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ミラクルカウンター! ~最後に必ず勝つ男~  作者: 次元レベル町内会長
開幕・第三者の評価が正しいとは限らない
3/6

隣の部署の危険なヤツ

プロローグ・その3

今回も主人公視点ではありません。

 情報収集において、食事から得られるデータというものはなかなかどうして侮れないものがある。


 例えば、チョコレート。


 原料のカカオは航海文明期の盛りに調合薬の原料として日之本に持ち込まれたのが始まりだ。


 当時は物資輸送について解決するべき問題が山積していたこともあり、やはりカカオパウダーの値段も自然と高騰していた記録がある。


 庶民はもちろん、貴族階級の一部のみが購入可能であったのだろう。


 もっとも、あくまで薬物としての効果を期待するだけであり、それを羨む者がいたかは……また別の話であろう。


 そして現代、輸送技術の進化と発展によりこうして手頃な値段の喫茶店で味わうことができるほど、その値段は安定している。


 とはいえ、こうした嗜好品は輸入先の経済事情を含む様々な変化による影響が強く、過敏な物では週の頭と終わりですら価格が違うこともある。


 桜国軍・情報監理局の人間としては、常日頃からこうした細かな情報源であろうとも見逃すワケにはいかないのだ。



「はいはい。カウヒー・パルフェーを食べるだけのことにいちいち職業意識を持ち出さなくても、別に閣下の休日についてなにも申し上げることはございませんよ。そもそも、自分も今日は非番でありますので」



 理解ある人間の価値は金銭百万以上だとは誰の言葉だったかな。


 この喫茶店には好き好んで足を運んでいるのだが、それ以外にもわざわざ監理局棟から離れたのにも理由はある。


 部下と、監理局の人間とはそれなりに良好な関係を築けていると自負しているが、それでも非番の上司が仕事場の近くを歩いているのでは色々とやりづらいだろう。


 実際、私もかつてはそうだったからな。


 こういうのは人柄の良し悪しとはまた別の問題だからな。


 まさか部下のほうから物申すのは……いや、何人か無遠慮に言いそうな連中に心当たりもあるが……まぁ、普通は無理だろう。


 監理局1階のカフェーテリアの利用は平日の、なるべく部下の少ないときに。


 こういう気遣いも上官の嗜みだよ。



 ◆◆◆



 デザートなるものは勢い任せに頬張る物ではない。


 ひとさじを丁寧に味わうのが醍醐味だろう。


 素晴らしいのはこの小さな銀のスプーンの中でも、ホイップクリーム、麦フレーク、バニラアイス、チョコレートソースによる見事な共演が―――。



「テメェらよう、誰のお陰でここいらで商売できると思ってンだ、あぁッ!?」



 ……まぁ、いつかは遭遇するかと思っていたが。


 帝都の中でも葉月通りはあまり治安がよろしいほうではない。


 誠に残念なことだが、憲兵官の見廻りについても、やはり店客ともに上流階級が集まる弥生通りなどに集中している。


 理由については考えるまでもないだろう。


 そして、いわゆる“心付け”を充分に用意できない区画では、有志による自警のための組織が結成されている。


 しかしかながら、その自警団も上に立つ人間次第で当たり外れが露骨なほどに差が出ているのが現状だ。


 なのだが……どうしたことか。葉月通りの自警団は、むしろこういう類いの莫迦の取り締まりについては私も感心するほど厳しかったハズ。


 組織内でトラブルが?


 いや、ならば私の耳に届かぬはずがない。


 まぁ、昨日の業務終了から今朝方までの間に異変があったのなら……いや、それなら通りの空気がもう少し変わっていてもおかしくないだろう。


 と、なると……。



「新人が勘違いを起こしている可能性もありますね。組織長から近しい管轄であるならば、少なくとも長である八城屋の大旦那さんが目を光らせているはずですから。ならば、新しく傘下に見廻組ができたか、既存のところに余所者の新入りがあったかでしょう」



 そう考えるのが妥当か。


 さて、どうしたものか?


