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君と眺めた4色の空  作者: 緑月晨夜
第二章 紺碧の王国
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第16話 空の色

「おはようございまーす」


 店の裏口の方から聞こえてきた女声。

 開店時刻前に裏口から入ってくるような人間だという時点で、この店のスタッフだということは容易に想像がつく。

 それだけでなく、ヒロキにはその声には聞き覚えがあった。

 どことなく間延びした話し方、安心感を与える穏やかな声色。


「お、来たみたいだな」


 滝沢はそう一言だけ呟いた後、


「モウちゃーん、ちょっとこっち来てー」


 その女性にまで届くように大きい声でその名前を呼んだ。

 女性からの返事はなかったが、その代わりに大きなため息が聞こえてきたのは気のせいか。

 ちなみにマナミ以外の三人はその女性が誰なのか知っている、あるいはなんとなく察している状態である。

 マナミだけは彼女と一切の面識がないということである。

 少しも経たないうちにその女性は姿を見せた。


「何ですかーわざわざ呼び出して……って、これーどういう状況ですか」


 四人の前に現れたのは、ベージュ色のボブカットのゆるふわお姉さんであった。

 昨日、ヒロキとラタフィが世話になった女性店員である。迷惑をかけたと言う方がより正確かもしれない。

 一方、その女性店員、モウの目に映った光景はなかなかに異様なものに感じられた。

 焦げ茶頭の無精髭店長、この時間にいるはずのない痛々しい格好の常連客少女、そしてそれ以上によく分からない格好をした世にも珍しい黒髪の男女。


「おもしろサーカス団ですか?」

「違う」


 よくわからない単語を発したモウに対し、半ば食い気味にラタフィが否定の言葉をぶちこむ。

 あたかも何て言われるか分かっていたかのような反応速度だ。

 それにしても、この人のワードセンスも少しおかしいのかもしれない。


「まあ冗談ですけど、いくらなんでもペアルックってのはどうかと思いますけどねー」

「ペアルック?」

「ほら、そこの黒髪の子たち……」

「制服をペアルックって言うのやめて?」


 今度はヒロキがツッコむ。

 急なことだったためにタメ口になってしまった。


「それで? 何の用ですかー」


 ヒロキのツッコミを華麗にスルーしたモウは、滝沢店長に対して改めてその問を投げた。


「モウちゃん、何でそんな冷ややかなのよ」

「……それで、何の用ですか」


 続けて同じ言葉で気圧される滝沢。

 もはや店長としての威厳など皆無である。


「まったく、モウちゃんは怖いなぁ。いやね、この子たちの注文の品を用意してほしいなぁって」

「はいー? まだ開店前ですよね?」

「そうなんだけど、ちょっと訳ありでね。その分給料は加算しとくから頼むよ」

「まだ着替えてすらないですけど、そこまで言うなら分かりましたー。それでご注文は何ですかー?」


 こういうときに真っ先に口を開くのはやはりラタフィである。


「サンドウィッチね、サンドウィッチ」

「かしこまりましたー。ご注文ありがとうございます迷惑客」

「ん?」


 流れるように日頃の恨みをぶつけられたラタフィ。それがあまりにもナチュラルすぎて、自尊心の塊であるラタフィですら気づくのが遅れた。そして気づいたときには既にモウは厨房の方へと姿を消していた。


