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君と眺めた4色の空  作者: 緑月晨夜
第一章 黒髪の捜し人
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第3話 一飯の恩

「いらっしゃいませー。何名様ですか?」


 店員と思しき女性が、明るい笑顔と声を向けてくる。

 ベージュ色のボブカットで、ふわふわした雰囲気の若いお姉さんである。


「二人だ。というか、どう見ても二人だろう?」


 ラタフィが軽いドヤ顔で、店員に面倒臭い絡み方をする。隣に立っているヒロキからすれば、恥ずかしさと店員さんに対する申し訳なさで非常に居た堪れない。

 しかし、


「二名様ですねー。こちらへどうぞ」


 店員のお姉さんのスルースキルが思いの外高かった。

 その可愛らしい笑顔を少しも崩すことなく、ヒロキ達を空いているテーブル席に案内したのだ。

 ヒロキとラタフィがその二人席に向かい合って座ると、


「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押してください」


 最後まで嫌な顔一つせず、自分の持ち場へと立ち去っていった。

 そんなお姉さんを目で追い終わったヒロキは、畳んだブレザーを膝の上に乗せる。

 ラタフィはと言うと、テーブルの端に立てられているメニューに手を伸ばしていた。

 そしてそれを広げて、とても上機嫌な様子で料理の写真を眺めている。

 心なしか、その橙色の瞳が輝いているように見える。


「それで? こんなところに俺を連れ込んで、どういうつもりなんだ?」


 メニューを食い入るように眺めているラタフィに、ヒロキが問いを投げかける。

 あの大通りを急に走り出したラタフィを追いかけてきたヒロキだったが、彼女の目的地はどうやらこの店だったようだ。


「腹ごしらえと作戦会議をする為さ。もう昼時だし、空腹のまま人捜しなんてやってられないからね」

「そうは言っても、俺金持ってないぞ……」


 ヒロキの財布はスクールバッグに入れっぱなしである。要するに、今も図書室に放置されていることだろう。

 とはいえヒロキの財布がここに有ったとしても、日本の通貨がこの世界で使えるはずもないので、どっちにしろ食事代を払えないことに変わりはない。


「あぁ、お金の心配は要らない。今回は僕の奢りだ。強引に連れ込んでしまったようなものだしな」

「え、いや、流石に悪いだろ……」


 ラタフィから思いもしない言葉が飛び出した。

 女の子に奢ってもらうなど男としてそれでいいのか。

 ヒロキは内心、葛藤していた。

 この先、いつ食事にありつけるかもわからないということを考えれば、ここで大人しくラタフィに飯を奢ってもらうのが最適解だと言えよう。

 だが、ヒロキの中のちっぽけな自尊心(プライド)がそれを無意識に拒むのだ。

 そして、十秒ほど悩んだ末に彼が出した答えは、


「……今回はお言葉に甘えさせてもらうよ。いつかお返しはするから」


『奢ってもらう』だった。

 ヒロキにとっては苦渋の決断だったが、背に腹は変えられない。


「フッ……別に見返りなど望んではいなかったが、ヒロキがそう言うのなら楽しみにしておこう」

「おう。悪いな……」


 そうしてヒロキもメニューを手に取った。

 食欲をそそる料理の写真と、見たこともないような文字が並んでいる。


「人との会話が成立してるから少しは期待してたけど、文字は日本語じゃないんだな……。世の中そんな甘くはないか……」


 ラタフィの耳には届かない程度の声で、この世の生きづらさをぼやく。とはいえ、大通りでも一切日本語らしき文字は見かけなかった為、何となくは予想できたことではある。

 しかし、ヒロキはすぐにとあることに気付いた。


「嘘だろ……読める……」


 未知であるはずの異世界の文字が簡単に解釈できたのだ。

 パッと見、何かの模様にしか見えないような文字達だが、少し集中するだけでその意味がわかる。

 だから『読める』というより、『意味が脳内に浮かんでくる』という表現の方が正確だろうか。

 ヒロキが一人感動していると、目の前の少女が、


「何をニヤついてるのさ。僕はとっくのとうに食べたいもの決まったけど、ヒロキはまだなのか?」


 もう待ちくたびれたという感じで急かしてくる。


「……俺も決まったよ」


 有無を言わさないという表情だったため、そう言うしかないヒロキ。

 それを聞いたラタフィは顔をキラキラと輝かせ、その場でおもむろに立ち上がると、


「OKだ! 後は僕に任せてくれ! ……ハァァア!!」


 謎の叫び声と共に店員を呼び出すためのボタンを押した。

 店内に、聞き慣れたあの『ピンポーン』という音が鳴り響く。

 そして再びラタフィがスッと席に着く。


「はぁ……快感だ……」


 頬を紅潮させ、恍惚の表情でそう呟く。

 そんなラタフィに対して軽く引くと同時に、周りの客の目が気になるヒロキだったが、気付くと店員が既に二人のテーブル席まで到着していた。

 ベージュ色のボブカット、先ほどのふわふわお姉さんである。


「お待たせしました、ご注文をどうぞー」

「僕は『てりたまハンバーグ』と『いちごパフェ』で。あ、ドリンクバーも付けてね」

「ハンバーグにライスはお付けしますか?」

「……当然だろう。肉と米は相思相愛、常に共に()ってこそだ!」


 右手で左目を覆い隠し、案の定ドヤ顔を決めるラタフィ。


「かしこまりましたー。いちごパフェは食後でよろしいでしょうか」

「……それも当然だろう。締めはやはりデザ」

「かしこまりましたー」


 相変わらずラタフィの怠い絡みを華麗にスルーするお姉さん。

 なんなら被せ気味に言葉を放ったものだから、ついついヒロキの口元が緩む。


「お、おいヒロキ、ニヤついてんじゃない!」

「あ、俺はこの『店長おすすめサンドウィッチ』で」


 お姉さんをリスペクトして、ヒロキもラタフィをスルーしてみる。ちなみにサンドウィッチを頼んだ理由は、たまたま写真が目についたというだけである。

 まさかヒロキにまで無視されるとは思っていなかったのだろう、ラタフィの表情が怒りなのか悲しみなのかよくわからない表情になった。

 ほんの少しだけ可愛いと思ってしまう。


「ではご注文を繰り返しますね。『てりたまハンバーグ』がお一つ、ライスがお一つ、食後の『いちごパフェ』がお一つ、ドリンクバーがお一つ、『店長おすすめサンドウィッチ』がお一つでよろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です」


 ショックから立ち直れていないラタフィの代わりにヒロキが返事をする。


「ドリンクバーはあちらにございます。ごゆっくりどうぞー」


 にこやかな笑顔で、店員のお姉さんが立ち去っていった。

 さて、この店に入ったときからヒロキはあることを思っていた。


「いや、ファミレスすぎるでしょ。内装とかほぼガ◯トじゃん。異世界感ゼロじゃん。日本ですか、ここは!」


 残念ながら断じて日本ではない。

 ヒロキが一人でツッコミを入れている中、ラタフィはテーブルに突っ伏して何かをブツブツと言っているのだった。心ここに在らず。

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