第十二話『美味すぎる!!!』
「はいよ、お待ち遠さん!」
俺は部屋に戻ると、テーブルの上に料理を置く。
皿に盛られた『竜胸肉の棒棒鶏』と『竜もも肉のから揚げ』。
それから土鍋にフタをされたままの『竜肉炊き込みご飯』。
……こうして見ると、料理の種類に統一性が欠ける気もするなぁ。
まあ男の料理なんてのは、肉に妥協せず、そして美味けりゃそれでいいんだって。
それら料理がゴトリと置かれると、
『おお! これが今晩の飯か! ウーム、匂いもたまらんな……!』
テーブルの椅子にちょこんと座っていたロゼが、はしゃいだ様子で各料理を見回す。
「今回は胸肉ともも肉を盛大に使ったから、どれも喰い応えがあるはずだぜ。しかし良い香りだよな……」
俺もロゼも、から揚げと炊き込みご飯からフワリと香る美味そうな匂いに、ジュルリと口元が緩む。
『どれどれ、ではさっそく――』
ロゼは我先にと『竜もも肉のから揚げ』の皿を持ち上げ、自らの口の中に流し込もうとする。
「お、おい待て! ストップ!」
俺は急いでロゼから皿を取り上げた。
当たり前だ、コイツ俺が喰う分まで一口で丸飲みするつもりかよ。しかもその身体で。
いや、"それ以前"の問題もあるけど。
「お前なぁ……昨日も思ったけど、喰う前くらい"いただきます"って言えないのかよ?」
『なんだと? 喰うか喰われるかなど自然の摂理だというのに、何故一言入れる必要があるのだ』
皿を取られたロゼは、不機嫌そうに頬を膨らませる。
俺は「はあ~」とため息を漏らし、
「あのな、"いただきます"って言葉は命に対しての感謝であり、料理を作った人への感謝でもあるの。それに、より飯が美味くなるための"呪文"でもあるんだからよ」
『……ほう? "いただきます"と言えば、飯が美味くなるのか?』
興味ありげにロゼが聞き返す。
相変わらず、そういう話には弱いようだ。
はは~ん、と俺はニヤリと笑って、
「アレ~? かの【賢老竜】様が、そんなこともご存知なかったんですか~? プークスクス」
『!? な、なにをぅ!? 【賢老竜】とて知らぬことくらいあるわ! 良いだろう! 言えばいいのだろうが、言えば!』
「そうそう、わかりゃ良いんだよ。それから人間の姿でいる時くらい箸かフォークを使え。いいな」
『ぐっ……良いだろう』
ロゼは苦虫を噛み潰したような表情で、右手に箸を持つ。
どうやら箸は使えるらしい。
持ち方も様になってる。
その辺は、やっぱ流石は【賢老竜】って感じか。
「うっし、それじゃあ両手を合わせて――"いただきます"!」
『"いただきます"!!!』
パンっ、と両手を合わせて、俺達は声を合わせた。
そうそう、やっぱり料理を食べる時ってのは、こういう風に始めなくちゃな。
「それじゃ、まずは『竜胸肉の棒棒鶏』から喰ってみろよ。冷たい物から先に喰った方が、味を感じやすいぞ」
『ウーム……しかし、何故コレには切り分けた野菜が乗っているのだ。彩りは美しいが、別に肉だけで良いではないか』
「肉屋の俺が言うのも変だが、肉ばっかりじゃ健康に悪いぞ。それにコレの喰い合わせは完璧なんだよ。ささ、騙されたと思って」
『そ、そうか、ではそちらを最初に……』
ロゼはごまダレのかかった胸肉、きゅうり、トマトを器用に少量ずつ箸でつまむと、あ~んと自らの口に運び込む。
そしてパクリと口に含み、モグモグと咀嚼すると――
『ッ! さ…………爽やかあああァァァ~~~~ッ!』
まるで炎天下の真夏に冷水を浴びたような、爽快感に満ちた笑顔を浮かべた。
『爽やかだ……! 茹でた肉はジューシーなのに、きゅうりとトマトの青臭さ、そしてタレの絶妙なコクがまとまって、爽やかな味を生み出しておる! コレは美味いぞ!』
「棒棒鶏を美味くするキモは肉の柔らかさとタレの濃厚さなんだけど、それを引き立てるのは野菜のシャキシャキとした食感とさっぱりとした風味なんだ。だから単体で喰うと気になるきゅうりやトマトの青臭さも、逆に癖になってくるだろ」
『確かに……! コレならば、肉の味を邪魔しない――いや、むしろ増しているぞ! ウムウム!』
「お気に召したなら良かったよ。棒棒鶏は本来"肉だけの辛い料理"なんだけど、今回はとある地域がアレンジしたモノにしたんだ。でも、正解だったみたいだな」
俺もさっそく箸で棒棒鶏を一つまみし、食べてみる。
――うん、これは美味い!
