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#5 神様だって叶えられない願いを抱えてる

#4 神様だって叶えられない願いを抱えてる


武流は、荒神の住まう山の中の社へと送り返された。

その様子はすっかり変わってしまっていた。

人形のように空ろな瞳で社の奥の間に座っているだけ。

武流の心は、死んでしまったのだ。

「武流」

荒神が名前を呼んでも、何の反応も見せない。

そんな武流に、荒神は苛立たしげな表情を浮かべた。

癇癪を起こす前触れだ。

今までなら、それを察した武流がお神酒やおいしい食べ物を用意して御機嫌伺いをするところだが、もはや彼がそんなことをするはずもない。

そんな武流に、荒神は黙って近付いた。

そうして武流を抱きかかえるなり、社を飛び出した。


すごい速さで闇の中を進んでいく。

周りの景色は矢のように流れていき、武流にはどこを走っているのか、全く分からなかった。

速さが増していくほどに、前から吹いてくる風の強さも増してくる。

苦しい。息ができない。

武流は声を出すこともできずに、荒神の腕の中でもがいた。

荒神の方は、そんな武流の様子には気付いてもいないようだ。

――ああ、駄目だ。死ぬ・・・!

半分気を失いかけたところで、

「武流」

荒神に名前を呼ばれた。

「目を開けていろ。

今、妹に会わせてやる」

――妹・・・?

何を言っているのだろう?こいつは。

朦朧とした意識の中、武流は顔を上げた。

いつの間にか、強い向かい風は止んでいた。

荒神が足を止めたのだ。

目の前には、そのてっぺんが雲に隠れて見えないほど巨大な扉がそびえていた。

「しっかりつかまっていろ」

荒神は逞しい片手で武流の痩せた体を抱えると、空いたもう一本の腕をその扉にかけた。

「なんだ、貴様は!?」

とたんに、声が飛んだ。

この恐ろしく巨大な門の番人なのだろうか、二つの頭を持つ犬に似たバケモノが駆け寄ってきた。

「どけ」

荒神は顔色一つ変えず、腕を一閃した。

長く鋭い爪が、犬に似たバケモノの体を引き裂いた。

暗闇の中に、真っ赤な花が咲く。

荒神は、目の前の扉を押し開けた。

「曲者じゃ!」

「皆の者、出あえ!曲者を通すな!」

あちこちから声がわき起こり、見るだに恐ろしげな異形のものたちが殺到してきた。

だが荒神はものともせず、行くを阻む者は手片っ端から斬って捨てながら、ひた走る。

異形のものたちの血が、武流の頬に飛んできた。

――ここは一体どこなんだ・・・!?

だが、荒神に問い質せるような雰囲気ではなかった。

荒神の黒い瞳は、真正面の一点だけをひたと見つめている。

そこには、細長い塔のようなものが立っていた。

荒神は武流を抱えたまま、一陣の風となり、たちまち塔のふもとにたどり着いた。

そこには、異形のバケモノではなく、ごく普通の人間の姿があった。

まるで塔の中に入る順番を待つように、老若男女、大勢の人間があふれている。

武流の目はしかし、ただひとつの顔に注がれていた。

「おゆう!」

「・・・おにいちゃん」

少女が黒い瞳を真ん丸くして、武流の顔を見つめ返している。

その愛嬌のある大きな瞳は、確かに懐かしい妹のもの。

だが、おゆうは死んでしまったのだ。

妹にそっくりな姿をしたあの少女は、一体なんなんだ?


「それが、お前の妹か」

荒神は武流をその場に下ろすと、言った。

「武流、妹を連れて、さっきの門の所に戻れ」

「馬鹿な・・・おゆうは死んだと・・・」

混乱している武流に、荒神は静かに諭すように告げた。

「ここは、死んだ人間の行く黄泉の国。

お前は妹と暮らしたいのだろう?

ならば、妹をここから連れ戻せばいい」

黄泉の国?

