第六話『冒険の目的』
――次の日の朝。
『では、飛ぶぞ』
束ねた未使用の『ワイバーンの肉』と、相棒である俺を背中に乗せたロゼは――――バサッと羽ばたいた。
瞬間、彼女の巨体がグワッと空中に持ち上がる。
「うおっ!? うわああああああ!!!」
そのままロゼは大空へと上昇し、俺は振り落とされないよう必死に鱗にしがみつく。
いや、【ドラゴン】の乗って空を飛べるなんてロマンじゃん!とか思ったけど、コレ怖えーわ、普通に。
スピードがメチャクチャ早いし、普段すると吹っ飛ばされそうだし、地面が遠くにあるし。
もしこのまま落下したら――
一瞬そうなった時のことを考えたが、俺はすぐに考えるのを止めた。
『どうだ、大空を飛行する感覚は。地を這うことしか出来ぬ"人間"には、悪くない体験であろう』
「そそそそそうですねねねねねたたた楽しいなあああああはははははハハハ……」
恐怖でガチガチと奥歯を震わせながら、俺は全力で強がった。
いやまあ、こんな体験できる冒険者は多くないだろうけどさ……
「そ、それで飛んだのはいいけどよ! これってどこに向かってるんだ!?」
『最寄りの街へ向かう。お主が冒険者をやるなら、まずはギルドに登録せねばなるまい。ここからならば、たしか『ベール』の街が近かったはずだ』
聞いたことのある地名が出た。
『ベール』。俺の故郷の街からもそう遠くない、かなり大きな城塞都市だ。
俺自身は行ったことないが、話で聞く限りじゃ領主が直接冒険者ギルドを運営しているらしい。
そこに行けば、確かにギルドに入れてもらえるかもしれない。
「はぁ、ロゼはよく知ってるな。【ドラゴン】にとっちゃ冒険者やギルドは外敵だろうに。【賢老竜】ってのは、ホントになんでも知ってるのか?」
『なんでもは知らん。知っていることだけだ。それに長生きしていればな、敵であるからこそ情報が密接に入ってくるものだ。己の身を護るのに、知識と知恵ほど役立つ物はない』
「そういうモンか……俺は肉のことしか知らないからなぁ。ま、これから冒険者をやっていくんだし、その内ロゼに負けないくらい知識は増えていくかもな。知らんけど」
ハハハっと笑って俺は冗談を言う。
正直言って俺は頭が良い方じゃないから、知識だ知恵だと言われてもよくわからない。
けどなんとなく言えるのは、好きな物は自然と知識が付いてくるってことだ。
俺が、肉のことに詳しいみたいにな。
俺の言葉を聞いたロゼは『ふぅむ』と唸ると、
『……ダートよ、お主は何故冒険者になりたい?』
「え? 何故って……」
『冒険者となって、なにを成したい? お主が冒険者となって、果たすべき目的とはなんだ?』
「そ、それは――」
俺は咄嗟に答えられなかった。
ただ漠然と"冒険者になりたい"って想いだけで家を出て、なんとなく"冒険したい"から今こうしている。
別に目的なんてなくて、ただ憧れていたからだ。
だから"何故"と聞かれると、困ってしまう。
『別に詰問しているのではない。しかし【ドラゴン】と戦い、見果てぬ土地への道を拓く冒険者とは、決して生半可な気持ちで務まるほどぬるくはなかろうな』
「…………」
『せっかくこのワシが"相棒"になってやったのだ。この際、なにか目的を決めてみてはどうだ?』
「目的……つっても……」
俺は考えてしまう。
……俺が冒険する目的かぁ……なんだろうな……
ぶっちゃけてしまうと、これまでの人生で明確な目的意識を持って考えたことなんてない。
ただなんとなく、ただ好きだから、ただ楽しくて。
それだけで生きてきた。思い返せば、ちゃんと人生を考えたことってないかもしれない。
だから、"考え方がわからない"のだ。
気付いてみれば、情けない話である。
俺が思い悩んでいると、
『ワシはな、目的があるぞ。それは――お主の作る竜肉料理を、全て喰い尽くすことだ』
「俺の……肉料理を?」
『そうだ。無論、助けられた恩義もあるがな』
ロゼはバッサバッサと飛びながら、雲の中を進んでいく。
『お主と共にいれば、ワシは美味い肉にありつける。だからこうして、お主を背中に乗せて冒険に付き合っておるのだ。目的など、そんなもので良いのだよ』
「俺と一緒にいれば……」
彼女から言われて、俺はふと思い付く。
そういえば、昨日の『ワイバーンの肉』は美味かったよな……レベルも上がって、スキルも手に入ったし……
そうだ、どうせ冒険の中で色々な『ドラゴンの肉』を喰っていくことになるんだ。
それならいっそ――
「目的か……よし、決めたぞ!」
『ほう、申してみよ』
「俺の冒険の目的は……"世界中の【ドラゴン】を喰い尽くす"ことだ!」
――そう、【ドラゴン】を喰い尽くす。
ありとあらゆる『ドラゴンの肉』を手に入れて、それを喰ってやるんだ。
「極上の『ドラゴンの肉』を手に入れて、それを料理して、喰う。ロゼと一緒にな。そんで俺は世界で唯一『ドラゴン専門の肉屋』になれるくらい、竜肉に詳しくなってやるんだ。悪くないだろ?」
『……世界中の【ドラゴン】を食す、か。それはそれは、大層な目的を持ったものよ』
ロゼは半ば笑いながら、しかしバカにする様子を見せず、
『ならばワシの目的とも利害は一致するな。しかし世界中の【ドラゴン】ともなれば、全ての種族を喰い切った頃には、お主に敵う冒険者などいなくなっておろう』
「ハハ、そりゃいいや。なら『ドラゴンの肉』を喰うついでに、最強の冒険者にでもなってやるか」
俺とロゼは互いに笑い合い、未来の自分達に想像を巡らせる。
――これからどんな【ドラゴン】が待ち構えているのか。
――どんな極上の『ドラゴンの肉』を喰えるのか。
まったく、楽しみでしょうがない。
だが最後に『あ~……』とロゼがなにやら言い難そうに声を上げ、
『……一応言っておくが、ワシは喰ってくれるなよ』
「喰わねえよ!!!」