 このまま放置するのも忍びないが、だからといって我々が止めに入るのでは自警団のメンツを潰すことになりかねない。


 別に私が現状を作り上げたワケではないのだが、それでも住み分けが出来上がっている以上、無闇に掻き乱してはかえって治安が悪化してしまう。


 ……ふむ。


 性分か、どうしても気になってしまうな。


 そうだな……自警団が間に合わなかった場合、やはり市民の安全を優先するべき立場だからな。



「ただの野次馬と変わりませんがね。……すいません、お勘定をお願いします」



 ◆◆◆



 少し、想定が甘かったようだ。


 てっきりどこぞのチンピラか、そうでなければ最近自警団入りした莫迦者が勘違いを起こしたのかと思っていたのだが。



「オレたちが命懸けでよォ、魔獣からテメェらを護ってやってるんだろうが。なぁ?」


「感謝の気持ちってモノがあるならさ、誠意を見せてくれてもいいだろう? 別におかしなことは言ってないと思うんだけどねぇ?」



「軍装、ですね。あれは兵務局の……あぁ、どうやら軍備幼年学校の教導官のようです。離れても顔が赤らんでいるところが見えるに、おそらくはかなりの酒精が入っていますね」



 監理局の人間でなくてよかった、とはならないのが頭の痛いところだ。


 一般人には制服の違いなど関係ない。


 この手の悪評判は大概ひとまとめで評価されるのが常だからな、また桜国軍が威張り散らしているとさ囁かれるのだろう。


 こうなると話は別だ。


 自警団のメンツは気にかけてやりたいが、我々も風評を無視するワケにはいかないからな。


 荒事は専門ではないが……連中が余程の物知らずでもない限り、懐刀を見せてやれば黙るだろう。どれ―――。



「おや、聞き覚えのある声だと思ったら。お久しぶりであります、教官殿」


「あん? 誰だテメェ―――ぴゃらぁぁぁぁぁぁッ!?!?」



 あー……と?


 これは……うぅん? どういう状況だ?


 いや、莫迦どもと新たに現れた少年との立場関係はわかっている。


 教官呼びだったからな。若いほうは軍備幼年学校の生徒だろう。


 紺の着流しに黒の袴とは、あの年頃の装いとしてはずいぶんと控え目ではあるが、肩にかかった浅葱の羽織は対照的に人目を引き付けている……ものの、決して恐怖におののき地べたを這ってまで後ずさるほどの迫力はない。



「教官殿たちの戦闘技能訓練が体調不良休講扱いになって以来でありますね。見たところ、だいぶ良好……かはわかりませんけれど。また以前のようにご指導を―――」



「「ひぃぃぃぃぃッ!!!!」」



「……えっと?」



 取り残された少年は困惑している。


 あれは演技の類いでとぼけているのではないな。本気の戸惑いだ。


 先ほどまで絡まれていた……あれは呑み処か、その店主もまた戸惑いながらも少年に感謝を述べている。


 うむ。私の、情報屋としての感性がこの事態は間違いなく面白いモノであると告げている。


 さっそくだが、彼の素性について詳しく知る必要が―――おい、貴様、なぜ私から顔を背けるのだ?



「いえ。急に首回りの柔軟運動がしたくなっただけです」



 ははは。


 それなら仕方ないな。


 仕方ないから明日の昼間までに知っていることを全部書面に書き起こして私のところへ提出するように。



 ◆◆◆



「失礼します」


「誰か」


「ハッ! 吟堂牧音少佐であります。指定の書類が完成しましたので持参しました」



 ほう。よりにもよって吟堂少佐か。



「ええ。監理局の中では自分が一番“彼”と親しいですからな。孫娘が幼年学校でなにかと助けられておりますし、任務中にも少々。そちらは素面で語ると長くなりますのでいずれの機会に致しましょう。まさか昼間からギヤマングラスに山葡萄の蒸留と洒落込むワケにも参りませんからな」



 好々爺の笑みを浮かべたまま封筒を手渡してくる様は、傍目に見るぶんには大衆が思い描く紳士の像に近いのだろう。


 もちろんのこと、日之本全土で“情報”などという物騒極まりない代物を扱う我々だからな。誰も彼も一筋縄で済むような人物はいない。


 事細かに指示した覚えはまったくないが、それでも私が欲する情報が整然と並ぶ報告書を見れば、その認識が誤りではないと後押ししてくれるというものだ。


 ……ふむ。なるほど。


 これはたしかに、部下どもが私から遠ざけるのも納得だ。


 おい。



「はい、閣下。……だから、閣下にはあまり話を通したくなかったんですよ。まだ紅盃式も済ませていない若者なんですよ? それを、貴女のような危険人物が目を付けたら大変なことになると知っていたからです」



 フッ。年若いことなど、特に情報監理局の中でいったいなんの問題になるというのか?


