第14話 女騎士の苦難
シアン率いる第四部隊と、謎多き傭兵二人の戦いが繰り広げられた翌日。
王宮では、とある騎士の男が紺碧国王のもとへ報告に参上していた。
「本日も王宮近辺に目立った異常はございませんでした」
「そうか。報告ご苦労。……それにしても、遅いな」
国王は騎士を労ったかと思えば、その後に一言だけ不愉快そうに呟いた。
「お、王よ。お言葉ですが、私は定刻通りにご報告に参ったつもりなのですが……」
「いや、お前のことではない。第四部隊隊長の方だ。アイツはいつになったら黒髪の女を連れてくるのだ」
「ああ、シアンですか。確かにしばらく姿を見ていないですね」
そんな会話を遮るように、扉を数回ノックする音が部屋に響いた。
「第四部隊隊長シアン・ライトリア、ただいまご報告に参りました」
「フン、噂をすればというやつか」
ゆっくりと扉が開けられ、水色髪の女騎士がツカツカと中に入ってくる。
そして彼女は、報告に来ていたもう一人の騎士の存在に気がついた。
「これは、第二部隊隊長のニール殿。奇遇ですね」
「あ、ああ」
シアンに声をかけられたニールは国王の方へと向き直ると、
「では、シアンも来たようですし、私はこれで失礼いたします」
一礼してから退室していった。
国王はそれを確認すると、シアンに当然の問いを投げかける。
「随分と任務に手こずったようだが、黒髪の女は連れてきたのだろうな?」
「……も、申し訳ございません。未だ捕獲には至っておりません」
国王の眉間にシワが寄る。
あからさまに不機嫌になっている。
「では、何の報告をしに我の前に現れた」
「じ、実は、とある傭兵のことについてなのですが……」
「傭兵だと? 傭兵がどうしたというのだ」
「はい、ファイという銀髪の男と、テオという眼鏡の男です。この二人に我々の任務を妨害され、あと一歩のところで黒髪の少女を取り逃がしてしまいました」
シアンは保身に走っている。
黒髪の少女を連れて来られなかったのは自分のせいではなく、あくまで傭兵に邪魔をされたのが原因だと主張しているのだ。
これは事実ではあるが、ほぼほぼ言い訳でもある。
悪事を働いて親に叱られているときの幼い子供と、やっていることに大した違いは無い。
「ほう。お前は傭兵ごときにさえ力が及ばないということか」
「い、いえ。……それでその傭兵、特にファイの方が一般人とは思えない異常な強さでして、我が第四部隊の……」
「黙れ! ……貴様がどうしようもない雑魚だということはもう充分に分かった。自身の失態は御託ではなく実績で取り戻せ!」
シアンの言い訳のような主張は、国王の大声によって遮られた。
「も、申し訳ございません!」
国王に怒鳴られては、シアンには何も返す言葉がない。
ただただ頭を垂れて謝罪するしかないのだ。
「分かったのなら早く出ていけ! そして一刻も早く黒髪の女を連れてこい! 第三部隊隊長のようにクビになりたくなかったらな!!」
「は、はい……!! し、失礼します!」
半ば逃げるように退室したシアン。
任務の失敗で国王に怒鳴られようが、傷心している暇はない。
あまりに国王を待たせすぎると、自分の首が飛びかねないのだ。
「それにしても、『第三部隊隊長』か……」
王宮の廊下をトボトボと歩きながら、小さく言葉を漏らすシアン。
第三部隊隊長の話は、シアンたち紺碧騎士団の間では有名な話だ。
かつて、第三部隊隊長はかなりの戦闘能力の持ち主であり、主に王都近郊の魔物狩りを任されていたという。
その腕前で次々と手柄を挙げ、国王や部下からの信頼も厚かった。
しかし数年前のある日、突如として国王はその第三部隊隊長に解雇処分を下した。
なぜ国王がそのような行動に出たのかは未だハッキリとしない。国王も深くはこの件について語ろうとしないため、一介の騎士にはその理由など知る由もないのだ。
「とにかく、早くクロシアに戻ってあの傭兵たちを捜さなければ。もしかしたら黒髪の少女と共に、ヒロキさんやラタフィさんまで人質に取られた可能性もありますし……」
