第13話 新たな出会い
シアンは苦戦を強いられていた。
魔力も回復した今、所詮は一般人である傭兵など簡単に制圧できるとたかを括っていたが、実際は防戦一方。
ファイの剣撃は明らかに常人のソレではなく、その動きを捉えるだけで精一杯なのだ。
故に、中々反撃に転ずることが出来ない。
そんなときである。マナミに駆け寄っていくヒロキとラタフィに気が付いたのは。
「あ、あの子達、一体何を」
だが、その一瞬の気の緩みは命取りだった。
「余所見とは、俺も舐められたものだな」
「……!!」
シアンは、ファイにとって充分すぎる隙を与えてしまった。
そうとは知らないヒロキとラタフィの二人は、マナミの元に辿り着いていた。
『ナイトメア』を間近で食らってしまったマナミは、地面に倒れて眠っている。
悪夢に魘されているようだが、身体に目立った外傷は無い。
「なるほど、そういうことですか……」
マナミの側に座っていたテオがゆっくりと立ち上がる。
一人で何かを納得した様子のテオは、自嘲を含んだ笑みを見せた。
「こんなことなら、もう少し魔力を残しておくべきでした」
「後悔するのは勝手だけど、どのみちアンタはもう何も出来まい。大人しくその子を僕達に渡しな」
テオは眼鏡の位置を指で直すと、
「それは無理な相談と言うものです……!」
「危ない!」
懐から取り出した小刀を二人目掛けて振り抜いた。
ヒロキが咄嗟に右隣に立っていたラタフィの右肩に腕を回し、そのまま思いっきり後ろに倒れ込んだことで、何とか回避できた。
尻餅をつく形になった二人だが、ヒロキはすぐに立ち上がり、
「だ、大丈夫かラタフィ」
「あ、ああ。スマン、助かった」
ラタフィに手を差し伸べた。
ヒロキの手を取り、ラタフィも立ち上がる。
「フン、ファイさんの為に絶対にこの少女は渡しません!」
小刀の切っ先をヒロキ達に向けるテオ。
「そっちがその気なら僕も本気になるけど?」
右の掌から蒼い炎を生成し、相手を威嚇するラタフィ。
まさに一触即発といった状況である。
「さあ、来るといい! 最期まで抗ってみせる!」
「その必要は無い」
不意に放たれた台詞が、テオとラタフィの張り詰めた空気を緩和させた。
その声の主は、
「ファイさん!」
シアンと戦っていたはずのファイであった。
テオがファイの名を口にするが、幾ばくかの安堵によるものだろう。
「シアンはもう良いんですか?」
「ああ、意識を刈り取った。暫くは目を覚まさないだろう」
ファイ愛用の長刀は、既に彼の背中に納められていた。
「『その必要は無い』ってどういう意味さ?」
「そのままの意味だ。ここで我々が争う理由は何一つ無い。この黒髪の少女はお前達に引き渡そう」
「「「え?」」」
ヒロキとラタフィ、そしてテオまでもがハモった。
「ファ、ファイさん? どうしてです……? あんなに黒髪の少女を捜し回っていたじゃないですか!?」
「悪いなテオ。俺が捜しているのはアリアだ。そして、ここに寝ている少女はアリアではない。お前の『ナイトメア』ごときアリアなら容易くレジスト出来るし、出来なかったとしてもこんなに長く眠っているわけないからな」
ファイの説明に呆気に取られているテオ。
自分は何の為にここまで戦ってきたんだろう、と少しだけ思う。
だからと言ってファイへの忠義が緩んだわけではないが。
「そう言えば、少年に一つ訊いておきたいことがあった」
「お、俺に?」
「お前にかけておいた位置特定魔法、解いたのはお前か?」
不意にファイがそんな質問をヒロキに投げかけてきた。
しかし、それに答えたのはヒロキではなかった。
「ああ、あの幼稚な魔法の犯人はアンタだったんだ。残念ながら解いたのはヒロキじゃなく、この僕さ!」
ラタフィがいつも通り大仰な態度で答えたのだった。
