第五話『食後に明かされる衝撃の事実』
「ふぅ……喰った喰った……」
『ああ……美味かった……ワシは満ち足りておる……』
【赤い賢老竜】は満足そうに身体を伸ばし、俺は地面に大の字になって膨れた腹を撫でる。
『ワイバーンの肉』は主にささみ肉や竜ガラしか使っていないが、それでも俺とコイツを満足させるだけの量になる。
これが大型種ともなれば――もう百人分の肉料理が作れるだろう。
これからどんな極上の竜肉と出会えるのか――本当に楽しみだ。
『……む、そろそろだな』
すると、唐突に【赤い賢老竜】がそんなことを言う。
そして傷ついた身体をググっと起こし、四足の足で立ち上がる。
「お、おい! まだ動いちゃ――!」
『言ったであろう、『ドラゴンの肉』には傷を癒す力があると。見ておれ……』
立ち上がった【赤い賢老竜】が首を空へと掲げると――その巨体が金色の光に包まれた。
まるでホタルの発光のように柔らかな光で、決して眩しいほどではない。
直後、あれほど【赤い賢老竜】の身体に刻まれていた無数の傷が、ゆっくりと塞がっていく。
そんな光景に俺が見惚れている間に傷は全て塞がり、【赤い賢老竜】の身体は健常そのものへと復活を遂げた。
『ふむ、悪くない。これなら再び空を飛べるな』
【赤い賢老竜】は誇らしげに前足の翼をバサッと広げる。
翼を広げた姿は、まさに中型種に相応しい巨大さだ。
「こりゃ驚きだ……まさかホントに、しかもこんなにすぐ怪我が治っちまうなんて……」
『【ドラゴン】は元々共食いする生物だからな。こういう効果はすぐに出るのだ。お主とて『ワイバーンの肉』を喰らったのだから、身体に変化があろう?』
「変化……って……」
俺は自分の身体を見回す。
別にどこにもおかしい所はない。
ただ、いつも以上に活力というか、自分の中の何かが"強化"されたような感覚がある。
『《ステータス》を開いてみろ。見た所、お主は経験豊富な冒険者ではあるまい。おそらくレベルUPとスキル獲得があるはずだ』
「レベルとスキル……? うーん、そもそも《ステータス》を開くってどうやるんだ?」
俺は聞き返すと、【赤い賢老竜】はキョトンとして目を丸くする。
『……冒険者ならば、"人間"共が運営するギルドで一通りのことは教わってきただろう? それともまさか、お主ギルドに行っていないのか?』
「ああ、行ってない! なんせ俺は、まだ冒険を始めて三日目だからな!」
ドーンと胸を張って俺は言う。
そう! まだ三日目!
三日目でこんな凄いイベントが起きてるんだから、俺の冒険人生はどんどん面白くなるに違いないな!
ハハハ! と心の中で笑う俺を余所に、【赤い賢老竜】は深く長いため息を吐いた。
『……ワシは、冒険を始めてまだ三日しか経っていない冒険者に助けられたのか……いやはや、長生きすると色々なことがあるものだな……』
呆れた様子の【赤い賢老竜】だったが、
『自らの全身に意識を巡らせ、"状態認識"と唱えてみろ。現在のお主の状態が見れるはずだ』
「へえ……わかった。む~~~ん……"状態認識"!」
唱えると、ブオン!と俺の目の前にいきなり半透明な表示板が出現する。
そこには、
LEVEL UP !!!
【 名前 】 ダート・ハナマサ
【 年齢 】 18
【 職業 】 肉屋/冒険者(仮)
【 レベル 】 1 → 7 (↑)
【 体力 】 500 → 640 (↑)
【 魔力 】 10 → 17 (↑)
【 攻撃力 】 100 → 135 (↑)
【 防御力 】 100 → 107 (↑)
【 俊敏性 】 60 → 95 (↑↑)/BONUS UP!
【 アビリティ1 】 『肉の目利き』:無意識の内に極上の肉を選ぶ。
【 アビリティ2 】 『料理上手 (まあまあ)』:作った竜肉料理を食べることでランダムボーナス(小)が付く。
新 ス キ ル 獲 得 !!!
