差し伸べられる手
⏤⏤⏤⏤突然、激痛が走った。体をバラバラに砕くような、木の杭で打たれたような衝撃。それが胸を襲う。さっきまで当たり前にあった景色も感覚も何もかもを狂わした。
「っ!」
清流に泥水という毒が混じるように、この身が侵されてゆく。鎖で拘束するような痺れが略奪する、体中の正常を。
「……くっ!」
全ての記憶が、思い出が、砂が風に吹かれるように消え去ってゆく。急速に意識が遠のき始めた。
(た、大切な何かを……)
失いたくないのに。未来を歩きたいのに。それが叶わない。どうにもならない。青天の霹靂という言葉が似合う運命の終焉。
かろうじて残っている感触。肌に伝わってくる、誰かの温もり。もう少しでこの人の何もかもを感じ取れなくなるかと思うと、どうしてもそれを食い止めたくて、その人の名を呼ぼうとするが、
「…………!!」
声ももう閉じ込められてしまった。最後ではなく、人の死を表す最期の檻の中に。
(つ、伝えたい……。
でも……く、苦しい……)
「っ!」
下から火で炙られるようなひどい焦燥感に襲われ、気持ちだけが空回り。
だがしかし、傍観者がいた。それはもう1人の自分という第三者。映画を見ているような気持ちで問いかける。
「誰?」
半ば予測していたが、その問いかけに応える者はいなかった。水の中で音を聞くように遠く濁った自分の声が虚しく響く。
「誰なんだろう?」
視界は不鮮明。研磨剤でこすった窓ガラスのように。温もりを今も自分にくれる、その人の顔を確かめようとしても、霧に煙ったように見えない。当事者の自分がその人の名を呼ぼうとするが、
「…………」
器官が悲鳴を上げるような苦しい呼吸が無情にも響くだけで、声は死へ葬り去られていた。体が誰かに揺すられている、何度も何度も。遠くで誰かが自分を呼んでいる、必死に懸命に。
「…………!」
「…………!」
だが、それを聞くことさえももうできなかった、輪郭の残像だけ残してシャボン玉が割れたみたいに。
(声が聞きたい。
あなたの声が……)
一番好きだった声。
いつもそばで聞いてきた声。
問いかければ応える場所にいた声。
必死に探す、その居場所を。流れ星が尾を引いて消えてゆくように、意識が薄れ始めた。
(どうして……。
どうして、こんなことになって……)
自分の意思とは正反対に、まぶたが勝手に閉じてゆく。凍えた手足の感覚が戻ってくるようなジリジリ感が広がる、唇を動かそうとする、まだこの人のそばから離れたくなくて。
「…………」
だが、もう呼吸さえもできなかった。
(伝えたいのに、伝えられないまま……。
このまま……死んでしまう)
消えゆく運命に抗おうと、意識を呼び戻そうとした。
(この人に私は伝えた⏤⏤!)
その時だった。魂を消滅させるような激痛が胸をひどくえぐったのは。輪廻転生も叶わない。どこの世界からもいなくなる。もう二度と誰とも会えない。これが本当の死というのだろう。
そうして、静寂が訪れた。痛みも消え去った。そばにあった温もりもなくなった。無の世界がやってきた。死の淵に落ちてゆくしかない闇の中で、もう一度だけ強く願う。
(私は伝えたいことが、あなたにあった。
だから、それを伝えたい。
どうしても……伝えたい)
自分という霧がくるくると回るように消えゆく中で、呪文のように唱え続けていた時、凛とした優しい声がどこからか聞こえてきたのだ。自分を救うと言って。
『なんてことでしょう。……とは、私は許せません。……。自ら、この呪いを解く意思があるのなら、その機会と方法を与えましょう。今から5千年後に……うでしょう。……18の誕生日までに……』
抜け落ちた部分の多い言葉が響くと、それを最後に意識は完全に途切れた。まるで映画が終わった時みたいに、プッツリと⏤⏤⏤⏤