2036
僕は真夜中に目が覚めると、窓から月明かりが見えたが、なんか変だ。機械仕掛けのファンはカタカタを音を立て、僕に風を送っている。携帯電話は空中を舞っていた…………えっ!? どゆこと? うだるような熱帯夜に頭がおかしくなったかな?
僕は寝ぼけているんだ。携帯電話をそのままに、外へ出る。家の森にはオーブが舞っている。なんだこれ!? 廃墟なんかで写真を撮ると写るヤツだ。目をこする。
空を見上げると、星が綺麗だった。三日月が3つある。大中小と。まだ寝ぼけているんだな。……あっ! 流れ星! 病気が治りますように。病気が治りますように。病気が治りますように。
お願い事を3回言えた。
僕は小児がんだ。長くはないだろう。死ぬのは怖くない。もう決めたから。
「君も死んだの?」
突然、後ろから声を掛けられた。深夜だから、ビックリする。僕は振り返ると、白いワンピースを着た、ロングヘアーの女の子が居た。年は僕とそう変わらないだろう。
「君は誰?」
「月が3つに割れたわね」
「それがどうしたの?」
異常事態だよ? それは分かってる。でも状況からして、そっちじゃない。女の子は山1つ越えないと来れない方向から現れた。それに【君“も”死んだの】って、この子も病気? いや、既に亡くなってる幽霊?
僕はまだ死んでない! やり残した事がいっぱいある!
「夢を見てるのね」
「どうやら、そうみたい」
「君は死んでるんだよ」
「そりゃ、小児がんだもん。死にかけてる。でも夢の中なんでしょ」
この子と話が噛み合わない。何が言いたいんだろう。
「癌じゃないの。今年は2036年…………小惑星アポフィスが地球に衝突したのよ。だから、みんな死んじゃった」
「えっ? でも地面は割れてないよ」
「幽霊になると、見たい世界、居たい世界の中で永遠に存在できるの。私はあなたが作り上げた虚像……好きな子をごちゃ混ぜにしたね」
「…………なんだか恥ずかしいな。僕は癌じゃなくて、隕石で死んだの?」
「そうよ。正確には、アポフィスは月にぶつかって、その破片が地球へ無数に衝突したの」
「遅かれ早かれ、人は死ぬんだ。でも早すぎるよ……」
「幽霊も良いものよ。真夜中しか“再生”出来ないけど」
「再生…………見たい世界、居たい世界か。昼間に幽霊ってのも変な話だね」
「私の名前は、アヤメ。君の名前は?」
「僕はコウスケ」
「コウスケ君、行きましょう」
「どこに?」
「極楽浄土。森の奥よ」
『コウスケ! 戻って来なさい!』
「ママ? ママの声だ。どこに居るの?」
天空から声が聞こえる。
『極楽浄土なんて嘘! その子は悪魔よ! 天国はこっち!』
「アヤメさん、どういう事?」
「邪魔くせえ親だな」
「アヤメさん?」
「もう少しで魂を盗れたのに。帰れ」
僕は天に向かって飛ぶ。その瞬間、スゥーゥ! 空に吸い込まれた。
ピッ……ピッ……。
「ここは、どこ?」
白い天井、パステルピンクのカーテン。病院? 白衣のオジサン、お医者さん。看護師さん。ママも居た。
「コウスケ! 治ったよ」
「コウスケ君、癌細胞は消滅した。免疫治療は成功だ」
「ママ、導いてくれてありがとう」
「もう、心配かけて」
「コウスケ君、アヤメというのはね、この病院に棲み着き、子供にとり憑く悪霊なんだよ。真夜中に現れるらしい」
「でも小惑星アポフィスは?」
「うなされていたね。今年は何年だい?」
「えーっと…………2037年」
「小惑星衝突なんてオカルトだよ」
――僕は完全に治療してもらった。しかし、寝る時に灯りを点けないと眠れなくなった。真夜中が怖い。また、アヤメが出るんじゃないかって。
僕は元気だ。