第7話 お支払いは紙幣一枚で
ヒロキとラタフィが、同志改め友達になってから数分後。
「お待たせしましたー。『てりたまハンバーグ』とライスです」
店員のお姉さんがラタフィの注文した品を運んできた。
「鉄板の方がお熱くなっておりますので、火傷にご注意ください」
「この僕が火傷? 面白いことを言う。そんなヘマはしな」
「かしこまりましたー」
店員のお姉さんはラタフィに軽く頭を下げて、スタスタと歩いていってしまった。
何をかしこまったのかは謎だが、終始笑顔を崩さないものだから逆に怖い。
「まったく、アレが客に対する態度なのか? 僕の話を途中で遮って……。——そうは思わないか、ヒロキ」
「お前の店員に対する態度の方が問題ありありだけどな。……マジで恥ずかしいからやめてくれ」
ヒロキの切なる願いはラタフィに届いているのかいないのか、ラタフィはナイフとフォークを手に取ると。
「僕の料理も来たことだし、ヒロキもサンドウィッチ食べなよ」
「ん? あ、ああ。……いただきます」
ラタフィに言われるがまま、ヒロキはサンドウィッチに齧り付いた。
「美味い……」
空腹だったことも相まって、余計に美味しく感じられる。
しっかりと味わってサンドウィッチを食べるヒロキの前で、
「熱っ!」
ラタフィは舌を火傷していた。
彼女はハンバーグの熱さを甘く見ていたのだろう。「フーフー」が足りなかったのだ。
「火傷なんてしない」と豪語していたくせに思いっきり舌をハンバーグで焼いて涙目になっているラタフィを見て、ヒロキはこみ上げてくる笑いを耐えきれなかった。
それに怒るラタフィだったが、そんなことはお構いなしにヒロキはサンドウィッチを食べ終えるまでの束の間の食事の時間を存分に楽しんだ。
早々に食べ終えたヒロキは、ハンバーグを食べ進めるラタフィと幾らか他愛無い会話をしつつ、これからのことについて思考を巡らせるのだった。
それからしばらくして、ラタフィが食後の「いちごパフェ」を幸せそうに食べている頃。
ヒロキがとあることを口にする。
サンドウィッチを食べ終わって暇だった時間に、ふと思い付いたことである。
「なあラタフィ、俺ちょっと思ったんだけどさ」
「どうしたんだ?」
「スペクトル傭兵団……だっけ? やっぱりそこに行ってみようかと思う」
「ん? 今日中に捜し人を見つけるのは諦めるのか?」
傭兵団に人捜しを依頼したとしても、傭兵達が実際に動いてくれるのは早くても数日後。これはラタフィが言っていた通りである。
しかし、ヒロキには別の考えがあった。
人差し指を振りながら数回舌を鳴らす。
「確かに依頼してたら今日中に見つけるのは無理だろうけど、傭兵団の本部には人が集まるんだろ?」
「……ヒロキ、何が言いたいんだ?」
「聞き込みをするんだよ。それならお金もかからないし、運が良ければ高瀬さんに関する有力な情報を今日中に手に入れられる可能性もある」
そう、ヒロキお得意の聞き込み調査だ。なんなら下手な刑事より聞き込みしているかもしれない。
「タカセさん? それが捜し人の名か?」
ラタフィのその問いで、ヒロキは自分がまだ捜し人の名前を教えていなかったことに気付いた。
「そういえばまだ話してなかったな。そう、高瀬さん、高瀬真波さん」
「マナミ……か。——それより、聞き込みするって本気か?」
あまり乗り気ではないのか、浮かない顔をするラタフィ。
ヒロキもそれに気付いた。
「どうかした?」
「いや、結構積極的に行動するタイプなんだなと思って。まあそれより、そうと決まれば善は急げだな。もう少しで食べ終わるから暫し待ってくれ」
ラタフィはパフェの容器に残っているクリームを舐めとるかのようにスプーンで掻き集めると、それを口に入れた。
そしてクリームの甘味を堪能した後は、お楽しみに取っておいた苺を口に放り込む。甘味の中に仄かな酸味が織り成され、一種の幸せが感じられた。
「あー、美味かった。……御馳走様だ」
「にしても凄い幸せそうに食べるよなぁ。甘いもの好きなの?」
「まあな。今度来たときはヒロキもパフェを食べてみるといい」
二人は席を立つとレジへと向かう。
それに気付いたベージュ髪の店員のお姉さんがこちらへと歩いてきた。
「お会計ですね?」
「ああ」
レジカウンターの裏に立った店員に、ラタフィが伝票を手渡す。
「1,427ラフルになります」
「じゃあこれで」
そう言って今度は紙幣一枚を手渡した。
ヒロキからは少しの間しかその紙幣は見えなかったが、そこには美青年の肖像が刷られているのが確認できた。
その美青年は、女子高生が熱を上げていそうな男性アイドルみたいな顔をしている。身も蓋もない言い方をすれば、イケメンである。
日本の紙幣の肖像とは全然違い、何とも言えない違和感に囚われたヒロキであった。
「3,573ラフルのお返しになります」
「また来るぞ」
お釣りを受け取り、財布にしまうラタフィ。
店員とラタフィのやり取りをただ隣から見ているしか出来ないヒロキ。
「ほらヒロキ、行くぞ!」
「あ、ああ」
ラタフィによって勢いよく開けられた木製のドアを、ヒロキがゆっくりと閉める。
ラタフィの背を追いかけるように、ヒロキは店を出たのだった。
「よし、スペクトル傭兵団ならイーストエリアだな!」
店を出たところですぐに立ち止まったラタフィが意気揚々と発言した。
「イーストエリア? 東の方ってこと?」
「そうだ。今僕達がいるのは、サウスエリア。傭兵団本部に行くなら、ここから北にあるセントラルエリアを経由してイーストエリアへ向かうんだ」
「へぇ。何だかんだ言ってもやっぱりラタフィが居ると心強いな。俺一人だったら今頃どうなっていたことか」
「フ、舐めてもらっちゃ困る。この街は言わば僕の庭の様なものだからな!」
いつもの様に踏ん反り返るラタフィを生暖かい視線を送りつつも、内心では感謝しているヒロキ。
実際、ラタフィと出会っていなければ、今もこの世界に翻弄されて五里霧中の状態だっただろう。
「ところで、最初に話しかけたときから気になってたんだが、それは何なんだ?」
ヒロキの小脇に抱えられている畳まれたブレザーを指差しながら、ラタフィが疑問を呈す。
「ん? ただの上着だよ。暑くなったから脱いでただけ」
「ただの上着ということはないだろう? 微弱な魔力を感じるけど、魔道具か何かか?」
「魔力とか魔道具とか、ほんとラタフィはブレないよな」
どうせまた厨二病発言だろうと、適当にあしらおうとするヒロキだが、ラタフィの方は至って真面目である。
ラタフィの真剣な面持ちに気付いたヒロキは、その態度を改める。
「……いや、本当にただの上着だ。これが本当に魔力とやらを発しているのだとしても、俺に心当たりはない」
「そうか。……ちょっと貸してみてくれないか」
「あ、ああ」
ヒロキからブレザーを受け取ったラタフィは、折り畳まれていたそれを広げると、襟の部分を左手で掴んで前方に突き出した。
ブレザーが風によって僅かながら靡いている。
そして目を瞑るラタフィ。
微動だにしないまま数秒が経った。
目を開けたラタフィが一言だけボソリと口にする。
「やっぱりな……」
「えっと、何か分かったのか?」
ラタフィの一連の動作を、やはりただ指を咥えて見ていることしか出来なかった。