第1話 プロローグ ~夏休み最後の日~
夏休み最後の日。
長らくほったらかして、頭の片隅にすら一瞬もよぎることのなかった宿題たち。
そのツケを一気に払わねばならないはずのこんな日に、俺は学校にいた。
校舎の3階の片隅。暗い生徒会室。
唯一の窓から運動場が見える。
学校にいるのは部活にいそしむリア充ばかり。
そんな中で、なぜだか俺はただ一人、校内に響くチャイムにつながる機械をいじっていた。
明日から2学期が始まる。
そのために学校のチャイムの設定をしておかねばならなかったのだ。
チャイムを鳴らす時刻をひとつひとつ設定する。
なんて不毛な時間だ。
ちなみにこの不毛な作業を俺に命じたのは、生徒会長にして幼馴染の一之瀬さゆり。
生徒会長に立候補したさゆりの命令で、ついでに(?)生徒会書記になってしまった俺。
当然のように、さゆりお抱えの雑用係確定。
これに限らず、なんでもかんでも雑用を命じられて、文句ひとつ言わずに(言わせてもらえずに)せっせと作業するのはいつものことだ。
もう当たり前すぎて、いまさら疑問にすら思うことさえなくなってしまった。
別に書記になんてならなくとも、雑用は雨あられとふってきただろうから、まあこの方がやりやすいとも言えるだろうが。
頭脳明晰、品行方正、才色兼備。
完璧すぎる生徒会長を演じる幼馴染のさゆり。
彼女はファンクラブさえ存在する、アイドル的存在だった。
欠点といえば気が強すぎるところと、可愛げがないところ。
あとは平らすぎる胸…といったところだろうか。
同級生、先生…誰に聞いても完璧な評判を持つさゆり。
でも、ホントは超ワガママで冷酷で毒舌な、裏の顔を持つことを俺は知っている。
俺の前では、なぜだか裏の顔しか見せないと言ってもいいさゆり。
いつからこうなってしまったのだろう?
ため息とともに、チャイムの設定が終わって一息。
たった今設定の終わった時刻。
それが用紙に記録されているのを見ながら確認した。
大丈夫。これで終わり。
ひと仕事終わってぼんやり運動場を眺めていた俺の携帯がうなった。
さゆりからのメール。
「おつかれさま
チャイムの設定は終わった?
それじゃあ、ご褒美にソフトクリームおごらせてあげる
駅前のカフェで待ってるからね」
はあ?ご褒美?おごらせてあげる?
まあ、これくらいで怒っていたら身がもたない。
日常だ、日常。
落ち着け、俺。
たまりまくった宿題に徹夜する覚悟を決めながら、俺は生徒会室の電気を消し、ドアを出る。
それからいそいそとさゆりの呼び出し場所へと向かったのだった。
それなりに忙しくても、平和な日常。
でも、これは嵐の前の一瞬の静寂だった。
この時の俺はまだ、迫りくる2学期がこれほど激動の時間になるとはまったく知らなかったのだった。