休暇中に見つけた面白いヤツ
プロローグ・その1
視点は主人公ではありません。
それは部下からの急な提案だった。
「閣下、たまには充分な休息も必要です。あとのことは我々が引き受けますので、どうぞしばらく羽根を伸ばしてきてください」
反論の隙など髪の毛一本ぶんの余地もなかったな。
副官や守護精霊まで含めた見事な連携だった。
上官としては喜んで然りなのかもしれないが、まるで追い出すように執務室を離れることになったのは複雑な心境でもある。
「まったくの自由というワケにもいきませんが、せめて従兵は少なくせねばとの副官殿の指示であります。これから数日、自分が同行いたしますので、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いしますね~。それではご主人様、さっそくお出かけいたしましょ~♪」
すっかり私服に着替えた従兵と守護精霊は、やはりいつの間にか荷造りが済んでいる。
俺のカバンも完璧に整えられているのは、間違いなくこれも副官の仕業であろう。
別に見られて困る私物はないし、良かれとの行動故なので怒りなどないが……俺のプライバシーはどこの彼方へ消えたのか。
◆◆◆
最前線からいくらか離れたその地では、特有の穏やかな空気が地区全体に広がっている。
それを快く思わない輩も軍部には少なからず存在するのは知っている。
しかし俺はそうは思わん。
むしろ、この雰囲気こそが俺たち桜国軍の在り方を肯定的に、あるいは努力の結果であると考えているからだ。
「閣下、まずは宿町で部屋を確保いたしましょう。幸いにしていまの時節であれば、ある程度は自由に選べるだろうとのことです」
正直なところ、立場が強くなるにつれて民間施設での寝泊まりなどずいぶんと無沙汰であったので、少し楽しみでもあった。
軍の設備は豪華であることも否定しないが、どうにもどこか無機質で人間らしさが欠けている印象がある。
実際、適当に宿を選び女将の出迎えを受けると、その認識は間違っていなかったのだと強く感じてしまう。
3人ぶんの空きはあったので、ならばと俺の私費でそれぞれの個室を頼もうかと思ったが、それは部下に却下されてしまった。
異性なのだからと配慮したのだが、せめて護衛の守護精霊は同室であるべきだと譲らなかったのだ。
そうでなければ、なにか事があったときに宿にも余計な迷惑となると言われては引き下がるしかない。
◆◆◆
宿の者から聞いて、なるべく肩肘を張らずに済む飯処に向かうことにした。
旅先ではあるが、このような日和であるからこそ気兼ねない食事を楽しみたい。
どうしても“大将”などという勲章が襟元に居座っているせいで、なかなか茶碗と箸で好きなほどに飯を頬張る自由もないからな。
多少の行儀の悪さを許してくれる店が好ましい。
おそらく、副官たちもそれを配慮してくれたのだろう。
任せるままに連れてこられた宿町がそもそも、そういう方向の並びであったから。
こうして歩いているだけでも、屋台から流れてくる香りが実に鼻を楽しませてくれる。
焼き餅の芳ばしい醤油と海苔の合わさったもの。
今では庶民の口にも届きやすくなった串玉カスティラの甘い卵の香り。
水無月も半ばを過ぎたからか、冷やした白桃酒や甘酒の一献売りの姿も見える。
どれも決して珍しくはないのだが、こうして気分が違うときに眺めると、なかなか心を弾ませてくるのが小憎らしい。
ふと。
何気ない飯屋の看板が目に飛び込んできた。
今日の日替わり。
クロケット定食、白飯と味噌汁の大増し無料。
貴族どもの集まりに出てくるような、カトラリィを使って食べるようなモノではあるまい。
芋とタマネギ、それから幾らかの挽き肉を丸めて黒ソースで食べるアレに違いない。
なんということか。
いまの俺が食べなければならないのは、こういう代物であるに違いない!