 そうでなければ、私のような若輩が上級大将の席になど選ばれるものか。



 ◆◆◆



「……それで、清村上級大将殿。武官でもない閣下がこのような場所へ案内させるとは何事でありますかな? 自分とて師団長でありますから、呼びつけるにしてもそれなりの理由を説明して頂きたいのですが」



 篠村殿が不思議がるのも当然だろうな。


 帝都の外れ、それも剣術道場。


 こんなところに用事がある人間は、余程の物好きでなければまず訪ねないだろう。



「まったく。お前が力を貸してください助教殿などとねだってくるときは、どのような意味でも碌でもない事柄が多いからな。その様子では火急の揉め事ではなさそうだが……」



 生徒思いの教官に恵まれて、自分は幸せでありまよ?


 さて、それでは宜しく頼む。



「やれやれ。―――百弥先生、篠村です。お邪魔します」


「―――おう。よう来たな。それで? そちらの水人の別嬪さんはどういう用件かな? もしかしてお前、とうとう身を固める気にでもなったかね」


「ハッハッハ。ご冗談を。この女であればたしかに家計に間違いなど起きないでしょうが、一切の私事の時間が潰えます」



 ふむ。


 冗談を嗜む程度には愛嬌がある人物で安心した。


 元桜国軍特務大尉にして百刃幻魔流天清剣皆伝、百弥龍幻。


 人格者であることは話には聞いていたが、こうして実際に会ってみなければわからないことも多いからな。


 おっと、私としたことが。


 突然押し掛けて名乗りもせずに思考遊びでは非礼が過ぎるな。


 失礼しました大尉殿。


 自分は情報監理局上級大将、グリューネル・清村・メルクリュースであります。



「これはこれはご丁寧に。そうですか監理局の。まさか退役してからも縁があるとは思わなんだ。四方堂のヤツめは元気にしておるかね? ワシに気を遣っておるのか、公事の云々は一切合切話さんからな」



 ……これはなかなか、新鮮な感覚だな。


 桜族の御威光を頂くやんごとなき御身分でもなければ、まさか元帥閣下を呼び捨てにするのを耳にすることなど。


 えぇ、大尉殿。私に厄介の誰彼全てを投げ出しておられますからな。四方堂元帥閣下は気楽に業務を楽しんでおられます。



「そうか。それで? お嬢ちゃんはあのアホウの後任なんだろう? 今度はどんな愉快な事件を持ってきたかね」



 はい。


 言葉遊びも探り合いも無しで率直に申し上げます。


 大尉殿の愛弟子でもある“彼”を、百弥の家名に迎え入れていただきたく存じます。




「ほー。こりゃまた」


「おい清村! ……上級大将閣下! 突然なにを―――」



 まぁまぁ、大将。まずは私の話を聞け。


 それに、こうなったのは貴様の責任も多少はあるのだぞ?


