第2話 壊す光
その日の学校の授業は、体育がないのでゴンにとっては当たりだった。
体育なんて苦手だし、そもそも着替えるのが面倒クサイ。
しかし、ゴリラ加西は不満そうだ。
「なあ、ゴン!外でドッチボールしようぜドッチボール!」
「この寒いのに、もう中3なのに、休み時間は10分しかないのに、何がドッチボールだよ」
いつも加西はこの調子なのでゴンは呆れるのは通り越している。
きっと彼は動かないと死んでしまう生き物なのだろう。
「うー、じゃあ何でもいいから外に出よーぜー」
加西は半ばゴンを引きずるようにして中庭に出ていった。
外に出た瞬間、ゴンは風の寒さにブルッと身震いする。
空は昼前だというのに暗い雲が広がって暗い。程なく雪が降りだしそうな匂い。
「さ、寒い…」
教室を出る前に赤いマフラーを掴んできたのが不幸中の幸いだった。
マフラーの送り主である加西の姉は、加西に似て豪快ウーマンだが、アパレル関係の会社に勤めているのでセンスが良い。
この赤いマフラーも、深い赤色で派手すぎずカッコ良かった。
加西の姉はゴンのために買ったわけではなかったが、色白のゴンにとても良く似合っている。
タグにブランドのロゴはあるけれど、ファッションに疎い中坊のゴンには見てもわからない。
加西は震えるゴンを横目に小石を拾って木の枝に投げ始めた。
コツン、コツンと枝に当たる音、コンコロロン、と石が地面に落ちる音。
ゴンも、仕方ないなぁとばかりに小石を拾って枝に投げてみた。
小さな石は枝にかすることもなく虚しく草むらにパサッと落ちる。
「ハハッ」
加西は別に馬鹿にするわけでもなく、そんなゴンに明るく笑いかけた。
(王者の笑い方だなぁ)
ゴンはいつも彼のことをそう思っていた。
ゴンには少しだけ不思議な力があって、何となく他人のオーラみたいなものが見える。
正確には、見えるときもあるし見えないときもある。
大抵はただの〝色〝だけなのだけど、まれに〝人〝とか〝物〝とか、〝動物〝〝景色〝とかが人の後ろにうっすらと見えるのだ。
加西の後ろには時々、金色の光と剣を持った男の人が見えた。
それが何を意味するのか分からないけど、加西はきっと社長とか芸能人とか、有名人になるとゴンは思う。
小説家として有名な叔父のシュウジにも似た色のオーラが見える。剣を持った男はいなかったが…
まあ、オーラなんて見えなくても加西の非凡さはみんな感じ取っているらしく、彼は何をしても一目置かれるタイプだった。
その彼が、学校では地味な部類に入るゴンにベッタリくっついてくるのはちょっと謎だ。
「あれ…なんだろ?」
ボーっと考えていたゴンに加西が空を指差す。
「あれ?」
ゴンは加西が指す真上を見た。
何も見えない。
いつもなら、「なーんちゃって!見た見た?!騙された!」と笑う加西だが、今日はいつまでたっても空を指差したまま凝視している。
「…加西くん、なに?なにも見えないけど、なにが見えるの?」
「…大きな…丸い…UFOみたいな…銀色の…」
「え?」
不思議な事に、加西が説明した通りにゴンにも徐々に見えてきた。
曇天の空の中に、渦が出来てそこから生まれたような銀色の何か。
「加西くん、アレ何⁈」
ゴンが加西の方を見ると、彼は膝から崩れ落ちていた。
「かさっ…あ!」
空の塊から中庭に、一直線に光の線が落ちてきた。
ジュッ
その光は花壇のレンガを粉々に破壊する。
「えっ?うそっ…加西くん!」
ゴンは倒れている加西を引っ張って校舎に入ろうとするが、ゴンより20キロは重い加西はビクともしない。
「加西くん!起きて!起きて!ねぇ!!」
加西の広い背中をバンバン叩いていると、光の線が激しく動き回りすぐ横をかすめた。
ゴンの赤いマフラーの端が煙を上げてチリッと燃えた。
「この光に触れたら…!」
光が加西の方に向かう。「ヤバイ!」
ズッ!
ゴンは火事場の馬鹿力を出して少しだけ加西を引きずる事が出来た。
それでも光は加西のスニーカーの紐を焼いた。
ゴンにはハッキリと分かる、今度光が来たら避けきれない。
そして光はくる。
ゴンは加西に覆い被さった。
そうする事で助けられるかどうかは分からないけど、とっさにそうした。
光が、まるで狙いをつけたように迷うことなく加西と、彼に覆いかぶさるゴンに向かってきた。
ゴンの足元まで光が地面を焼いているのが分かる。
「・・・来る!!」
ゴンがギュッと目を閉じた時、ほぼ無意識であろう無表情の加西が、自分に乗っているゴンをはねのけて光に向き合った。
「加西くん!危ない!」
まばゆい光との中にゴンが見たのは、5つに分かれた光の線と、5つに分かれた加西の体だった。