第4話 盟約
「さて、注文もし終えたところで、本題に入るとしようじゃないか」
「案外立ち直るの早かったな」
ベージュ色の髪をした店員のお姉さんが、二人の注文を聞き終えて立ち去ってからすぐ、いつもの調子を取り戻したラタフィ。
今はドリンクバーでコップに注いできたオレンジジュースを机の隅に置き、両の手で頬杖をついている。
橙色の瞳が真っ直ぐとヒロキを捉えているが、その様子がラタフィの真剣さを物語っている。
「まず、ヒロキの捜し人の特徴は?」
「……そういえばまだ話してなかったな。黒髪でロングヘアーの女の子だ。服装と年は俺と同じような感じで、背はお前と同じくらい」
「ヒロキと同じ格好とは、その子も僕達の同志というわけか……」
「違う。服装だけで同志扱いするなっつの。俺も高瀬さんも拗らせてないから」
「フッ……」
ラタフィがテーブルに置いたコップを手に取り、オレンジジュースを一口飲む。
そして、そのコップを再びテーブル上に戻す。
「しかし、それだけ珍しい出で立ちなら簡単に見つかりそうなものだが……」
「あ、ああ。……けど、聞き込みじゃ何の情報も得られなかった」
「じゃあ、傭兵団には依頼してみたかい?」
「……傭兵団?」
耳に慣れない言葉を聞き、オウム返しに訊き返す。
ゲームなどで耳にしたことがある言葉ではあるが、こうして普段の会話の中で当たり前のように使われることなど、ヒロキの経験上無かったのだ。
「その様子じゃまだ依頼してないみたいだね。……『スペクトル傭兵団』、この街に本拠地を置く傭兵連中さ。探し物から魔物の討伐まで、幅広い仕事をこなしてる。まあ、何でも屋みたいなものだね」
「魔物……」
ラタフィの発言から、この世界には『魔物』と呼ばれるものが存在するということが確認できた。
とはいえ、魔物と呼ばれるものがどういったものなのかは、想像してみるしかない。某RPGみたいに可愛らしいとも取れるような見た目なのか、それとももっと想像を絶するような何かなのか。
いずれは出くわすことになるかもしれないが、流石に街の中にいる間はその心配は要らないと思いたい。
大通りの人通りの多さから察するにそこそこ発展している街なのだろうし、そういった警備くらい整っていることだろう。
「ただ、傭兵団に依頼を出しても実際に動いてくれるのは早くても数日後。フリーの傭兵よりも比較的安価で仕事を請け負ってくれるから、彼らに依頼を持ち込む人は多いみたいだしね」
「……なるほどな。まあ、俺としては今日中にでも合流したいところなんだけど」
スペクトル傭兵団なる組織や魔物の存在を知ることができたのは、この世界のことをまだまだ何も知らないヒロキにとっては僥倖だった。
しかし、マナミに関する手掛かりを掴めたわけではない。現状は何一つ変わっていないのだ。
ヒロキは運良く食事にありつけたが、マナミはその限りではないだろう。むしろ、無一文で見知らぬ街に放り出されて食事を確保できている方がどうかしている。
だからこそ、一刻も早くマナミと合流しなくてはならない。傭兵団にマナミの捜索を依頼したとして、彼らが動いてくれるまで何日も待っている余裕など無い。そもそもお金も無い。
「はぁ……どうしたもんか……」
ラタフィという協力者を得てもなお、マナミの居所に近づけている感じがせず、思わず溜息が漏れる。
「お待たせしましたー、『店長おすすめサンドウィッチ』です」
「あ、どうも」
辛気臭い顔をしていたヒロキの雰囲気を中和するかのような可愛らしいスマイルでサンドウィッチを運んできたふわふわお姉さん。
ヒロキの前にそれがコトリと置かれた。
シンプルな白い丸皿の上に載せられているのは、これまたシンプルな卵サンド。
見るからにふわっふわのパンに、黄色と白が入り混じった卵の具が美しいコントラストを奏でている。
その隣にはパセリが添えられており、何ともお洒落な雰囲気の一品であろうか。
「何これ。超美味そう」
想像していた以上のサンドウィッチの登場で、ヒロキの語彙力が著しく低下した。
空腹だということもあってかとても食欲をそそられ、今にも口から唾液が垂れそうになる。
しかし、ヒロキはすぐに食べ始めはしなかった。まだ料理が手元に来ていないラタフィを気遣ってのことである。
サンドウィッチとハンバーグでは前者の方が先に運ばれてくるのは何となく予想していたが、それでも奢ってもらう相手よりも先に食べ始めるというのは何だか気が引けたのだ。
そんなことを気にしているのはヒロキの方だけかもしれないが。
兎にも角にもそういった理由でサンドウィッチに手を付けないでいると、ラタフィが怪訝そうな視線をヒロキに向けてきた。
「ヒロキ、どうかしたのか?」
「いや、お前より先に食べるのは悪いだろ。一応、奢ってもらう身だし」
ヒロキの言葉を聞いたラタフィは一瞬キョトンとした後、失笑した。
「何が可笑しいんだよ……」
今度はヒロキが怪訝な目を向けつつ聞き返す。
まだ微妙に収まりきってない笑いを堪えるようにしてラタフィが答える。
「いやね、そんな風に気を使ってくれる友達、僕の周りには居なかったから、つい」
「俺達はいつから友達になった」
「同年代の二人でお昼ご飯を一緒に食べに来てるんだ。もうとっくに友達だと思うが?」
「一緒に食べに来たってよりは、半強制的に連れてこられた感じだけどな」
淡々と自分の思ったままを口にするヒロキ。とはいえ、彼の言っていることが事実ではあるには違いないが。
「……まあ、友達と思ってくれるならそれでいいよ。その代わり同志呼ばわりはもう勘弁」
ヒロキにそう言われ、『同志』呼びを忘れていたことに気づいたラタフィは少しだけ動揺した様子で、
「ヒ、ヒロキがそう言うのなら仕方ないな! 僕達は同志改め友達だ。今ここで盟約を結ぶとしようじゃないか!」
相も変わらない厨二的なセリフと共に右手を差し出した。
「おうよ!」
ラタフィから差し出された右手を、ヒロキが握る。
盟約の名の下に新たな友人関係が生まれた瞬間である。