 あれほど気骨ある無頼漢を放置するような真似をしおって。


 アレは調べるほどに、随分と行動が派手な男だ。


 権力にも財力にも、そしてもちろん暴力にすら全く屈することなく己の信念を貫くなどと、それを軍隊の中にあって実行する命知らず。


 それでいて礼儀知らずではないのが面白い。


 敬うべき相手にはとことん立場に合わせた振る舞いを心掛ける、そこだけ切り取れば近年のあの年頃には滅多に見かけない好青年。


 しかもお人好しというのだから、とことん私を笑わせてくれるものだ。


 軍内部では未だに“指導”という名目でなんの意味も理屈も持ち合わせていない私刑が横行している。


 それを受けるのはいつでも抗う術のない新兵や身分の低い将兵だ。


 私には欠片も理解できないが、古い慣習を善として疑わない老人たちはそれを必要なモノであると本気で信じているものだから厄介極まりない。


 なんとか改めさせたいと色々画策しているが……なかなか理想というヤツは高飛車で困る。


 しかし、そんな私たち上級将校の悩みを些事であると言わんばかりに“彼”は解決してくれるのだから腹立たしい。



 最も単純で、最も原始的な方法で。



 先日の教導官どもの一件がそれだ。


 典型的な“指導”を娯楽にしていた連中。


 いつものように新兵で楽しもうとしていたところで“彼”に目を付けたことが天罰そのものだったらしい。


 それはそれは見事な返り討ちだったそうだ。


 偶然、様子を見ていた吟堂曰く。



「百戦錬磨。千変万化。どのような言い様でも結構ですが、あれほど人間の壊し方に詳しいのは戦慄を覚えてしまいそうですな」



 見る者次第では、それは()()にも見えたという。


 知識と、そして経験が使い物になるかどうか。


 たまらず教導官どもも降伏を宣言したらしい。


 が。



「はい、いいえ教官殿。実戦では、まして魔獣相手には命乞いは効かないと仰ったではありませんか!」



 それは連中が普段の指導で便利使いしていた言葉らしく、間の悪いことに桜族の御方がその場にいたからな。


 憐れ、彼らは治療院送りに。


 日頃の行いか、覚悟など持ち合わせていない自分たちが殺される一歩手前まで追い詰められたのは、相当な恐怖だったのだろう。


 それで呑み屋の前で、あの反応というワケだ。



「ほぅ。そんなことが。なんだか喧嘩も出来そうにないようだと心配していたが、いい具合に男の子しとるじゃないか。カッカッカ!」


「笑い事ではありませんよ先生。なるほどな、さすがの俺でも流れで察したぞ。つまりは奴はやり過ぎたのだな? それで生家への凶行を懸念しておるワケだ」



 そうだ。


 誰も彼もが貴様のように、まるで天鋼の銀柱を飲み込んだかのように正々堂々した人間ばかりではないからな。


 卑しい奴ばらは己の非を省みるようなことはしない。


 しかし、その鬱憤をぶつけようにも相手は手練れ。


 ならばどうする?


 簡単だ。将を射んと欲すればまずは馬を射よ。


 失礼ながら、大尉殿であれば多少の怪しからん輩に遅れを取ることはありえませんし、ちょうど奥方もお子を成せれぬ―――



「―――言わずとも良いことは口にするなよ清村。俺は先生ほど精神が成熟しておらんのでな。うっかり貴様の喉笛をその血で歌わせることになりかねん」



 これは失礼。


 さすがは武人・篠村天禅。お世辞でもなく本気で抜刀の瞬間が見えなかったよ。


 しかし私に言わせれば、人の女ではなく守護精霊を妻に迎えた時点でそれを言われるのは覚悟していたのではありませんか?



「まぁの~。家事上手、献身的で穏やか。そしてなによりいつまでも若い。これほどの姫を妻に迎えたんだし~、ちょっとくらいアレコレ言われたところで別にのぉ~?」


「……はぁ。そういう性格の人だとは自分も知っていますがね。そういう事柄を交渉の場で出すのなら、俺の居ないときにして欲しいモノだがな?」


「カッカッカ! 天禅、お前はそれでいい。足りん部分は弦一郎も補ってくれるだろう。それで……あやつはソレについて納得しとるんかね?」



 そこはこれからの交渉次第だろう。


 もちろん、受け皿を先に用意したのも戦略の中に含まれている。


 どうにも“彼”は義理を蔑ろにするのを好まない性格であるし、その手合いは先手で土産を用意してやれば断るのも気の毒だと考える……ことも多い。


 その辺りは若いからな。社会の世辞の類いにどの程度付き合ってくれるかは直接話して見なければならない。


 最悪、家族を人質の如く―――しかしこれは出来れば禁じ手のまま手札から切りたくはないな。


 可能なら良き関係でありたい。


 そのほうが、きっと―――きっと、間違いなく楽しいからな。



 しかしまぁ、自業自得とはこの事か。


 如何せん、私が自ら動いて御膳立てをしてしまったからな。


 いよいよまで“彼”の面倒にとことん付き合うことになるとは。


 なんとなく、だが。


 きっと、日之本に“彼”が生まれたときから歴史は大きく動き始めたのだろう。


 今の鬼道陰陽局の前身、術師協会の重鎮・沙紋仁斬が命と引き換えに精霊召喚の式陣を完成させてから500年。


 戦うための力を手にしても尚、長く辛酸を舐めさせられてきた魔獣どもへの反撃の始まりが。


 本当に……こんな“楽しい”時代に産まれたことを、神様にでも感謝したいぐらいだな?

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