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那美子の誤算  作者: 紫李鳥
1/4

 



 那美子は前髪で瞼ギリギリまでを隠し、マスクをすると、借家から20分ほどを歩いて紡績工場まで行く。


「ブスちゃん、おはよう」


 嘲笑の混じった皆の挨拶。16から勤めて5年。もう慣れっこだった。


 紺色の作業着に着替えて、タイムカードを押す。


ブーゥーゥー……


 作業開始のベルと共に、9時~17時まで黙々とボビンの糸を紡ぐ。


 マスクを外すのは昼食の時だけ。食堂の隅が那美子の指定席。目の前は絵も飾ってない、脂で煤けた壁。そこが、誰にも顔を見られずに寛げる那美子のお気に入りの場所。


 雪を被った山並みが見える景色のいい窓際は、いつだって他の皆が占領してしまう。


 けど、贅沢は言わない。誰からも顔を見られずに済むことが那美子は幸せだった。


「早く貯金して整形すりゃいいのに」


「あんた、ここの給料じゃ無理よ。無職のおっ母さんがいるんだろ?家賃払って、食費やなんやで貯金どころじゃないさ」


「あの顔じゃ結婚も無理だろうし。この先どうすんだろうね」


「ずっとこの工場にいるだろうね。他に生きる道はないっしょ」


 女工たちの無責任な会話が背後で飛び交っている。


 ……いつものことだ。


 食事を済ますと、顎に引っ掛けていたマスクを分厚い唇に戻し、トレイを手に平然と皆の横を過ぎる。


 そして、また只管(ひたすら)、糸を紡ぐ。




ブーゥーゥー……


 作業終了のベル。


 ロッカーに作業着を掛けると、毛玉が付いた伸び切ったカーディガンを着て、手編みのマフラーを巻いて帰り支度。


 打刻。


「お疲れさーん」


「また、明日」


 声を掛け合う皆。


 だが、那美子に声を掛ける者は誰一人いない。


 そして、ぬかるんだ雪解け道を帰宅。



 こたつで編み物をしている母親の稜子は、上目遣いで那美子を一瞥。


 那美子は一人分の食事を作ると、自分の部屋に入り、マスクを外してテレビを点ける。そして、テレビを観ながら食事を摂る。この時が那美子の至福の一刻(しふくのひととき)


 那美子にはもう一つ楽しみがあった。それは、宝くじだった。





 その日も、5枚買ったクジを1枚1枚、新聞の当選番号と照らし合わせていた。


「そんなもん当たるわけないだろ。どうせゴミになるだけじゃないか。その分蓄えて整形代に充てたらどうだい」


 毎度の宝くじの購入に稜子は呆れていた。


 ……ハズレ、……ハズレ。――そして最後の1枚。


 アッ!


 その、心の叫びが聞こえたのではないかと、ハッとして稜子を視た。稜子は編み棒に視線を落としていた。那美子は、その1枚を素早くカーディガンのポケットに入れると、他の4枚を大袈裟にクシャクシャにしてみせた。


「ほら、ご覧な。言わんこっちゃない。また整形が遠退いたね。クックッ……」


 嘲笑った。


 ……フッフッフ……笑うのはア・タ・シよ、母さん。




 ――工場から那美子の姿が消えた。そして、借家からも……。

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