1-3 異世界の体はチートだった
朝が来た。
どれ程寝てたのか判らないが穴の外は日が差し込んでいた。
そう穴の外だ。
俺は異世界に転移した。ゴブリンの姿でだ…
「グァ…ガァウ…」
声を出してみてもグギャグギャ言うだけ、夢ではなく現実にゴブリンになってしまった。
すみません神様に会って何か依頼や説明を受けた覚えがないのですが、今からでもどなたか事情説明に来てくれませんか?
チートなし説明なし意味なしの3重苦に止めのゴブリン…
「グギャガゴァラッ!ガグギャガァァァッ!(責任者!出て来いゴラァ!)」
寝起きに穴の中で叫んだら思いの外響いて耳が痛かった…
さて、体の異臭だが爽やかな木とヨモギもどきの匂いしか感じない所をみるに
どうやら洗浄するだけで問題はないようだ。あの異臭が種族特性のものだったらすぐさま何処か遠くの山か離島にでも向かう必要があったが、幸い問題はないようだ。
食と住に多少の問題は抱えつつも生存可能な最低限は確保できたわけだ。あとは衣、着るものだが…
これはまぁ、冬のような寒冷気候に遭遇する前に解決を目指すとして、喫緊問題にはならないかな?
それよりも保身の為に身体能力と周辺環境の確認だな。
昨日動転しててあまり問題視していなかったが、久しぶりに全力疾走したがあまり息切れしなかった気がする。それに速くなってなかったか?
身体能力に変化があったとしても、最弱種のゴブリン以下だった以前の自分の能力が悲しい。
いや、もしかしたらゴブリンという種への認識が間違ってたのかもしれない。
最弱種というのはあくまで前の世界のゲーム基準だ。だがここは現実で異世界だ。
俺達の世界の空想の理屈が通じるとは限らない。よくある話だとスライムだな。
前の世界でのラノベでたまに見かけてた設定にもあったな、ゲーム知識でスライムが弱いと侮っていたが、窒息や溶解能力に加え個体能力の差異が多く進化次第では脅威となるといった設定。
もしかしたら同じ事がゴブリンにもあるのかもしれない…
あるといいなぁ…
あってください…
気を取り直して軽く運動してみよう。
稼動域などを見るためにもラジオ体操で良いかと軽く動いてみる。
結果やはり人間の体と大きな差異はない、むしろ嘗ての運動不足からくる軽度の肥満体だった頃に比べて動きやすかった気すらした。しかし、本当に気がした程度だったろうか?
屈伸運動などは深くしゃがめたし前屈もかなり体が柔らかかった。身体能力としての違いはまだ判らないが、それでも前より動きが良いし
俺の思い通りに体が動く気がした。
次に身体能力の確認だ。
前に読んだ漫画に中国の拳法『八極拳』の漫画がある。近代で伝説として語られる最強の拳士『李 書文』生涯無敗を誇り後年は全ての敵を一撃で葬った事から、
二打不要《ワンパンでおk》の称号を得た人だ。
一説では一撃で目鼻口耳の7つの穴から血を吹き出させて相手を死なせた『七孔墳血』
あるいは頭を叩いたら首から頭が体にめり込んだ等怪力無双だ。
気性は荒く気難しい人だったそうだが、男としてその強さはあこがれるものだった。
もし、今この体が俺の想像したとおりに動けるというならば、その最強の拳士と同じ事が、八極拳の奥義のひとつ『寸頸』が出来るかもしれない。
ゼロ距離から密着した拳が爆発的な衝撃を与える技術で、先の七孔墳血等はその技術を使ったものだと思う。体術の奥義無拍子と合わせたら敵無しの最強セットだ。
相手に隙なく急接近、その後必殺の一撃とかまるで武術の達人のような流れだ。
よし、手頃な物はっと…うんさっきまで居た穴のある木で良いか。
左足を軽く前に右足を引く、右手は腰だめに構え左手を突き出す。
ゆっくりと深い呼吸を繰り返し腰を軽く落し構える。
目を閉じて呼吸の度に自分の体の力がへそのした辺りに集まるのをイメージ
「スゥー…、フューゥ…」
何度か静かに呼吸を繰り返し、器が高まるのをイメージ。
十分高まったと感じた瞬間、今までの大きなエネルギーを引きずるようにゆっくりと右足を前に送る。
同時に体を前に進め真っ直ぐ右手を突き出す。
右足が地面につく、右手が木に触れる。
「ッシ!!」
瞬間全ての力を吐き出すように腹のそこから息を吐き出すと同時に右足へ体重をかけ、右拳を強く握り力を木へとねじ込むイメージを思い浮かべる。
ズドガンッという重く大きな音が周囲に響いた。
「クガァ…」
何が起きたのか俺が聞きたいわ…
出来たらすごくね?ぐらいの冗談に近い感じではあったし、結構真剣に先の寸頸のイメージを実行してみた訳だが、結果は予想通りのような予想外のようなものになった。
ズンッという音は俺の右足が地面を打ちつけてクレーターを作った音だ。
ドガンッという音は撃ち付けられた木がそこを中心に罅割れた音だ。
寸頸を試した結果、俺は寝床にしてた幹周り10M程の大木を縦に割ってしまった。
いやいやいやいやいや、無理無理無理無理、ないないないないない!!
素人が知識なくイメージしただけの寸頸だよ?
それを木を割るとか。しかも縦に割るとか!?
ないわぁ…有り得ないわぁ…やっておいてドン引きですわぁ…
しかしこれでハッキリした。
神様にあっても居ない俺が転移した結果、ゴブリンになって肉体チートを手にしたんだと。
その後開き直った俺は思いつく限りの武術を試した。
鉄山靠…背中を相手に向けて打ち付ける技
通背拳…腕をしなやかに振り衝撃を打ち付ける技
崩拳…形意拳のひとつ。半歩の動きで敵に打撃を加える。
虎形拳…掌打技のひとつ。突き出した掌底でうちつける
等など、結構な技を試した。それこそ実在する武術から空想漫画武術まで、しかしそのほぼ全てが実践できた。出来なかった物は小説やアニメの物が多かった。
結果からみるとどうやら『既知か補足可能な技術を用いた体術』は実践可能なようだ。
チート無しと思っていたがこれはすごいチートだぞ!
近接格闘や場合によっては体捌き、『推手』を利用した遠隔物理攻撃への対応が可能になったわけだ。
これを突き詰めていけば討伐しに来た人間からも逃げおおせる可能性が出てきた。
いや、もし野党に襲われる人を助けることが出来れば、御礼に俺の存在を認めてもらえるかもしれない!
嫌悪されるゴブリンと言う体は討伐対象とばかり考えていたが、場合によっては人間社会での共存が可能になるかもしれない!
希望の可能性に打ち震える俺はこの日からずっと他の技を練習し続けた。
そして日が暮れる頃になってようやく思い出したのだ。
寝床を破壊したので新しい寝床を探す必要がある事に。
はい、適当ご都合主義なチートですね。知識チートよりは使い勝手がいいので飛びつきました。
チートは使いたくなかったのですが、今の拙作では使用せずに展開が難しいと判断し登場させました。
最後の抵抗としてある程度この設定に対しての言い訳もありますので、それまでお付き合い頂ければと思います。