「あの女、常連客の僕に対して何という態度を……!」

「まあまあラタちゃん。モウちゃんって最近体調が優れなくてイライラしてるから、大目に見てあげて」

「そうなのか?」

「ああ。ここんところ上空の魔力均衡が不安定だから仕方ないかもね」


 滝沢の口から知らない単語が出てきた。

 この世界に来てから、もう何度知らない言葉を耳にしてきただろうか。

 なんとなくの文脈だけで適当に言葉の意味を推測し、軽く聞き流すこともできる。

 しかし、元の世界に帰る方法も分かっていない今、どんな些細な情報でも手に入れておいて損はないはずだ。


「上空の魔力均衡って何のことですか?」


 滝沢とラタフィの会話に、ヒロキが口を挟んだ。

 ラタフィはいつも通り、『そんなことも知らないのか』とでも言いたそうな目でヒロキを見るが、滝沢は親切にその問いに答えたのだった。


「えっとね、この世界には昔、アリアっていう女性がいてね」

「ああそれ、ラタフィから聴きました。四聖者とか四つの領域とか……」


 この世界はアリアの手によって真紅、紺碧、翡翠、琥珀の四つの領域に分けられていて、それぞれの領域に対応するように四聖者という者たちが存在する。

 昨日、バルナスの噴水で聴いたアリア神話(ラタフィ談)は確かこんな感じだった。


「それなら話は早いな。四聖者たちは各々の領域を守護しているんだが、その領域の上空には対応する色のオーラ的な何かが広がっているんだ」

「え?」


 オーラ的な何かとは。

 この上なくあやふやな表現であり、ヒロキはもちろん、言っている滝沢もよく分かってなさそうな顔をしている。


「簡単に言えば、真紅の領域の空は赤いし、翡翠の領域の空は緑色なのよ」

「へぇ。やっぱりこの世界って不思議ですね」


 もはや空の色が違うくらいで、ヒロキはいちいち大袈裟に驚いたりはしない。

 と、ここでマナミも話に参加してきたのだった。


「でも、この辺りの空は普通の青色でしたよ?」

「それはね、ここが紺碧の領域だからだよ。実際は青いオーラが膜みたいに上空にあるのよ」


 そして、解説役ポジションを滝沢に奪われつつあるラタフィが注釈を入れてきた。


「まあ、空の色が領域によって変わるって言っても、実際はどこでもほぼ青い空だよ。オーラなんてあまり目には見えないからね」

「なるほど……」


 マナミがそう呟いたところで、滝沢が話を元に戻す。


「それで、その四つの領域のオーラは常に世界の中心付近でせめぎ合ってるんだが、ここ最近はどうも紺碧のオーラが他の三つに押され気味らしくてな。何かトラブルがあってバルナスの力が弱まっているのか、それとも他の三聖者の力が強まったのか……」


 バルナスというのは、紺碧の領域を守護する聖者だ。

 上空のオーラを発生させているのは四聖者たちであり、そのオーラの庇護範囲のバランスは四聖者の力関係で変動するということらしい。


「まあ要するに、そのオーラのバランス関係、すなわち魔力均衡が崩れてるってことだね。モウちゃんの体調が悪いのはそれが原因。元の世界でも、低気圧で体調が悪くなる人とかいたっしょ? そんな感じよ」


 滝沢の説明が終わったとほぼ同時、一枚の大皿に載せられた大量のサンドウィッチが運ばれてきた。


「お待たせしましたー。サンドウィッチですー」


 モウはテーブルのど真ん中にその皿を置いた。


「なんかこの量にしては運ばれてくるの早くない?」

「毎朝サンドウィッチを食べに来る常連さんがいるので、サンドウィッチを作るのがめっちゃ速くなったんですよねー、私ー」

「そう言えばもうそろそろ開店時間か。準備しないとな」


 モウの言葉で思い出したかのように滝沢がそう言う。


「じゃあ私ー、入り口の鍵開けてきますねー」


 モウは本来の客の出入り口である木製のドアまで移動し、内側から鍵を開ける。

 ガチャッという解錠音がした直後に、勝手にドアが開き始めた。

 もちろん、モウが開けているわけではない。

 つまり、何者かが店の外から入ってこようとしているのである。


「え? そんな鍵開けてすぐに客来るの?」


 それはラタフィの発言だが、店内にいた全員の気持ちを代弁していると言ってもいい。

 さて、そんな薄気味悪いドア開けタイムアタック野郎の正体とは……。

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