弟子が連れてきた見所のあるヤツ
プロローグ・その2
やはり視点は主人公ではありません。
「コイツが前に話した新人です。戦いかたは素人ですが、度胸と爆発力については天賦の才があります」
「えっと、その、はじめまして……」
なるほど。
見たところは普通の只人族の少年だが、天禅が気にかけるだけあり、なかなか面白い気配を宿しておる。
しかしワカランな?
軍隊でも戦い方のイロハくらいは叩き込むであろうに、ワシのような時代遅れのチャンバラを覚えさせようなどとは。
時代は変わり、人間の扱う武器といえば刀剣から旋条銃へと変わってしまった。
打刀など骨董品扱いで、国事の類いでも礼装の腰元にはサーブルを下げるのが普通になってしまっておる。
いまさら刀の技などなんの役に立つものか?
まぁ、精神の鍛練が目的であるなら、その限りでもないだろうが……。
天禅の表情を見るに、そういう話ではなかろうて。
「精神性については先生の手を煩わせるまでもありません。しかしながら、理由はなにかと問われれば、武人としての直感であるとしか言えません。ですが、自分は偶然と幸運だけで大将の地位を手にしたのではない、と自負しております」
ふーむ?
そもそも、本人はワシのところで武技を学ぶことについて、納得しておるのか。
他人がアレコレと指図したところで、結局は自身の中にそれを成し遂げたいという意思がなければどうにもならん。
余計な節介をして、互いに不愉快な思いをするのもバカバカしいからな。
「えっと、やる気があるかって話ですよね? それなら大丈夫です。きっかけはその、色々とありましたけれど……篠村閣下から話を聞いて、学びたいと思ったのは事実ですから」
……ふむ。
ならば問おう。
なにを目的として、キミは戦う力を求めるのか?
「―――生きるために」
フッ。フフフッ! あっはっはッ!!
たしかに! これは逸材かもしれんなぁッ!
どこか遠慮がちに応答していたかと思えば、なんとも力強い“生きるため”のひと言か!
よかろう。
そういうことであれば、この老骨も微力ながら若人を導かねばならんだろう。
◆◆◆
「素振り、ですか。この木刀で、師匠がよしと言うまで。わかりました」
おそらくは如何なる流派であろうとも変わらぬ基礎の基礎。
しかしながら、ワシのところではこの素振りこそが重要な見極めとなる。
時代の流れが剣術を求めなかったこととは別に、ワシの流派が細々としか受け継がれなかった理由でもある。
さて、この若造はどの程度まで耐えられるものか?
いくら天禅の頼みであろうとも、ここを蔑ろにするワケにはいかんからな。
「ふぅ―――ッ!」
さすがに全ての動作が甘い。
手の握り、腕の振り下ろし、背筋、立ち方、重心の置き方、呼吸、霊気の巡り。
どれもこれも正真正銘の素人。
しかし、だからこその素振りなのだ。
己が最も自然体で刀を扱える型を探す過程。
他人から教えられた最適は所詮、その者にとっての最適でしかなく、それが必ずしも誰かにとっても有用とは限らない。
代々の書き残しを読むに、やはりこの素振りの過程で断念するものが多く、ワシの代でもそれは変わりなかった。
まぁ、気持ちはわかるがな。
わざわざ門下となって、それでなかなか技のひとつも教えられることなくひと月ふた月と過ぎればそうなるだろう。
だからといって妥協できんのだから仕方ない。
願わくば、長続きしてほしいものだが―――。
◆◆◆
うむ。
たしかに長続きしてほしいとは思った。
しかし、まさか半年過ぎて文句のひとつも出ないとは思わなんだ。
こやつ、剣術の才があるかと聞かれれば……その、なんだ。アレだ、可能性は無限だからな? うん。希望はあるに違いない。
………。
うむ。まごうことなき凡庸であるとしか評価できん。
根気の足りん者は早々に辞めていくし、そうでないものはひと月も過ぎれば才覚が見えてくる。
しかし、いくら普段は軍備幼年学校に通っているとはいえ、まさか半年とはなぁ……。
こんなん、ワシも初めて。
いや、さすがに不憫になってきたな。
基本の技のひとつくらい、教えても―――。
「ダメですよおまえ様。それを理由にお弟子さんとケンカまでして、それで破門にした子たちに対して……不義理ですよ?」
いや、しかしなぁ。
この半年、不満のひとつも漏らさずに黙々と素振りをしているのを、おまえも見ていただろう?