「フ、やはりお前の方だったか。かなりの魔力を有している様だったが?」
「当たり前さ! 何たって僕はカスティールの末裔だからな!!」
「……」
ラタフィの台詞を聞いたファイの態度が急に硬化した。
元々柔らかくもないが、それが更なる冷酷さを纏ったような感じである。
「カスティール、か。——フン、いつか必ず……」
静かに拳を握りしめるファイ。
が、すぐに平静を取り戻すと、
「そろそろ俺達は行くとしよう」
「わ、分かりました」
テオを後ろに引き連れて立ち去っていった。
その様子を見届けたヒロキは、ふと辺りに視線を向けてみる。
周りには未だに騎士達が倒れたままだが、今はそんなことよりも。
「良かった……。高瀬さんが無事で……」
マナミを奪還できたことの安堵と喜びが何よりも勝っていた。
「にしても、傷一つなくて本当に良かった……」
「フ、傷がないのは僕のお陰だぞ?」
「え?」
「僕がこの子の周りに障壁を作ってたからね。本当なら攻撃魔法でガンガン奴らを攻めたかったけどヒロキの友人の為だ、今回はサポートに徹したよ」
「ラタフィ……。何から何まで本当にありがとう」
ヒロキは終始、ラタフィに頼りっぱなしだった訳だから彼女に頭が上がらない。
「それよりヒロキ、今は取り敢えずここを離れよう」
「そ、そうだな。騎士に目を覚まされても面倒だし」
「じゃあ、僕についてきてくれ」
「お、おう」
ヒロキは未だに眠ったままのマナミを背負うと、ウェストゲートの方へ戻っていくラタフィの背中を追った。
と、簡単に言うが、今のヒロキは同級生の女子に触れまくっている。
年相応の男子らしく、そういったことを少なからず気にしてしまうヒロキ。
とは言え、ずっと頑張ってくれてたラタフィにマナミを運んでもらうわけにもいかないし、今回のコレは致し方ないのである。
「だから高瀬さん、後でセクハラとかって言わないでください」
「何を一人でブツブツ言ってるのさ? あ、ホラ、大噴水が見えてきたぞ」
大噴水が見えてきたということは、二人は既にセントラルエリアまで戻ってきたということである。
そのまま夜の街を歩き続ける二人だったが、暫くしてヒロキはこれまた見覚えのある建物に気が付いた。
「はい到着」
「ここって、昼食を食べたお店じゃ……?」
「そうさ。でも今回は裏口から入る」
ラタフィはそう言うと、建物の横側に回り込んでいった。
仕方なくヒロキも後に続く。
「ほら、この扉から入るんだ」
その扉には何か文字が書かれていたため、メニューのときと同じく、一応ヒロキはソレに意識を集中させてみる。
「って、『関係者以外立入禁止』って書いてあるけど!?」
「大丈夫だって」
ラタフィが扉を開けて中に入っていく。
これまた仕方なく後に続く。
「お、ラタちゃんじゃん。どったのよ、こんな時間に」
中に居たのは、無精髭を生やした暗い茶髪の男だった。
第一印象で言えば、ファイなんかと比べたら断然この人の方が物腰が柔らかそうである。
「ま、色々あってさ」
「へぇ。……それより、その子たちは何よ? 制服姿ってのを見るに、"向こうの世界"から来たみたいだけど」
「え?」
この男は一体何者なんだ?
『向こうの世界』とかって言ってるってことは、異世界転移のことを知っているのか?
まさか、こっちの世界にソレを認知している人間が居るとは。
しかし、この人はヒロキやマナミの格好を見て『制服姿』だと言った。
ラタフィはヒロキの制服を『周りから浮きまくってる格好』などと言っていたが、それはこの世界に学校の制服というものが存在しないからなのだろう。
ということはまさかこの人は……!
「何か少年君に怪しまれてる気がするんだけど。……まあいいや。俺は滝沢恭輔。よろしくな、同郷者!」
バリッバリの日本人でした。