第3話 恋愛撲滅委員会(2)
「仕方ないわね。それじゃあ、公平に民主主義で決めましょう」
俺が拍子抜けするくらい、あっさり引き下がるさゆり。
そしてさゆりが提案したのは「民主主義」だった(?!)。
なんだろう?民主主義って?
「民主主義よ。これなら公平、公正だからね。雪翔も文句言えないわよね。じゃあ、この新しい画期的な恋愛撲滅委員会に賛成の人。挙手をお願いします」
いわゆる多数決というやつだった。
あっという間に、そこにいたみんなの手が挙がる。
「はい、5対1ね。みなさんの圧倒的な支持で、恋愛撲滅委員会の設立が決まりました。さあ、みなさん。これからはりきって、恋愛撲滅活動に精を出しましょう」
だめだ…。
周りを完全にイエスマンで固めた独裁者が提唱する民主主義。
これほどたちの悪いジョークはない。
作戦を変えよう。
俺はさゆりに丸め込まれた生徒たちに目を向ける。
まずはさゆりファンクラブ会員ナンバー1、2の冴木隆と樫谷権。
「お前たちはそれでいいのか?恋愛撲滅なんてそんなとっぴな考え方に本気で賛成なのか?」
2人はいつものようにハートマークになった分かりやすい瞳で、さゆりを見ている。
「僕たちはさゆりさんの言うことなら絶対!どこまでもついていきます」
「それでいいのか?話は恋愛禁止だぞ。だったら、もしもさゆりから『付き合ってください』って告白されたとしたら、お前たちはどうするんだよ?」
「考えるまでもなく、喜んで付き合います!」
「だったら、明らかに恋愛撲滅じゃないよな。めいっぱい、恋愛する気じゃないかっ!」
俺の正論に少し考え込んだ2人。
でも、横からさゆりが口を出して、俺のもくろみはあっさり崩れ去った。
「大丈夫。私から『付き合ってください』なんて言うことは絶対にないから。でも、一緒に恋愛撲滅委員会活動をがんばってくれる人なら私、恋しちゃうかも」
「やります!やらせてください!僕たちは精一杯、恋愛撲滅委員会活動に精を出します」
ますます情熱的にさゆりに訴えかける2人。
だめだ。
熱に浮かされてやがる。
おかしい。何かがおかしい。
いや、何もかもがおかしくて、もうどこからツッコめばいいのかすら分からない。
次だ!次!
「えーっと。七瀬さんは?七瀬さんは恋愛撲滅なんて勇ましい感じではないと思うんだけど」
さゆりの隣にいたのは、おとなしそうな女の子。七瀬桜。
さゆりとは正反対。
彼女があまりはしゃいでいる姿を見たことがない。
「え?私は…」
「桜は私の考えのすばらしさを即座に理解してくれて、自分から恋愛撲滅委員会に入会してくれたのよね」
またしても横から口を出したさゆりが、七瀬さんをひとにらみ。
七瀬さんが、蛇ににらまれたカエルになってる。
「はぃ…」
消え入るような七瀬さんの返事。
だめだ…。
完全にブラック企業のワンマン社長と、気が弱くて社長に何も言えない社員の関係になってる。
日本の社会が抱える構造的問題の縮図。
要するに、さゆりが気の弱い七瀬さんを丸め込んだってことだね。
残るはあと一人。夏川蜜柑。
どちらかと言えば、色気より食い気なイメージのある女の子だけど。
「で、夏川さんは?なんだかイメージに合わない気がするんだけど、どうしてこの会にいるのかな?」
「お菓子3箱で手を打った」
なるほど。買収というわけだ。
こうして外堀を埋められた俺は、抵抗する術を失った。
いや、それでもあきらめちゃいけない。
さゆりのこういうわがままにつき合わされたら、また無駄に仕事が増えるのだから。
「いや、俺はちゃんと恋愛するんだ!一度きりの高校生活。恋のひとつも出来ないなんて、そんな味気ない高校生活は耐えられない。残念ながら、俺には恋愛撲滅委員会に参加する資格はないようだ」
精一杯の俺の抵抗。
でも意地の悪い笑顔を見せながら、さゆりが俺の抵抗をあっさり受け流す。
「あら、大丈夫よ。知ってた?恋愛って相手があってのものなんだからね。雪翔程度のルックスと性格で、相手してくれる女子なんていないわよ」
剛速球。
遠慮のかけらも感じられない火の玉ストレートが急所に飛んできて、俺のガラスのハートを粉々に打ち抜いた。
言葉を失って立ち尽くすしかない俺。
「むしろ恋愛撲滅委員会は、雪翔のような一人ぼっちで寂しい人のためにあるのよ。想像してごらんなさい。周りの誰もが誰かと付き合っていちゃいちゃしている世界を。その中で雪翔だけがひとりぼっち。地獄でしょう。だからこそ、恋愛撲滅なの。そうよ、これは雪翔のための会だわ。雪翔は恋愛撲滅のために生まれてきたのよ」
……。
もう何も言えない。
何も言いたくない。
こうして俺は強制的に恋愛撲滅委員会へと参加させられたのだった。
「いいわね。会員にはいつでも恋愛撲滅の義務があるのよ。私の言うことを聞かなかったら、校内引き回しの上、磔・獄門だからね」
部屋を出て行く俺に、小さくささやいたさゆり。
その悪魔のような微笑が、俺の心にいつまでもこびりついていた。