『ウィング・ランⅠ』
ごく短時間、風の如き速さで走れる(移動速度UP)
『ワイバーンの肉』により獲得。
という、俺の《ステータス》が表示されていた。
「うおっ、スゲエ! これが俺の《ステータス》なのか! けっこうレベル上がってるな」
『【ワイバーン】を倒した分も加味されているのだろう。もっとも、ほとんどは肉を喰ろうた分の上り幅であろうが』
【ドラゴン】を倒すより、【ドラゴン】を喰った方が獲得経験値が上なのか……
つまり――『ドラゴンの肉』を喰えば喰うほど、俺は強くなれる。
初めは"飢え死にしそうだから"って理由で【ドラゴン】を喰おうと思い付いたけど、本格的に喰う理由が出来たな……
こりゃあ、"棚からボタモチ"だ。
「ハハ、そりゃ凄い。それに、なんか新しいスキルを獲得してるな。……ってか、アビリティのコレは一体……」
『お主に限らず、元々アビリティとは皆が持っておる。もっとも冒険者にでもならねば、確認する機会もなかろうがな。……しかしこんな初歩的なことも知らずに、よく冒険になど出ようと思ったものよ』
「ハハハ、いやぁ勢いというか、つい飛び出したというか……」
自分の無鉄砲さ&無知さを指摘され、言い返す言葉もない俺。
いやマジ、俺って冒険者に関してなんもわからん……なんも……ヤバいな……
そんなことを思う俺とは対照的に、【赤い賢老竜】は真剣な目つきで俺を見る。
『……まあいい、お主が新米の冒険者かどうかなど関係ない。本来なら"人間"などという下等な生物、出会い次第噛み殺しているが――相手が何者であろうと、【赤い賢老竜】は恩義を忘れない』
【赤い賢老竜】はゆっくりと屈み、大きな頭を俺の目線の高さに合わせる。
『お主の"相棒"になってやろう。悠久を生きるこの身を、しばし"人間"と共に歩ませてみるのも一興だ』
俺は一瞬、【赤い賢老竜】の言っている言葉を呑み込めなかったが――
「"相棒"って……ってことは俺の仲間に、パーティに入ってくれるのか!?」
『そうだ。我が翼でお主の道を拓き、我が牙でお主の敵を噛み殺そう。喜ぶがいい、【賢老竜】を従える冒険者など、後にも先にもお主だけであろうよ』
「【賢老竜】の"相棒"…………【ドラゴン】の"相棒"…………」
俺は自分に起きた現実に茫然とし、パクパクと口を動かして単語を繰り返す。
そして、やっと全てを理解できた瞬間、
「――っいよっしゃあああああッ!!! 最強のパーティ・メンバーゲットおおおおおッ!!!」
大声を上げて、高らかに両手でガッツポーズを決めた。
「最高じゃねーか! 【ドラゴン】の"相棒"なんて、想像もできなかったよ! いや、マジでなんつーか、マジでありがとな!!!」
『ふん、礼を言うのはこちらの方だろう。お主は命の恩人なのだ。そ、それにな……お主の作る料理は、その、ひ、非常に美味だった……アレがもう喰えないというのはだな……あ、あまりにも勿体なくてだな……ゴニョニョ……』
【赤い賢老竜】は口ごもった様子で何かを言うが、有頂天な俺の耳には入ってこない。
俺は喜びのあまり【赤い賢老竜】の身体に抱き着く。
「よろしく頼むぜ"相棒"! お前がいてくれりゃ、最高の冒険になること間違いなしだ!」
『ええい、わかった、わかったから離れよ! それから最後に――!』
【赤い賢老竜】は俺を振りほどくと、ゴホンと咳き込む。
『ワシには、れっきとした名前がある。通常ならば決して"人間"などに名乗らぬ高尚な名前故、一度しか名乗らんから心して聞け。
――ワシの名は、ロジェルナ・リントヴルム。……"ロゼ"、とでも呼ぶがよい』
【ドラゴン】の名前――
人間がつけた種族の総称ではなく、固有の名前。
それを聞ける冒険者など、世界にどれほどいるのだろう。
俺は、強い胸の高鳴りを感じた。
「ロジェルナ・リントヴルム、か……。ああ、良い名前だな! 俺の名前はダート・ハナマサってんだ! これからよろしく、ロゼ!」
『ダートか。ふん、精々生きながらえて、ワシに美味い肉を喰わせるがいい』
「そうさせてもらうよ。……しかしアレだな、こう言うのも変だが、"ロゼ"ってまるで女性の名前みたいだな!」
カラカラと笑いながら、冗談半分で言ってみる。
人間の感覚からすると、"ロジェルナ"も"ロゼ"も、どっちかというと女性の名前っぽい響きだ。
まああくまで人間の話なんで、【ドラゴン】であるロゼには関係ないんだろ、と俺は思っていた。
――だが、
『? いかにも、女の名前だ。そもそも、ワシは"雌"だからな』
「……は?」
『いやだから、ワシは"雌"だ。人間でいう女だと言っている』
俺は数秒間の沈黙の後、
「な…………なにいいいいいぃぃぃぃぃ~~~~~ッ!?!?!?!?!?」
今日一番の衝撃の現実に、絶句した。