第10話 騎士と共に
騎士の男の後ろを追いかける形で走っているシアン、ヒロキ、ラタフィ。
ヒロキの横を走るラタフィが、彼のブレザーの裾を引っ張る。
「ちょっと、ヒロキ」
「何?」
小声で耳打ちしてきたラタフィに合わせるように、ヒロキも小声で返す。
「どうしてそこの騎士に事実を隠す必要があったのさ? 事情を話しておいた方が楽だろうに」
「ああそれか。——いや、なんか、騎士が人捜しっておかしいと思って」
ヒロキにその違和感をもたらした要因は、シアンの発言と、ラタフィから得たこの世界や街に関する知識である。
シアンは自身のことを、国王直属の騎士だと自称した。
国王直属ということは、国王の命令で動いている人間ということである。
国王が、戦うために武装した騎士団に人探しなんて的外れな任務を与えるだろうか。
与えていたとしても、黒髪の少女を捜して何になると言うのか。
考えれば考えるほど不可解な点の枚挙にいとまがない。
「まあ確かに騎士が人捜しの任務ってのは僕もあまり聞かないな。傭兵ならまだしも」
「……なあ、このシアンって人、本当に騎士なのか? 素性を偽ってるとかない?」
「いや、装備品とかはちゃんと騎士団のものだし、流石にそれは無いと思うけどな……」
後ろからヒロキとラタフィが何かをコソコソと話しているような声が聞こえてくるが、シアンはそれを気にも留めなかった。
黒髪の少女が見つかったとの報告があった故に、今のシアンの関心はそちらにしか向いていない。
その証拠に、先頭を走る部下の騎士に先程の報告の続きを促していた。
それほどシアンにとっては重要なことなのである。
「それで、黒髪の少女はどこにいる?」
「ウェストゲートを抜けてすぐです」
「ということは街の外にいるのか」
「はい。——それと、傭兵と思われる二人の男が少女に同行しています。男たちの目的は不明です」
「そうか。報告ご苦労」
ヒロキとラタフィは騎士二人のやり取りを後ろで聞いていた。
ちなみにヒロキの当初の目的地であった傭兵団本部はイーストエリアにあるため、ウェストゲートに向かっているということは方角的には真逆に足を運んでいる。
そのまま走って数分後、ウェストゲートに人だかりが出来ており、ヒロキたち四人は足を止めざるを得ないという状況に陥った。
どうやらウェストゲートが封鎖されていて、街の人たちも足止めを食らっているようである。
「おい、早く門を開けろよ! 依頼された魔物狩りが出来ねえだろうが!!」
「私も、王都に行かないといけないんですけど……」
群集の中から怒号や不満の声が聞こえてくる。
シアンの部下の騎士は、そんな群集の中の合間を縫うように進んだ。
シアン、ヒロキ、ラタフィの順でその後に続く。
「すみません、少し通してください」
身を低くしながら群集の中を抜け切り、ウェストゲートの手前まで到達した。
そこでゲートの封鎖を指揮していたのは、騎士の格好をした男だった。
彼もまたシアンの部下なのだろう。
群集の中を通り抜けてきたシアンを見つけると、
「シアン隊長! 御足労いただきありがとうございます」
見事な敬礼をしてみせた。
「任務遂行の為なら当然のことだ。そんなことより、これはどういうことだ。何故ゲートを封鎖している」
「……今現在、ゲートの外では我々騎士団が二人の傭兵に対して黒髪の少女を引き渡すように話を持ちかけている段階です。相手側によっては戦闘に発展する可能性もありますので、街の人々の安全を第一に考え、このゲートを封鎖した次第です」
「まあ、少女の身柄を引き渡さないようならこちらから剣を向けるまでだがな」
そのシアンの言葉を聞いたヒロキは確信した。
黒髪の少女、つまりはマナミをこの騎士団の手に渡らせてはいけないと。
何故マナミが傭兵や騎士団に狙われているのかは分からないが、少なからず騎士団は力ずくでもマナミを手に入れたいということである。
例え傭兵からマナミを明け渡してもらえたとしても、そのまま強引に連れて帰ろうものなら、ヒロキとて容赦なくシアンに剣を向けられるだろう。
無論そうなれば戦ったところで勝ち目など微塵もない。命だけを無駄に捨てることになる。
となれば最悪、マナミを助け出すには二人の傭兵とやらをどうにかした上で、この騎士団連中を出し抜く必要がある。
ヒロキは必死に考えを巡らせた。
「ところで、そこの少年少女は……?」
「騎士の仕事を見学したいと言われてな。それより、私自らがその傭兵らに話をつけに行こう。お前達は引き続き、民衆達がゲートを通らぬようにここで抑えていてくれ」
「「はっ!!」」
シアンに指示を出された部下二人は敬礼し、ゲートの前に並んだ。
飛んでくる怒号を必死に宥めるのである。
「というわけで私はゲートの外に行ってきます。戦闘の可能性もあって危険ですので、あなた方はここで待っていてください。まあ戦いも騎士の仕事ではありますが、見学させられず申し訳ないです」
シアンはヒロキとラタフィにそう告げると、ゲートの外へと歩みを進めた。
しかし、ヒロキはそれを良しとはしなかった。
「俺たちも連れて行ってください! 騎士の方が戦うところ、間近で見てみたいんです!」
自分たちも連れて行ってもらえるよう、シアンに懇願したのである。
「そうは言っても戦闘になれば本当に危険なんです」
「で、でも……!」
「お願いします。分かってください」
ここでゲートの外に出られなければ、マナミは確実に傭兵二人と騎士団のどちらかに連れて行かれてしまう。
何としてもシアンに同行しなければならないが、このままでは押し切られてしまう。
そんな局面で、
「僕は魔法のエキスパート、自分の身は自分で守れるさ。なあヒロキ、君もそうだろう?」
ヒロキの意図を汲み取ったラタフィが助け舟を出した。
「あ、ああ! ……そ、そうですよシアンさん! 俺も騎士に憧れてる人間です。護身術くらい心得てます! だから大丈夫です!」
ヒロキのそれは完全に出まかせである。
「し、しかし……」
未だに許可を渋るシアンに痺れを切らしたラタフィが更に口を挟む。
「あのさ、危険危険って言うけど、あんたが黒髪の少女とやらを引き渡すようにちゃんと傭兵を説得すれば、戦闘になんかならないだろ? それとも、よっぽど説得に自信が無いのかい?」
「そ、そんなことは……」
たじろぐシアンを見たヒロキが、ここぞとばかりに攻める。
「シアンさん! お願いします……!」
深々と頭を下げたのだ。
これで駄目なら土下座をしてもいい。
少しばかりの間が空いた後、シアンが半ば呆れながら口を開いた。
「……分かりました。同行を許可します」
「……! ありがとうございます!」
「ですが、万が一戦闘に発展したときには十分に気をつけてください」
「は、はい!」
何とかシアンを説得することに成功し、ゲートの外に出ることが出来たヒロキとラタフィ。
ゲートを抜けた先には平原が広がっており、少し先にはぼんやりと複数の人影が確認できた。恐らく件の騎士団と傭兵二人、そしてマナミだろう。
何故『ぼんやりと』しか見えなかったかと訊かれれば、ヒロキの視力があまり良くないからである。
メガネやコンタクトをするほどの視力の悪さではないが、少し遠くのものはぼやけて見えてしまう。
「少し走りますよ」
「はい!」
シアンの声に合わせ、足の動かす速度を上げる。
数秒も走ると、先程までぼんやりだった人影がはっきりと見えるようになった。
そこに居たのは——。