◆◆◆
完璧な判断であったと自画自讃せねばなるまい。
俺の想定した理想がそこにあった。
たっぷりのキャベツと、それから湯葉の小鉢からも店側の真心が伝わってくる気がする。
そろそろ旬も終わりが近いということで、部下が選んだのは山女魚の焼きものを。
守護精霊は好物の小麦麺をたっぷりと、焼きうどんに汁うどんを合わせて頼んで驚かれていた。
それぞれの食事が並ぶテーブルは、本来ならばとても俺の立場に見合うものではないのだろう。
だが、これがいい。
こちとら現場からの叩き上げなのだ、やはりこういった品々こそが相応しいと確信している。
ふむ。
では、いただくとしよう。
「「いただきます」」
箸を取る手につい力が入ってしまう。
まるで子どものようだと自覚はあるが、それを恥とは思わんな。
◆◆◆
食事を済ませ、店の計らいによる熱い玄米茶で余韻を楽しんでいると、なにやら表から騒がしいものが伝わってくる。
しかも、それは規模は小さいが馴染みのある―――争い事の気配であった。
何事かはわからない。
しかし、私服とはいえ軍人である俺がそれを見逃すようなマネはできないだろう。
「このゲスがぁッ! いい気になるんじゃないよぉッ!!」
一見すると子どもの喧嘩であった。
年の頃はおそらく12かそこそこの、学門処に通うような少年同士の喧嘩。
だが状況がどう贔屓目に見ても尋常な立ち会いではない。
怒鳴る側は服装からしてそれなりの立場の子息。
そして後ろに並ぶ取り巻きが軍装であることから、どういった人物が親なのか容易に想像できる。
対するは極々自然な、どこにでもいるような町の少年。
―――いや。
どこにでもいるというのは侮りだな。
強い瞳をしている。
なるほど。
状況から見て、おそらく後ろに倒れ込んでいる幼子を庇う立ち位置なのだろう。
「さぁ、アタマを地面にこすりつけて、わびて見せろよぉッ!!」
酷い光景だ。
懐から短銃まで取り出したのでは、それでは子どもの喧嘩の領分を大きくはみ出してしまうではないか。
まぁいい。
元より傍観者としてやり過ごすつもりなどない。
暴力か権力か、いずれにせよそれらをひけらかすような輩を野放しになどできんからな。
やれやれ……。
―――ッ!?
「―――ひッ!?」
迂闊だったか!
俺が前に出るよりも速く、少年が大地を蹴ったッ!
マズい。
あれは軍備品の短銃だ、至近距離で食らえば仮に霊気のガードがあってもタダでは済まんぞッ!?
「―――いえ、ご主人様。おそらくは問題ありませんよ~」
なにをバカなことをッ! と。
振り向くのとほぼ同時、銃声が響いた。
パンッ! という乾いた音のすぐあとに、なにか硬質な物が砕けるような音が耳に届いた。
信じられない、というのが本音であった。
なんということだ!
あの少年、手に握り込んでいた石で弾丸を受け止めたというのかッ!
「ひ、ひぃ―――ぷぎゅ」
そのままではなく、石を放り捨てて真っ当な拳で殴り付けたあたりに、あの少年の一種の美学を感じる。
まるで演劇の舞台の如く、綺麗に顔面を殴り飛ばされたが……状況が状況だからか、哀れむ感情はまったく湧いてこない。
なにより、後ろで呆然としている莫迦どもの不甲斐なさにも呆れるというもの。
殴られた少年の護衛役を任じられていただろうに。
「わ、若様ッ!?」
「貴様ァッ!! そこへ直れェいッ!!」
莫迦どもが一斉にサーブルを引き抜く。
対する少年の瞳には……本来ならば意外なほどに、しかしいまの俺であれば納得してしまうように、やはり強い意思の輝きが宿っている。
あくまで、挑むというのだな?
―――クックック。
休暇も、本当に……実に、本当に悪くないではないかッ!!