「だからこそ、でしょう? 本人が地道な努力を続けているのですから、それを邪魔するようなことをおまえ様がしてどうするのですか」
それを言われるとなにも反論できん。
まさか、こんな形でワシの忍耐力が試されるとは夢にも思わんかったなぁ。
◆◆◆
結局、素振りから卒業するまで1年。
ついつい構いたくなる度に家内から止められてを何回繰り返したことか。
ようやく技を教えることができると、少し感動してしまったわい。
おっと。イカンイカン。
ようやくスタートというだけで感慨深くなってどうする。しかもワシが。
さて、始めようか。
我が流派―――百刃幻魔流は“力”や“破壊力”はあまり重視しておらん。
もともと刀が力任せに振るう武器ではないからな。
“技で斬る”という特性を活かすことから、どうしても霊気の使い方などが複雑になる。
それを直感的に自在に扱えるようになれれば理想だが……まぁ、1年間も素振りを続けられる根気強さがあるからな。
時間はかかるかもしれんが、いずれの技も修めることができるだろう。
まずは初歩の初歩、構えた武器に霊気を纏わせることから。
術式道具や儀礼武装が発展したことにより、こうした霊気の技術は衰退の一途を辿ってしまった。
それは人間の霊気だけでは魔獣を倒すことができないことも関係しているかもしれん。
しかし、軍人の敵は魔獣だけではないからな。
ときには、悪意ある人間を取り締まるのも彼らの役目のひとつ。
ムダにはなるまいて。
よし、では準備はよいなッ!?
「はいッ! お願いしますッ!!」
◆◆◆
物事の鍛練において、摸倣が有効であるのは間違いない。
しかし、それだけではやはり不充分。
と、いうワケだ。手合わせといこうか!
素振りは時間がかかったが、技の吸収はさすがは若いだけあって早かったからな。
易々と勝たせるつもりはないが、勝負の形くらいにはなるだろう。
「お互いに、油断だけはなさらぬようにね? 骨のひとつふたつなら私が術式で治癒してみせますが、致命となるほどの大ケガでは処置ができるかわかりませんから」
「はい、ありがとうございます!」
「フフッ、お礼を言うのは後からでも遅くありませんよ? 頑張ってね。ウチのひと、髪はすっかり白んでしまったけれども、あれでなかなか強いわよ?」
互いに木刀を構える。
初めてここにやって来たときとは見違えたものだ。
すっかり一人前の剣士の構えに―――。
「格上……俺よりもずっと。真剣勝負なら、条件は……」
む―――ッ!?
気配が変わったッ!!
なるほど、天禅のヤツが気に入るのも納得だ。
よい瞳をしている。
普段の教えを乞う真面目なソレとはまったく性格の異なる、強く、そして餓えたような強い輝き。
いつか天禅が様子見に来たときにも言っていたな。
生粋の挑戦者。
あらゆる理不尽に抗って見せるという、強力な覚悟。
そういったモノを感じるのだと。
師弟として並び立つ日々の中では1度も感じることはなかったが、こうして向かい合うと信じるしかない。
フッフッフ……ッ!
これは、頼もしい。
そして、楽しいなぁッ!
さぁ、かかってくるがよいッ!!
「―――フッ!」
正面から堂々と来るか!
その心意気や善し!
