第十話『たっぷりの野菜』
「ぬぐぐ……流石は都会の肉屋……悪くない肉を扱ってるけど、どれも相場が……!」
俺は『ベール』の通りに面する肉屋で、陳列された様々な肉と睨めっこしていた。
普通は街が大きくなればなるほど、人口が増えれば増えるほど、肉の値段は高騰する。
この店は品質はそれなりだが、如何せん値段が高ぇ……。
他の店もざっとは見たけど、やっぱり俺の故郷より相場が上だ。
余裕があれば試し買いしたかったのに、現実は非常である。
『おい、いつまでそうしておるのだ。早う宿を探すぞ』
悩ましい俺に向けて、ロゼは飽き飽きした感じで催促する。
「くそぅ……はいはい、わかりましたよ、っと」
俺は仕方なく肉屋から離れ、ロゼと共に通りを歩き出した。
「しかし意外だったな。ロゼのことだから、冒険者ギルドに登録するなり"狩りに行くぞ"って言い出すかと思ってたのに」
『そうしたい気持ちは山々だったのだがな、もう日も暮れる。ワシは夜目が利かんのだ』
へえ、と俺は相槌を打つ。
言われてみればもう夕刻で空は赤く染まっており、もうじき暗くなってくるだろう。
「かの【賢老竜】でも苦手なモノとかあるんだな」
『ウム、そもそも多くの【ドラゴン】は夜を好かん。昨日のコバエ共も、夜には消え失せたろう?』
「【ワイバーン】のことか? ああ、そういや確かに」
『【ドラゴン】とは基本的に昼行性なのだ。明るい間に大空を飛び、狩りをする。一部には夜行性の個体もおるがな』
なるほど、簡単に言えば"鳥目"ってことか。
そういえば、鶏も夜はマトモに目が見えないって聞いたことがある。
「へえ~、そりゃ良いことを聞いたな。そいつがロゼの弱点ってワケだ」
俺は悪戯っぽくニヤニヤと笑うが、
『とはいえ侮ってくれるなよ? 仮に頻闇の中だろうが、お主程度の大きさであれば半里先からでも見つけてみせようぞ』
逆に、不敵な笑みを見せつけられてしまった。
半里? 半里って一里の半分?
つまり一里が約4kmだから、その半分で約2kmの距離ってことか?
一切の?
灯りがない状態で?
2km先の人が見えるの?
「……別に、夜でも余裕で活動できるじゃん……」
『阿呆抜かせ。夜行性の【ドラゴン】なら一里先の小石でも見分けられるのだぞ? むざむざ狩られに出るようなモノだ』
……【ドラゴン】の生きてる世界怖っわ。
どんなに目がいい人間でも、真夜中に4km先の小石は見つけられんわ。いや昼間でも無理だわ。
「そうか……うん、夜は大人しくしてた方がいいな……」
『理解が早いな。なれば早う宿を見つけて、飯だ、飯』
ロゼは相変わらず尊大な態度で、ツカツカと歩いていく。
結局その後、俺達は安めの金額の宿を借りて一泊することにした。
一部屋ベッド二つ付き。
あ、一応テーブルと椅子もある。
飯が出ない代わりに宿泊費を下げてもらえたのは助かったな。
なにせ今の手持ち金といえば、俺の持っている小遣い程度のモノしかない。
明日には倒した【ワイバーン】の翼や皮などを売りに行くつもりだが、それでもすぐに依頼を受けるだの【ドラゴン】を狩るだのしないと一文無しになってしまう。
俺は部屋の隅に荷物や『ワイバーンの肉』、『竜斬包丁』を置くと、
「やれやれ……ようやく一息だな」
首をポキポキと鳴らし、う~んと背伸びをした。
思い返せば、実家を飛び出してから今日で四日目。
つまり四日ぶりにベッドで横になれるのだ。
こんなに嬉しいことはない。
『フン、なんと狭い部屋よ。ワシが元の姿に戻ったら、マトモに身体も伸ばせんではないか』
対してロゼはやや不服そうに文句を言う。
そりゃあ、元々が人間用の部屋ですからねぇ。
【ドラゴン】の来客なんて想定してないわな。
