剣を背負った女性。紫の髪を後ろで馬の尾の様に束ねた女性、バネットという名の女性剣士である。その剣の腕は、王国でも5本の指に入るレベルであった。
彼女もまた、君悪そうにその美しい顔を歪ませている。
「最後に一発くらい殴ってやればよかったのですよ。なんで、神様はあんなのを勇者にしたのかですよ」
「……アレも、昔はああではありませんでした。ただ、勇者となって、ちやほやされるようになってから歪んで行ってしまったのです」
互いに深々と溜息を吐きながら言い合うのは、魔術師のアーニャと神官のマニー。どちらも非常に美しい顔をした女性だ。アーニャに関しては、女性というのには、その……少し小柄ではあるが。
こうして、勇者の女と言われていた全ての女性が揃った。
まぁ、その全てがその勇者に対して、辛辣な言葉を吐いてはいた事から、現実はお察しであったがーー。
「それにしてもサクラよぉ。この幻術、あたしの胸が少し小さくないかい? んで、お前さんのは方は確実に盛ってるだろ、これ」
幻術を見たバネットから、からかい混じりの不満が漏れた。それを聞いた他の女性からも、次々と不満の声が上がる。
「そうです。アーニャはもうちょっと身長あるのです。おっぱいももう少しあるですよ!」
「私は、もっと腰の辺りがほっそりとしているはずです」
実際はどうあれ、自身の似姿ともなれば、何か女性として譲れないモノがあるのだろう。実に騒がしい事である。
「しーりーまーせーんー! わたしは見たままを幻術に投影してるんですから! もう消しますよ!! はい、消しました!」
そんな騒ぎに、サクラは耳を塞ぎ、そう宣言してから幻を消した。騒動の種はさっさと消してしまうに限る。
「やれやれ、ダンジョン内だというのに騒がしいことだ」
女三人寄れば姦しいとは言うが、それが四人、そしてダンジョンという場所の特性を考えれば、ともすればその姦しさは数倍にまで跳ね上がるのだな……と、謎の理論を頭に浮かべるコノエであったが、ふと感じることがありサクラ以外の女性に向かい尋ねた。
「そなたらは、我らと比べ勇者殿との付き合いが長かったはずだが……本当に、この結末で良かったのか?」
そんな質問をされた女性陣ではあるが、一瞬キョトンとした顔をしてからーー。
「あぁ、いいんだよ。あいつの自業自得って奴だ。コノエのことを突き落とそうとなんてしなきゃ、あんな事にはならなかったんだしな」
「平気で人の寝室に入ってくるわ、パーティーメンバーってだけでハーレム扱いしてくるわ、最悪だったのですよ」
「加えて、勇者の権力を盾に、わたし達の見ていない所で相当やらかしていたようですね。しかし、そうであっても神に選ばれた者、人の手で始末を付けることなど早々に出来るものではありません。しかし、自らの行いで奈落に落ちるというのであれば……」
そう言って、マニーは胸の前で十字を切る。形ばかりの供養であった。
「そうか……何をしたかまでは知らぬが、あの優しい王がそう決めたのだ……それだけのことを仕出かしていたのだろうな」
そう言って、コノエは静かに溜息を付いた。
「ほんの少し優しく接しただけで自分の女になったとか、本当に何を考えて生きていたんでしょうね。あの屑」「あー、娼婦の女に散々貢いでたみたいだしなぁ。まともに女と付き合った事なかったんじゃねぇの? 金か無理矢理でしか女抱いたこと無かったみてぇだったし」「キモさ爆発だったのです。コノエさんのこと陰キャ陰キャ言ってましたですけど、どう見てもあいつのが陰キャなのです。本当の陽キャは他人にそんなこと言わないのですよ。人を見下す必要もないほど、もっと余裕をもって人生を謳歌しているのです」「色々と明るみに出た今となっては、擁護することもできません。王の決断は、正しいものであったと思います。放って置けば、さらに影で泣く人が増えて行ったことでしょう」
そのコノエに、四人からの声が掛かった。少しでも、コノエの中にある罪悪感を紛らわそうというのだろう。真面目なのはマニーくらいではあったが……。
「さて、それでは帰還いたそうか、まことに残念な報告とはなるが王も待たれていることであろうし」
「はい! それに、ホ・テ・ルの予約もありますね!!」
「おぉ、そうだった! へへ、王都の一流ホテルだぜ? しかも、どんだけ騒いでも大丈夫な特別室とくらぁ。今から身体が疼いて仕方がねぇぜ」
「そうなのです! 大人の階段昇るシンデレラなのですよ!!」
「あぁ、遂に……私も……ハァハァ」
コノエの言葉に、一部はそうでもないかもしれないが、その美しくわがままなボディをくねくねと揺らす女性陣であった。
「ちょっと、待て……ホテルの予約とやらは、勇者への方便だったのでは……?」
「「「「さぁ、行きますよ(行こうぜ)(行くですよ)!!」」」」
「待つ……まて、引っ張るな!! 帰ってしっかりと報告を済ませるまでがダンジョンなのだぞ!? そのような浮ついた、だから落ち着けぇ!! あ、あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
帰りは、まぁ……暴走した女性陣の欲望に勝てるモンスターは居なかった、とだけ伝えておこう。解ったことはただ一つ、このパーティーは最初からコノエのハーレムパーティーであったということだけでした。
真面目くさった言動をしておいて、やる事はしっかりとやっているちゃっかり者のコノエなのであったーーこれにて、この物語は一巻の終わりと相成ります(ちゃんちゃん)。
相変わらず、色々と抜けているでしょうが、気分転換に書いたものなのでご容赦下さい。
もっと、軽い文章と書けるようになりたい……やはり、経験なのでしょうねぇ。