第九話『ギルドに入ろう③』
「いらっしゃいませ! ようこそ、冒険者ギルド【沈まぬ月】へ!」
俺とロゼが建物に入るなり、受付のお姉さんから元気のいい挨拶が飛んできた。
中はギルドの受付というだけあって中々の広さで、冒険者達がごった返している。
設置されたテーブルや椅子では様々な冒険者が仲間内で行く先の相談をしたり、はたまた情報交換をしたりしている。
見た感じ荒くれものが多いが、四割ほどは女性が交じっているのが驚きだ。
俺は受付に赴き、
「あ、えっと……新しく冒険者ギルドに登録したいンっすけど……」
「あら、新規加入希望の方ね? 嬉しいわ、キミみたいな若い子が来てくれて」
受付のお姉さんはおよそ20代半ばくらいの年齢で、金髪の美人さんだ。
やっぱ大きな組織ともなると、窓口にはこういう人が配置されるモンなんだろう。
「自己紹介させていたもらうわね。私は受付担当のカフィ。これからキミの冒険者生活をお手伝いさせて頂くわ。よろしく♪」
美人なカフィさんにウインクされて、俺は少し照れ臭くなってしまった。
「え、い、いや~、よろしくお願いしまっす!」
『お主、鼻の下が伸びておるぞ』
そんな俺を、シラ~っとした呆れた目で見るロゼ。
『まったく、所詮そういう所は"人間"の小僧か。野卑なモノよ』
「し、仕方ないだろ。男子ってのはそういう風に出来てンだよ」
『フン、"人間"の生理現象など総じて見るに堪えぬわ。それより受付嬢よ、さっそく冒険者ギルドに登録したいのだが』
ロゼがカフィさんに言うと、彼女はすぐに用紙が挟まれたボードを取り出す。
「かしこまりました。それでは、さっそくギルドの説明に入らせて頂くわね。お二人とも、ギルドへの登録は初めてかしら?」
『そうだな、特にこの小僧は(ダート)は無知が過ぎる。多少詳しく教えてやってくれ』
「なっ、お前、人前でなぁ!」
「うふふ、わかったわ。それじゃあ――」
カフィさんは説明を始めた。
――彼女の説明を大まかにまとめると、こういうことになる。
まず、冒険者ギルドに所属する"冒険者"にはランクがあり、『Ⅰ』から『Ⅶ』まである。
どんな奴でも登録する時は『Ⅰ』からで、ギルドへの貢献が認められていけば順にランクが上がっていくそうだ。
具体的には、
ランク『Ⅰ』:登録時のランク。
皆ここからだ。頑張れ。
ランク『Ⅱ』:特定素材の採集・納品。
または害獣駆除の依頼を複数回達成。
ランク『Ⅲ』:☆3アイテムの採集・納品。
または小型種【ドラゴン】を複数匹討伐。
ランク『Ⅳ』:☆4アイテムの採集・納品。
小型種【ドラゴン】の群れのリーダーを討伐。
ランク『Ⅴ』:☆5アイテムの採集・納品。
または中型種【ドラゴン】を討伐。
ランク『Ⅵ』:大型種【ドラゴン】を討伐。
ランク『Ⅶ』:ギルドによる最終試験を突破。
という風に、特定の規定を達成することによって、ギルド証明書のランクを上げてもらえる仕組みになっている。
これ以外にも、例えば街の防衛や他ギルドへの協力などでランクを上げてもらえることもあるそうだが、それは珍しいそうだ。
基本的に冒険者はギルドでランクに応じた依頼しか受注することができない。
受注した冒険者の実力が伴わなければ冒険者にも危険だし、失敗すれば依頼主にも迷惑がかかるからだ。
だからランクを上げたければ、全て自己負担で規定をクリアするしかない。
わかってはいたが、冒険者の世界は甘くない。
ランクを上げようと躍起になるばかりに命を落とした冒険者は、これまで数知れないそうだ。
俺にはそうなって欲しくない、とカフィさんは言ってくれた。
照れちゃうなあ、ふへへ。
他にも意外と細かな部分もあって、
・冒険者が自らのギルドや商会を開くのは自由。
・冒険者が持つ財産・私財には一切制限を設けない。
・冒険者向けの任意保険。
・冒険者ギルドを通さずに仕事を受けてはならない。
・他ギルドへの加入は自由だが、申請が必要。
・私闘は不許可。決闘はギルドを介すこと。
・空飛ぶナポリタン・モンスター教への入信は推奨されない。
……最後の、この、コレはなんだ?