木刀と木刀の衝突音が道場に響く。
ほぅ、多少とはいえ、ワシの霊気を削るか。
そして教えに忠実だ。
速度と手数。
決して足を止めることなく、流れるように連続で斬り付けてくる。
しかも、深追いしてこないのが丁寧でよい。
これだけ動けるのであればもう少し強気で、悪く言えば図に乗るようなことになっても不思議ではないのに。
―――あぁ。生きるため、か。
戦うことが目的ではなく、生きるために戦うのだと言い切っただけのことはある。
フッフッフ。
だがな、それならば、守りも蔑ろにしてはならんのだぞ?
どれ、攻守交代といこうかッ!
◆◆◆
手合わせを始めてから1年。
やはり変わらぬ地道な反復練習と、ワシとの手合わせによる確認作業。
そこに、おそらくは軍備幼年学校でも練達の教官に気に入られたのか、したたかで嫌味のある立ち回り……実戦的な動きを混ぜるようになった。
日頃の様子は凡庸な振る舞いのままであるが、手合わせのときの攻撃的な霊気の鋭さはワシでも息を飲むレベルにまで育った。
それでもまだ負ける気はせんが……それも時間の問題となるだろう。
百刃幻魔流の技のほとんどはすでに伝授した。
使い込みはまだまだ甘いが、それは急かしたところでどうにもならん。
あとは戦いの中では研鑽を重ねるしかないのだが……。
んー。
天禅は自分のところに……霊装兵に配属させるつもりといっていたからなぁ。
彼らの戦は守護精霊による戦。
この場合、実戦経験を積むということは、つまり指揮官が直接戦闘に駆り出されているような状況というワケで。
それは……それでどうなんだ?
いやいや。
何事にも万が一ということがある。
本陣に魔獣が到達、即ち敗北では情けないというもの。
だからムダにはなるまい。
……っと、ようやく着いたか。
「……おや。誰かと思えば龍幻じゃねぇか。今日はボウズの訓練はいいのか?」
アホゥ。いまの時間なぞ学校で絞られとるだろ。
「カッカッカ! それもそうか。で? 今日はなんの用事でわざわざ街まで下りてきた?」
用事もなにも。
刀鍛冶を訪ねて大根を出せというバカがおるなら見てみたいわい。
「ふぅん。ボウズのぶんの短刀を鍛えろってことか? そりゃいいや。竜胆のクソガキ以来、お前ンとこから依頼が来るのは久々だからな。門下生への一人前の証、もちろん気合い入れて―――」
まてまて。
たしかに贈る相手は合っているが、注文はそうではない。
短刀ではなく、刀をひと振り。
もちろん儀礼的なモノではないぞ?
ちゃんと刀の役目を果たせるひと振りを頼む。
「―――ほぉ。それほどか。かの“斬魔の龍幻”を唸らせるほどの逸材か。竜胆のクソガキや天禅のヤンチャのときでさえ、そこまで入れ込むことはしなかったクセに」
いまはまだ、な。
しかしいずれは。
2年前、天禅が説明に困ったのもいまなら理解できる。
そして、まぁ、なんだ。
それとは別の問題があってなぁ。
若いクセに変に頑固というか、柔軟性が足りていない部分もちょこちょこあるもんで。
たぶん、刀がないと戦えんぞ。アレは。
どうもなぁ、百刃幻魔流の型に囚われてしまっているというか、なぁ?
「―――ブフッ。カハッ! なんじゃそりゃ! ヒッヒッヒッ! ……なるほど、そりゃ大変だ! よしよし、任せておけ。俺とテメェのよしみだ、たとえ幻想種が出てきてもぶった斬れるようなヤツを鍛えてやらぁッ!」
わりと笑い事ではないのだが。
そうだな、後で天禅に手紙をひとつ、用意するか。
サーブルでは苦労するだろうから、刀を携えることができるよう取り計らってくれとな。
しかし。
幻想種をも斬れるように、か。
それだけの仕事をして見せるという、ヤツなりの冗談のはずだったろうに。
ヤツもそうだろうが、ワシだって弟子が“幻想狩り”などと呼ばれることになるとは夢にも思わんかったわい。