「今は人間の姿でいるんだから、いいじゃねえか。……まさか寝てる間に【賢老竜】に戻ることはないよな?」
『安心せよ。こんな姿を維持するくらい、ワシの魔力ならざっと五百年は難しくない』
こりゃあまたスケールの大きな話が出たな。
五百年とか、人間の寿命の五倍以上の長さだ。
そりゃ心配もいらない。
だがその一言を聞いて、俺はふと気になった。
「はあ……ところで、ロゼって今何歳なの?」
『ワシか? 確か……ひい、ふう、みい……ウム、今現在"三千三百十五歳"だな』
「……しゃんじぇん? え? ゴメンもう一回」
『"三千三百十五歳"だと言っておる。コレでも【賢老竜】としては若い方なのだぞ。長寿の者は一万年以上も生きるからな』
……こりゃあまたスケールの、いや、もう言うまい。
【賢老竜】の話を聞いて一々驚いてたら、身が持たないと思う。
人間の常識に当てはめるのはもう止めよう。
『それより、ワシは腹が減った! 一刻も早く昨日のように美味い竜肉を喰わせろ!』
ウガー!と大声を上げるロゼ。
……その姿で言われると、マジで子供にしか見えんな、お前。
「へーへー、宿屋のオバチャンに言って台所は貸してもらえることになったから、空き次第呼びに――」
俺が言いかけたまさにその時、"コンコン"と部屋のドアがノックされた。
はーい、と答えてやると、ガチャリとドアを開けて宿屋のオバチャンが顔を出す。
「お取込み中すまないねえ、台所が空いたから、もう使ってもらって大丈夫だよ」
「ああ、どうも。それじゃさっそく使わせてもらいます」
「そうしておくれ。それからね、コレは宿屋からのおすそ分けだよ」
オバチャンはそう言うと部屋の中に入ってきて、たっぷりの野菜が入れられたザルを俺達に見せてくれる。
「え? そ、そんな悪いっすよ! 今日泊まらせてもらったばっかりなのに……!」
「だからだよぉ。アンタ達、見た所"駆け出しの冒険者"だろ? 宿代もケチるくらいだから違いないよ。それもまだ子供なのに。【ドラゴン】なんかに喰われないよう目一杯腹ごしらえして、英気を養ってもらわないと、アタシも夢見心地が悪いってモンだ。だから受け取っておくれ」
オバチャンは俺に無理矢理たっぷりの野菜を手渡すと、グシャグシャと俺の頭を撫でる。
「男が遠慮すンじゃないよ。それに"カワイ子ちゃん"を連れてるじゃないか。しっかり護ってやんな」
「あ、あはは……ありがとう、ございます」
オバチャンは俺の感謝の言葉を聞くと、ガハハと豪快に笑って部屋を後にした。
……なんだろう、ホームシックだろうか。
あのオバチャンと俺のオフクロはちっとも似てないけど、少しだけ実家が恋しくなってしまう。
ロゼはそんな俺を見て、
『"護ってやれ"とはな。逆にワシがお主を護ることになると思うが』
「うるせーよ。俺だって【ドラゴン】を喰いまくって、いつかは"最強"になるんだからな。そン時はお前が護られる方だ」
『フン、期待しないで待っておこう。なにせ今は、まだ母親が恋しい小僧っ子のようだからなぁ』
ロゼが見透かしたようにクスクスと笑って馬鹿にしてくる。
「なっ、てっめ!」
『冒険を始めて、母が恋しくなったかァ~? どれ、ワシが甘やかしてやっても良いのだぞォ~?』
メチャクチャ癇に障る口調で、ロゼはヒラヒラと両腕を広げて見せる。
うわあ、コイツこんなに嫌なヤツだったのかよ。
「あ~もう、うるせえうるせえ! ……さて、とにかく色々と貰っちまったな……」
俺はザル一杯の野菜を見ていると――思い付く。
……あれ、コレとこの野菜があるなら――
「『ワイバーンの肉』の肉は、まだ胸肉ともも肉が残ってたな…………よし!」
『お、やっと飯か?』
「ああ――――今晩のメニューが決まったぜ!」