いや、まあ冒険者の世界にも色々あるんだろ。知らんけど。
他にも色々と規定があったけど、とりあえずこれくらい覚えておけばOKだとカフィさんは言ってくれた。
最後にステータスの出し方を教えてくれようとしたが、それは知っているからと省略してもらった。
「――さて、大体の説明はこんな所かしら。それからコレを渡しておくわね」
と言うと、受付机の上にドン!と分厚い本を置く。
「"冒険者心得大辞典"よ。コレには冒険者としての心得と知識がみっちりと書かれてるから、最初から最後までちゃんと読んでおいてね♪」
――"冒険者心得大辞典"。
響きはカッコいい。
だが厚い。人を殴り殺せそうなほど厚い。
うわあ、読みたくねえ。
そんな無駄に小難しそうで分厚い本なんて、一ページだって開きたくねえ。
確かに冒険者にはなりたいけど、そういうの無理なんだよ……
俺は説明書とか読まないタイプなんだよ……
「……読まなきゃダメですか……?」
「読んで♪」
「……どうしても……?」
「読んで♪」
「……ハイ……ワカリマシタ……」
俺は大人しく、その無駄に分厚い本を受け取った。
まあ困った時のマニュアルだとでも思えば、持っていて損するモノでもないだろう。
俺が本を受け取ったのを確認したカフィさんは、ニコニコと笑顔を浮かべる。
「さて、それじゃあ他に聞きたいことはあるかしら?」
『一つ聞きたい。狩った後の【ドラゴン】は、ワシら冒険者が好きにして良いのだな?』
ロゼがカフィさんに尋ねた。
「ええ、基本的に討伐後の【ドラゴン】に関しては"冒険者さんの自由"としているわ。もし死骸を持ち帰れたならギルドで買い取るもよし、武器防具屋で装備を製造してもらうもよし、場合によっては魔術ギルドや錬金術ギルドが高額で買い取ってくれることもあるわね」
『そうか、"自由"なのだな。それがわかれば良い』
ロゼはニヤリと笑い、満足そうに言った。
……まあ、何を考えてるかはわかるわな。
そりゃそうだ、コイツの冒険の目的は"俺が調理した『ドラゴンの肉』を喰らい尽くす"ことなんだモンな。
そこさえ確認できれば、ぶっちゃけ後はなんでもいいんだろう。
「では、証明書を発行しますね。ここにお名前をお願いします。本名をフルネームで♪」
カフィさんは俺達にカードを差し出す。
そこには確かに【冒険者証明書】【登録場所『沈まぬ月』】と書かれてあった。
「おお……コレが冒険者の証明書……コレで俺も、冒険者なんだな!」
俺は喜び勇んでカードに名前を書いた。
【冒険者:ダート・ハナマサ】――
コレを見ることに、俺はずっと憧れていた。
コレで――――俺も冒険者なんだ!
俺はもうたまらない気持ちだった。
そんな俺とは対照的に、
『ぐぬぬ……"人間"なぞが作った紙切れに、ワシの名を書き記さねばならぬとは……!』
ロゼは、高貴な自分の名前を晒すことに結構なジレンマを抱えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして、俺とロゼの冒険は幕を開ける。
でもこの時――俺は気付いてなかったんだ。
受付でカードに名前を書く俺達を――背後から見つめる"二つの人影"があったことを。