【ワイバーン】の胸肉は鶏肉のソレと比べてしっかりとした歯応えがあるけど、コレはコレで味わい深い。
ごまタレのしょっぱさも丁度良くて、コレなら無限に喰えそうだ。
などと思いつつ、腹が膨れ過ぎない程度にほどよく棒棒鶏を口に運んだ俺は、
「次は『竜肉の炊き込みご飯』だな。そんじゃ――――フタを開けるぞ」
素手で触れるほどの熱さになった土鍋のフタを、ゆっくりと開ける。
モワッと立ち昇る白い湯気、その向こうに――金色に染まったご飯と、その上に乗る具材達が姿を現した。
ロゼは小さな鼻を動かし、
『スンスン……おぉ……この食欲をそそる……甘美な匂いはァ……』
「言葉で言い表せない、幸せな香りだよなぁ……醤油にカツオ節とコンブのハーモニー……落ち着くぜ……」
俺もロゼも、炊き込みご飯から香る匂いに一発でノックアウトさせられた。
色んな具材や調味料が重なり合って作られるこの匂いは、不思議と心が和む。
でも、炊き込みご飯の真骨頂はここからだ。
俺は木製のしゃもじを手に取り、土鍋の中に突っ込む。
そして下の米をかきあげ、しっかりと具材と混ぜ合わせた。
『な、なにをしておるのだ? その、混ぜる行為に意味はあるのか?』
「こうすることで、茶碗に分ける時に米と具材が均一に行き渡るんだ。――ホラ、よそえたぞ」
俺は一人用の茶碗に炊き込みご飯をよそい、ロゼに渡す。
「ホウ、こうして分けて喰うのだな。では、一口……」
さっそく、炊き込みご飯を箸で口に放り込むロゼ。
香りからして、もう間違いはないが――
『こ…………幸福うううゥゥゥ~~~~っ!』
ああ、わかるよ。
しっかりと味の染みた炊き込みご飯を喰った時の、その幸福感。
『幸せだァ……幸福だァ……まさか穀物如きに、ここまでの旨味が出せるとはァ……』
「具材と調味料を米と一緒に炊いてやることで、全部の味も風味も米の中に閉じ込められるんだ。特にカツオ節とコンブが良い仕事してるだろ?」
『ウム! 肉にもちゃんと味が染みているし、米も野菜も全部美味い! それぞれ肉の噛み心地が異なるのも良いな! いやはや、海産物など喰うに足らぬと思っていたが、こんな使い方があるとはな!』
ハグハグと炊き込みご飯をかっ込むと、ロゼはすぐにおかわりを要求してきた。
彼女の茶碗にもう一度炊き込みご飯をよそうと、俺も自分の茶碗によそう。
そして一口。
うん、美味い……美味いなぁ……
落ち着く味付けっていうか、じわっと染みてくるっていうか……
コレだけでもう他のおかずがいらないレベルだし、もう完成度が高すぎる。
それに胸肉ともも肉を両方入れたのは、やっぱり正解。
食感にバリエーションが増えて、味とは別の楽しみがある。
こう、存在感のある個性的な料理も良いけど、こういう角の取れた丸い料理も、やっぱり良いモンだ。
――さて、お待ちかね。
本日のメインディッシュである。
「待ったか? 待ったよな? そう、尽きぬ欲望を持つ人間。その満たせぬ渇望の一片を、確かに埋めてくれる、禁断にして志向の料理――――『竜もも肉のから揚げ』だッッッ!!!」
俺は高らかに拳を天井へと突き上げ、『竜もも肉のから揚げ』の登場を吠えた。
大皿に、山が出来るほど大盛に盛られたから揚げ達……。
この光景を見て、血沸き肉躍ることのない人間などいるのだろうか?
俺は、もう興奮を抑えられない。
いざ――――食!!!
『……なんか、最後の料理だけお主テンション高くない?』
「気のせいだろ! さあ喰おうぜ!」
はあ、とロゼはから揚げの一つを箸で掴み、興味深そうに見つめる。
『……コレは、肉を油で揚げたモノか? 他の二品と比べれば確かに肉らしさはあるが、いかんせん地味というか……』
何故俺がそんな上機嫌になるのか理解できない、というような口ぶりでロゼは言う。
まあ実際、『竜胸肉の棒棒鶏』や『竜肉の炊き込みご飯』と比べれば一見地味かもしれない。
だが、それは"から揚げの真の魅力"を知らないからだ。
ひとたびその魔力に魅せられたが最期――――から揚げがメインディッシュ足り得る理由を、本能で理解することになる。
「いいから喰えよ……喰えばわかるさ……」
俺はキラキラと背後に星を輝かせながら、ロゼに催促する。
気持ち悪いとか思わないでくれ。
これがから揚げを愛するピュアな想いなんだ……
『ハア……では――』
恐る恐る、ロゼはから揚げを口へと運んでいく。
そして――
サクッ
っという衣を食む軽い音が木霊する。
ロゼはそのままから揚げを咀嚼すると――
『――――ッ!』
ピタリ、と動かなくなった。
目を見開いたまま、ピクリとも動かない。
『…………』
「……アレ? ロゼさ~ん……? 美味い、ですよね~……?」
……反応が妙だ。
まさか味付けを失敗したか?