騎士に憧れていると言っていたヒロキ。わざわざ魔力を供給してくれたラタフィ。
そんな二人にまんまと利用されたとは夢にも思っていないシアン。
ちなみにクロシアとは、今ヒロキたちがいる街の名前である。
「よっ、なんか思い詰めた顔してるなぁ、シアン」
ブツブツ呟いていたシアンに声がかけられた。
先程顔を合わせた、第二部隊隊長のニールである。
「ニール殿……」
「見た感じ、任務が上手くいってなくて王に大目玉食らったってところかな?」
「はい……。このままだと第三部隊隊長のように解雇するとまで言われてしまいました」
「第三部隊隊長……? ああ、昔いたね、そんな奴。アイツ、今頃何してるんだろうなぁ。案外、傭兵稼業でもやってたりしてな。やたらと強かったし」
ニールは第三部隊隊長のことを懐かしんでいるが、シアンはそうでもない。
シアンが入団したときには、既にその第三部隊隊長は解雇されていたからだ。
つまり、騎士歴が他の騎士隊長たちより浅いシアンは、第三部隊隊長の顔すら知らないのだ。
「にしても大変だねぇ。今回の任務に首がかかってるなんて……」
「は、はい」
物憂げな表情で返事をするシアン。
その様子を見たニールは口角を上げて破顔し、今まで隠していたドス黒い本性を露わにした。
「ハッハッハ、ザマアみやがれ!!」
「え?」
「俺さ、前からお前のこと大っ嫌いだったから、正直今お前が窮地に立たされてるのが面白くてしょうがねえのよ」
「ど、どうして……」
「『どうして』ダァ? 俺は過酷な訓練を何年も積んできてようやく今の第二部隊隊長という地位を得たんだ。それなのにバルナス様への信仰心が強いってだけで、お前みたいな若い女が簡単に隊長になりやがって! だったら俺もバルナス様バルナス様って馬鹿みたいに言ってれば良かったぜ!!」
「……」
シアンは無言のまま俯いている。
「それによぉ、傭兵に負けたんだって? 超ウケるわ」
「な、なぜそれを」
ファイたち傭兵との一戦のことは国王にしか報告していない。
それを知っているということは、考えられる答えはただ一つ。
「扉の前で盗み聞きしてたんだよ。そしたらお前、めっちゃ怒鳴られててクッソ面白かったわ」
ニールは最初からシアンを馬鹿にするために話しかけてきたのだ。
「ま、クビになんないようにみっともなく足掻きなよ? それを見て俺がたっぷりと嘲笑ってやるからよぉ! ハハハハハハ!!」
「クッ……」
「あ、良いこと思いついた。俺がお前より先に黒髪の女を捕らえてやるよ。確かクロシアにいるんだっけか?」
「ニ、ニール殿には王都の警備という任務がお有りでしょう?」
「フン、そんなもの部下に任せておけばいい。俺は一人でクロシアに行ってくるさ。じゃ、せいぜい頑張れよ! この俺に先を越されないようになぁ!!」
そう言って、ニールはシアンのもとから足早に去っていった。
ニールに黒髪の少女を横取りされた場合、いよいよシアンの立つ瀬がない。
「私も急がないと……」
とはいえ、部下たちのほとんどは昨晩の戦いで魔力を消耗して今日は動けそうにもないため、昨日のように大人数での捜索もできない。
廊下で一人頭を悩ますシアンだったが、そんな彼女に再び声がかけられた。
しかし、今度はニールではない。また別の男だ。
「僕が力を貸そうかい? しばらくこれといった任務はないし、見ていて君があまりにも不憫だ」
「あ、貴方は……!」
シアンはその人物からの協力の申し出に驚きを隠せない。
「すまない、君たちの会話が聞こえてしまったものだから。それとも、僕だけじゃ不満かな?」
「い、いえ、滅相もございません! ご助力感謝いたします!」
絶望のどん底にいたシアンに、一筋の希望の光が差し込んだのだった。
「ま、僕もちょっとクロシアに用があるんだけどね……」
「ん? 何か言いましたか?」
「いや何でもないよ。……それより早く支度をしよう、シアン」