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君と眺めた4色の空  作者: 緑月晨夜
第二章 紺碧の王国
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第15話 三番目の男

 四人用のテーブル席に座り、頬杖をついて窓の外を眺めるラタフィ。

 今日のラタフィはツインテールではなく、髪を下ろしている。

 世界はすっかりと朝を迎え、新しい一日が始まろうとしていた。


「あ、おはよう」


 一人で朝から黄昏れていたラタフィに声をかけたのは黒髪ロングの女子高生、高瀬真波である。


「えーと? 確かマナミっていったな。無事に目が覚めたようだな」

「うん。あの、隣に座ってもいいかな」

「あ、ああ」


 謙虚に許可を取ってから席に座るマナミ。

 ナイトメアによって眠ってしまう前に、少しだけラタフィの姿を確認する間があった。

 それ故にマナミは、この山吹色の髪をした少女もヒロキと同様に、自分を助けに来てくれたということを既になんとなく察していた。


「あの、昨日はありがとう。星屋君と一緒に助けに来てくれてたよね……?」

「気にするな。……それより、どんな夢を見たんだ?」

「え?」

「ナイトメアをあんなまともに喰らえば、否が応でも悪夢に苛まれることにことになる。マナミはどんな夢を見たんだ?」


 しばらくの間、沈黙が続いた。

 ラタフィは興味津々にマナミの顔を覗き込むが、マナミは到底話す気分にはなれなかった。


「ごめん、思い出すだけでも辛い……」

「そ、そんなになのか? 確かに起きたばかりだというのに疲れた顔をしているな……」

「うん……」

「うーむ、ヒロキは割とケロっとしてたから、悪夢と言っても大したものじゃないと思ってた」


 ラタフィの言うとおり、ヒロキが見た夢は悪夢と呼べるほどの悪夢ではなかった。

 過去に起きた現実での出来事を、八つ裂きなどという少々物騒な言葉で脚色演出したものにすぎない。

 嫌な夢であることに変わりはないが、マナミのように思い出したくないほどの夢ではないはずである。


「……」


 暗い話になったせいか、二人の間には気まずい空気が流れ始めていた。

 お互い、話すのは今回が初めてであるし、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。

 しかし、いつまでもそんな重い空気が続いたというわけでもなかった。


「お、みんな朝早いねぇ。ガールズトークでもしてたのかな? 俺も混ぜてくれさ」


 店の厨房側からヒョコッと出てきた滝沢が、強引に女子たちの会話に参加しようと試みたのだった。

 本当に気まずい空気を察して緩和しようとしたのか、単に女子たちと喋りたいだけなのか、彼の真意は謎であった。


「宏樹君だけいないってことは、起きてきた順番は俺が三番目かぁ」


 ぼそりと呟く滝沢。 

 話題に出てきたので、そろそろ彼の様子を見てみよう。




「——ッ!!」


 その頃ヒロキは声になっていないような声を上げていた。

 全身に痛みを伴った衝撃が走ったのだ。

 一体何が起きたのか。

 それを理解するまでにそこそこの秒数を要したのは、ヒロキの意識が完全には覚醒していなかったからだろう。

 端的に言えば、寝起きだからである。


「いっつつ……あぁ、ソファから落ちたのか……」


 時は昨日の夜まで遡る。

 滝沢という同郷者との邂逅を果たしてから、それほどの時間も空けずにヒロキたちは眠りについた。

 というのも、疲弊しきっている様子のヒロキやラタフィ、何なら既におねんね状態のマナミを見兼ねた滝沢から「今日はもう寝とけ。寝場所は用意してやっから」との提案があったのだ。