いや、油で揚げる際にミスを犯した可能性もある。
だが思い出す限りでは、それらしい問題点は見当たらない。
美味く出来たはずだ。
では何故彼女は――
俺は冷や汗を滝のように流す。
考え難いが、ロゼの逆鱗に触れる"なにか"をやらかしたのかもしれない。
もしそうなら、一刻も早く彼女の機嫌をなだめねば。
相手はあの【賢老竜】。
もし本気で怒れば、俺など一瞬で喰い殺されてしまう。
いや、マジでそれは勘弁だ。
から揚げを喰わせて殺されるなんて、俺のプライドが許さない。
なんとかせねば……!
俺が自分の生死をかけて、本気で対策を考え始めた瞬間――――
ロゼの瞳から、ツゥーっと"涙"が流れ落ちた。
「……え? あの、ロゼさん……?」
『……知らなかった……ワシは知らなかったよ……こんなモノがあるなんて……』
ロゼの両眼から零れ落ちる涙の量は、どんどん増えていく。
『ハ……ハハハ……涙が止まらん……本当に美味いモノを喰うと、"涙"が流れるのだな……』
ロゼは新たにから揚げを箸で掴み、一口、また一口と喰っていく。
そして、
『う…………美゛味゛す゛ぎ゛る゛ッ!!!』
ロゼは、泣きながら吠えた。
え~……泣き出しちゃったよ、この人。
いや、この【ドラゴン】。
『美゛味゛す゛ぎ゛る゛そ゛ッ! 外側はサクサクとして軽い食感なのに、中の肉はフワッとしてジューシー極まりない! 味もしょっぱいだけではなく、様々な味が層となって噛むほどに肉汁と共に溢れてくる! 信じられん! コレは奇跡の料理だ! お主は天才だ!!!』
「あ、あはは……そう言ってもらえると嬉しいよ。実際、そこそこ手間暇かけて作ったからな」
いや、うん、褒められるのは嬉しいよ?
嬉しいけど、マジ泣きするほど感動的だったの?
まあ三千年以上も生きてきて、生まれて初めてから揚げを喰ったら、こういう反応になるのかな……?
いつの間にか、さっきの俺のテンションとロゼのテンションが真逆に入れ替わってしまった。
…………とにかく、喜んでくれたならいいか。
『止まらん! 箸が止まらんぞ! クウゥッ、ワシは生涯今日という日を忘れん! コレは"から揚げ"と言うのだな!? この料理のことは未来永劫に渡って、我が一族に伝え聞かせようぞ!!!』
子供のように泣きじゃくって、っていうか見た目は子供なんだけど、ロゼは凄い勢いで『竜もも肉のから揚げ』を食べまくっていく。
なんつーか、仮に俺が世界で最も高級な牛肉ステーキを食べる機会があっても、たぶんこんな風にはならないんじゃないかってレベルだ。
「そ、そう? まあから揚げのファンが増えるのは嬉しい……な……?」
『ウムウムウム! コレは末永く言い伝えられるべきだ! 世界に広まるべきだ! 否、ワシが広めよう!』
「そ、そりゃどうも。ああもう、ちょっとはゆっくり喰えって。たくさん作ってあるんだからよ」
俺は本物の子供を世話してるみたいで、なんだか少しホッコリしてしまった。
どんなに長生きしてても、やっぱ美味い料理、美味い肉に出会えば、皆笑顔になるんだ。
今回は、それのなによりの証明だな。
さて――俺もさっそく頂くとするか。
そう思って、『竜もも肉のから揚げ』に箸を伸ばすが、
『"たくさん"だと? もう全て喰い切ってしまったぞ!』
「……え゛?」
見ると、つい数秒前まで大盛のから揚げが乗っていた皿が、綺麗に空になっていた。
「え? は? ウソ? アレかなり多めに用意したのに……?」
『ワシは身体こそ魔術で変えておるが、中身は【ドラゴン】なのだぞ? 別に喰う量が減るワケではない』
「――!?」
それは――予想外――だわ――
『故にホレ、他の料理も空にしてしまった。だが、ワシはまだまだ足りぬぞ! おかわりだ! ワシはおかわりを要求する!』
ロゼは普段からは考えられないような屈託のない笑顔で、俺に言ってくる。
そんな笑顔を見て、俺は彼女にから揚げを紹介したことを若干後悔しつつ、もう一度台所を貸してもらえるようオバチャンに相談しに行くのだった。