「む……なんだ貴様はッ! 邪魔立てするのであれば容赦せんぞッ!!」
ふむ。
いまの俺は私服だからな。
顔だけを見て立場を判断しろというのも酷だろうが、それは手心を加えてやる理由にはならんな。
ことは、俺への不敬などはどうでもよい事柄なのだから。
重扇。
「ふぁ~い」
この莫迦どもを―――お前、こんなときになにを食って……蜜柑飴? そんなものどこで……あぁ、あの屋台か。
よし、俺もあとで1缶ほど土産に買おう。
おっと、それどころではないな。
改めて―――重扇、霊気兵装の使用を許可する。
「了解しました、閣下」
先ほどまで、うどんに乗せる薬味を前にどう調えようかと狼狽えていたとは思えない変わり様だ。
即座に霊気を戦闘濃度まで高め、その手元に霊気が武器として実体化する。
対の扇、故に重。
「疾ッ!!」
「「ほぎゃぁぁ~~~ッ!!??」」
重扇がくるりと手首を反すと、莫迦どもの足下に現れた式陣から風が勢いよく吹き上がった。
術式ではなく、霊気の風をぶつけただけに過ぎないが……俺が言うのもなんだが、重扇の能力は桜国軍に所属する守護精霊の中では頂点に近いと自負している。
連中から感じた霊気が弱かったこともあり、ひとり残らず地に伏すこととなった。
さて、経験上そろそろ騒ぎを聞き付けて現れるハズだが……。
「貴様らァッ! なにをやっておるのかッ!!」
やはり。
佐官級に支給される第2種軍装、階級章は少佐か。
あまりこういう言い方はよろしくないのだろうが……精神の有り様は顔に現れるというが、たいした説得力だな。
「貴様かッ! 騒ぎを起こしたのはッ! 護国の要である桜国軍を侮辱するようなマネして、タダで済むと思うなよッ!?」
―――それを、口にするか。
よりよって俺の前で、軍の威光を振りかざして黙らせるつもりか。
本来ならば丁寧に事情を聞き集める場面であるだろうが、ヤツの目の色からしてそのような気配はない。
もっとも、それは俺も同じことなので強く言える立場ではないのだが。
ただ、住民たちの反応から主観で正悪の判断をしたに過ぎないからな。
しかしこれなら気兼ねすることもあるまい。
権力をこの場に持ち出すことを善しとしたのは向こうが先なのだからな!
一歩。前に。
―――私は桜国軍は国防兵務局、第13霊装師団の団長、篠村天禅大将である。
「「―――ッ!?!?」」
はっはっはッ! なかなか立派なキヲツケをするじゃないか、えぇ?
少佐が怪訝な表情でなにかを口にしようとしたが、後ろで部下が懐から取り出した物を見て顔を青ざめた。
俺が軍から大将の地位を与えられたときに、国家の長たる一族より賜りし懐刀。
俺は命令した覚えがないが、副官も従兵もよく気が付く頼もしい連中ばかりだからな。
さて……それでは貴様が何者なのか名乗ってもらおうか?
「あ、いえ、その……自分は閣下に覚えていただくほどの……その」
いい反応だ。
後ろめたいことを積んできた者は大概がそういう反応になるので、こちらも安心して胸ぐらを掴むことができるというもの。
◆◆◆
美味いもので腹を満たし、ついでに軍の腐敗を―――まぁ、あの程度の小粒など掃いて捨てるほど残っているだろうが―――取り除くことができた。
悪くない休暇の初日だな。
それに……面白いヤツも見付けることができた。
「えっと、その……ありがとう、ございました?」
本当に面白い少年だ。
短銃を向けられたときも、抜剣した軍人に囲まれたときでさえも揺るがぬ強い瞳をしていたというのに。
困惑しつつも、自分が助けられたという自覚はしっかりとあるのか、丁寧に頭を下げてきた。
「……それでは、休暇が終わりましたら、彼の軍備幼年学校への入学手続きの書類をしたためましょうか」
「はい?」
「キミ、いい素質してると思うよ~? ね! ちょっと訓練とか大変だし~、危険な仕事だけど~、きっとキミなら大丈夫だよぉ~♪」
「ご家族への説明も必要ですね。そちらは閣下にお任せしましょう。たまには戦闘以外の仕事からも逃げずに向き合ってもらわなければなりませんし」
皆、話が早くて助かる。
……なんとなく言葉の音色に刺々しいものを感じるが、それくらいはして見せなければなるまい。
「え、その、俺……じゃない、その、私になにかご用事でしょうか?」
勿論だとも!
とりあえず今日のこと、そして今後のことをご両親に説明する必要がある。
少年、家には……ふむ、料理屋を営んでいるのか。それではいまの時間帯では迷惑にしかならんな。
それでは後ほど伺うとしようか。
手土産も用意しなければ礼節に欠くというものだ。
―――このとき、彼を軍に誘ったことは、完璧な判断であったと自画自讃せねばなるまい。
もっとも。
俺がそれを強く思うのは……しばらく先の話なのだがな!