第七話『ギルドに入ろう①』
ロゼの背中で空の旅を満喫し始めてから、そろそろ一時間程が経過しようとしていた。
彼女は変わらずかなりのスピードで飛行するが、徐々に高度を落として雲の中から出る。
『……見えたぞ、『ベール』の街だ』
そう言われて、俺も恐る恐る下を見る。
……この高さで下を見るの怖いんだってマジで。
すると、
「おお……! アレが『ベール』か! 結構デカい街だな!」
そこには確かに、巨大な城壁に囲まれた城塞都市『ベール』があった。
昔聞いた話じゃ『ベール』には10万人もの人々が暮らし、冒険者ギルドを束ねる領主とギルド組員によって、【ドラゴン】の脅威とは無縁の生活が約束されているのだとか。
そんな『ベール』のほぼ真上までロゼは飛ぶ。
「なあ、街の上まで来たのはいいけどよ……俺はともかく、ロゼは【ドラゴン】だから街に入るのは厳しいんじゃねえか? 姿を見せた瞬間、あっという間に守備兵やらギルドの冒険者に取り囲まれるぞ」
そう、来たのはいいが、普通に考えてロゼが『ベール』に入るのは無理だろう。
ただでさえ【ドラゴン】を恐れる人は多いのに、【賢老竜】が現れたとなれば都市総出で迎撃態勢が取られること間違いなしだ。
『それなら心配いらぬ。よし、城門の上まで来たな。……それではダートよ、しばし"墜ちてもらう"ぞ』
「……は? 今なんて――」
――刹那、ロゼの巨体が金色に発光する。
昨日見た光と似ているが、今度はより強烈で、彼女の身体は全く見えなくなる。
そのままロゼの身体は小さくなっていき――遂に、俺の身体よりも小さくなってしまった。
――それがなにを意味するか?
まあわかるよな!
そう――――"落下"だ。
「うわあああああああああああああああああああああああああッ!!!」
俺は恐ろしく高い空の上から、地面に向かって墜ちていく。
ロゼの背中に乗って飛ぶのも怖かったが、コレはもっと怖い。
怖いというか、死ぬ。死ぬよコレ。マジで落下死するってば。助けて神様。
『ハハハ! 驚いたようだな』
すると、俺の頭上から声が聞こえた。
ロゼの声に似ているが、より女性らしいというか、まるで子供のように甲高いというか……
そして声の主は、すぐ俺の目の前まで墜ちてきた。
『"人間"にとっては、飛ぶのも良いが墜ちるのも新鮮な体験であろう? そのマヌケ面が物語っておる』
――そこにいたのは、女の子だった。
長い赤髪を持ち、額からピョッコリと二対の角を生やした、まだ幼い女の子。
年齢はだいたい15歳前後くらいだろう。
ロゼの竜鱗を彷彿とさせる造形の衣服――いや、軽装の鎧か、それをまとっている。
そんな女の子が、俺と一緒に地面に向けて墜ちていっている。
「お……お……おま、おま、誰!?」
『"誰"とは失礼なヤツだな。せっかく"人間"の姿になってやったというのに』
「……! ってことは、お前ロゼか!?」
『如何にも。【賢老竜】にとっては、姿形を変化させるなど容易いことだ。それより、そら、もうすぐ地面だぞ』
人間の女の子になったロゼは自慢気に言うと、面白そうに下を見て言う。
彼女の言う通り、城門のすぐ目の前の広場が、もう目と鼻の先まで迫っていた。
「いやだアアアアア! 死にたくないねエエエエエ! 誰か助けてエエエエエッ!!!」
俺は男としての尊厳とかプライドを全て捨て去り、涙と鼻水で顔面をグジュグジュにしながら泣き叫ぶ。
いや、仮に俺じゃなくてもこうなる。誰だってこうなる。
そしていよいよ地面にぶつかる――と思った瞬間、ロゼが小さな手で俺を掴む。
『"我が身への衝撃を和らげよ"――《ショック・リリーブ》』
ロゼが唱えた直後、ブオン!っと五芒星が描かれた魔法陣が俺達の下に出現し――
ズバアアアアアアアアアアンッ!!!
俺とロゼは、地面へのダイレクトアタックを敢行した。
まるで小さな爆発が起きたように砂煙が舞い上がり、視界は完全に遮断される。
だが、地面に激突した俺はちっとも痛みを感じない。
ロゼの魔術のおかげだ。
あんな一瞬で発動できてしまうのは、流石【賢老竜】といった所だろうか。
「な、何事だ!? 【ドラゴン】の襲撃か!?」
「くそっ、砂煙でなにも見えんぞ!」
おそらく城門の守備兵と思われる男達の声が聞こえてくる。
そりゃーいきなり目の前になんか落下してきて、なにも見えなくなるほど砂煙を巻き上げたら驚くのが普通だ。
ああ、うん、守備兵さんゴメンナサイ。
モクモクとした砂煙が晴れていくと、そこにいるのは女の子の姿になったロゼと、腰を抜かして地面に横たわる俺なワケで。
『ワシらはこの地域の冒険者ギルドに入るため、ここまで来た。『ベール』への入城許可を願う』
堂々とした様子で、ロゼは守備兵に向かって言い放つ。
「え? ま、待て貴様! 空から突然墜ちてきて入城させろだと!? ふざけるのも大概に――!」
『証明書ならあるぞ。槍を向ける前に、コレでも確認したらどうだ』
ロゼは鎧の隙間からゴソゴソとなにかを取り出し、守備兵に見せ付ける。
守備兵の男は恐る恐る近づいてそれを確認すると、
「ッ! こ、これは失礼を致しました! ど、どうぞお通りください! お連れの方の提示は不要です!」
なにを見たのか、目の色を変えてロゼに敬礼し、他の守備兵達を引き下がらせてしまった。
『そら、いつまで腰を抜かしておるのだ。早う行くぞ』
ロゼは俺の後ろ襟をむんずと掴んでズルズルと引きずり、加えていつの間にか墜ちてきていた『ワイバーンの肉』を軽々と肩に担いで城門をくぐっていった。
その小さい身体からは想像もできないほどのパワーである。
いや、そもそもは【ドラゴン】なんだから当たり前なんだけど。
……なんつーか、ロゼには色々聞くことがありそうだわ。