 滝沢の店は二階建てで、一階は店、二階は居住というようにその用途を使い分けている。

 言うまでもなくヒロキたちはその二階で寝ることになったのだが、ベッドを女子二人、ロングソファをヒロキに譲り、滝沢自身は床で寝ていた。

 そんなこんなで時は経ち、ヒロキがソファから落下した現在に至るというわけだ。


「皆ももう起きたのか……?」


 少なくとも、近くで寝ていた滝沢の姿は消えている。

 ベッドルームの方も確認しに行ってもよかったが、流石に女子の寝様を覗くのは気が引けたため、ヒロキはとりあえず一階に降りることにした。

 スタスタと階段を降りてくると、何やら楽しげな話し声が聞こえてきた。

 その声に誘われるように廊下を左に曲がり、厨房を抜けるとそこはやはりファミレスのような空間。

 四人用のテーブル席に滝沢、ラタフィ、マナミが座って談笑しているようだった。


「お! 起きてきたな。ほれ、ここ座んなはれ」


 ヒロキの存在に真っ先に気づいた滝沢が、自身の隣の席をポンポンと叩く。


「は、はい」


 ヒロキは言われるがままにその四人席のラスト一席に座った。

 店はまだ開店前のため、フロアにはこの四人の他に誰もいない。


「にしても、宏樹君が四番目だぜ。そんなんじゃ毒物になっちまうよ?」

「はあ……」

「あれ? 俺なりのジョークだったんだけど通じなかった?」

「よくわからなかったです。何で毒物なんですか」

「いやほら、四番目だけに(4)んじゃうってな! ハハハ!」

「説明聞いてもよくわからないです」

「おおぅ。……お兄さん、ちょっと複雑な気持ち」


「どこからどう見てもおっさんだろ」と小声で漏らしたラタフィを睨みつける滝沢だったが、今はヒロキにとってそんなことはどうでもいい。


「高瀬さんの目が覚めたみたいで良かった……」

「星屋君……」


 この世界に来てからというもの、ずっとマナミを追い続けていたヒロキからしたら、彼女が無事に戻ってきてくれただけで嬉しいのだ。


「へぇ、お熱いねぇお二人さん。青春って感じ? いいなぁ、お兄さんも高校生に戻って恋愛してぇ」

「そ、そんなんじゃないですよ……!」


 茶化す滝沢に対してすかさず反論するマナミ。ヒロキはというと、滝沢の発言に案外まんざらでもなさそうにしている。

 そんな中、店内に大きな咳払いが響いた。


「どったよラタちゃん、痰でも絡んでるのか?」

「フン、おっさんは黙ってるといい。それよりヒロキ、朝食を摂らないか? 昨日の昼から何も食べていないだろう。それにマナミも空腹のはずだ。そうだろマナミ?」

「え、あ、うん。確かにお腹は空いてる、かも……」


 ラタフィに圧倒されてイエスとしか言えないマナミ。


「でも朝食なんてどうやって……?」

「ヒロキ、昨日もこの店に来たんだから分かるだろう? 注文すればいいだけさ」


 そう言ってテーブルの端に設置されているメニューをヒロキに手渡し、


「メニューが二冊しかないから、マナミは僕と一緒に見よう」


 自分もテーブルの上にメニューを思いっきり広げたのであった。

 その隣のマナミはというと困惑している。確かに空腹を感じてはいるが、お金を持ち合わせているわけではない。

 言ってしまえば、昨日のヒロキと全く同じ状況である。

 さらには、視線をラタフィが開いているメニューの方に向けてみたが、そこに載っている文字はどれも日本語ではない。というより、そもそも見たこともない言語の羅列である。


「困った顔してるねぇ真波ちゃん。お金だとか何だとか細かいこと気にしなくていいよ。飯くらい無料(タダ)で食わせてやるって」

「え?」

「俺ねぇ、実はかなり稼いでるのよ。この店だってお金目的でやってるわけじゃないし。だから遠慮なんかせず好きな物注文してくんな、同郷者(お客)さんたち?」


 滝沢がここまでヒロキたちに良くしてくれるのは、異世界転移者の先輩として面倒を見てあげたいからかもしれない。

 ヒロキもマナミもやはり困惑気味だが、店長がそう言ってくれているのならお言葉に甘えようという結論に至った。

 確かにタダ飯にがっつくのはどうかと思うが、元の世界に帰る前に餓死でもしてたら元も子もない。


「僕はもう決まったぞ。この『店長おすすめサンドウィッチ』でよろしく」

「あいよ」


 一番乗りで注文するラタフィ。昨日ヒロキが食べていたものと同じメニューである。


「ほら、僕はもういいからマナミ一人で見なよ」


 二人で一緒に見るという形をとっていたメニューを、マナミの方に譲る。

 しかし、メニューを譲ってもらったのはいいものの、やはりマナミには文字が読めない。


「あの、字が読めないんですけど……」

「意識を集中させてみると案外読めるよ」


 昨日そうやって文字の解読に成功したヒロキがアドバイスを出す。

 意識を集中させると、書かれている文字の意味が何故か頭に浮かんでくるのだ。

 ヒロキに言われたとおりに意識の集中を試みるマナミ。眉間にしわを寄せたりしてしばらくの間メニューとにらめっこしてみたが、一向に読める気はしなかった。


「やっぱり読めないよ?」

「あれ、おかしいな。俺は読めたんだけど……」

「逆に宏樹君は本当に読めるん? 俺なんか結構頑張って勉強してやっと読めるようになったんだけど?」


 疑問を呈してきた滝沢に対して、ヒロキは素直に答える。


「はい。まあ、読めると言うよりは自然と頭に浮かんでくるような感じなんですけどね」

「へぇ、そうなんだ」


「おはようございまーす」


 滝沢が相槌を打った刹那、今度はラタフィの咳払いではなく誰かの挨拶が聞こえた。

 店の裏口から聞こえてきたその声の方に意識が向かって誰も気づくことはなかったが、滝沢は一人、したり顔で口角を上げていた。

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