思いもかけない言葉に、武流は頭の整理が追いつかず、ただ荒神の顔を見つめていた。

―― 一体なにを言い出すんだ?こいつは。

「死者の魂を現世に連れ戻そうなど、言語道断。

そのようなこと、許されるはずがない!」

地の底から、低い声が響いた。

辺りの空気がざわめくのが肌で感じられる。

「この世界の掟を破ろうとする不届き者、その方は何者じゃ!!」

「掟などクソ喰らえ!

そんなもの、オレが変えてやる」

天に向かって、荒神は吼えた。

そうして、武流の腕をつかんで走り出そうとしたので、武流は咄嗟に妹の手を取った。

幻じゃない。

その小さな手は、確かにここに存在している。

荒神は兄妹を両手に抱きかかえると、風のように駆け出した。

「お前たちはここに隠れていろ」

しばらく走ったところで、身を潜めるのにちょうどいい物陰を見つけた。

荒神は武流とおゆうをそこに隠すと、追って来る異形たちの前に身を躍らせた。


「おゆう・・・」

武流は、久しぶりに再会した妹の顔を見つめた。

顔色は紙のように真っ白だったが、小鹿のようにくりっとした黒目がちの瞳は変わらない。

懐かしさに、胸が苦しくなる。

武流は、妹を掴む手にぎゅっと力を込めた。

そうして、気付いた。

まるで氷をつかんだような、その冷たさに。

体温が感じられない。

妹の体は確かにここにあるけれど――

しかし、その肉体はもはや生きてはいない。

おゆうは、確かに死んでしまったのだ。

それを思い知らされて、武流の目から涙がこぼれた。

「ごめんな、おゆう・・・おれはお前を守ってやれなかった・・・」

「泣かないで、おにいちゃん」

おゆうはにっこりと微笑んだ。

「お兄ちゃんは、一生懸命やってくれた。

あたしは幸せだったよ」

おゆうは細い腕を伸ばして、武流の体を優しく抱きしめた。

その体に体温は感じられなったけれど、でも武流の心にその温もりは確かに伝わった。

今なら、まだ間に合う。

さっきの扉、あれが現世と黄泉の国とを分かつ門なのだろう。

あそこを開いて、現世に戻れば――

「帰ろう、おゆう。

荒神がいてくれれば、大丈夫だよ」

だが、おゆうは微笑んだまま、首を横に振った。

「ううん、あたしは行けないわ。

荒神さまにだって、死んだ人間を生き返らせることはできないのよ」

見て。


おゆうの指し示した先では、全身血まみれの荒神が立っていた。

二人を連れて逃げるために、黄泉の国の門番たちと戦っているのだ。

さすがの荒神も、斬っても斬っても沸いてくる異形相手に満身創痍。

血まみれの阿修羅のごとき凄まじい姿に成り果てていた。

「荒神さま、もうやめて。

このままでは、荒神さまが死んじゃうわ」

おゆうが叫んだ。

荒神はくるりと振り返ると、吼えた。

「ダメだ!お前は死んではダメだ!」

その様子は、人を超えた力を持つ神というよりも、ただの駄々っ子だ。

そんな荒神に、おゆうは、大人びた笑顔を向けた。

「ありがとう、荒神さま。お兄ちゃんと会わせてくれて・・・

でも、あたしは行きます。

心残りなんてない。あたしはお兄ちゃんに愛されて、とっても幸せだったもの」

それから、武流を振り返った。

「お兄ちゃんと荒神さまが仲良さそうで安心したわ。

さよなら、お兄ちゃん。

あたしのことなら、悲しまないで。

お父さんとお母さんに会えるんだもの、寂しくないわ。

お兄ちゃん、これからは、自分のために生きてね・・・」

おゆうがぎゅっと武流の手を握った。

その手は氷のように冷たくて、硬かった。

もう、おゆうの肉体は滅んでしまったのだ。

自分を見つめる妹の穏やかな眼差しに、武流は悟った。

おゆうは生きるべき人生を全うし、病の苦しみから解放されて、次の世界へと旅立つべき存在に選ばれたのだ。

ふわっと少女の体が宙に浮かんだ。

荒神に戦いを挑んでいた門番たちを従えて、おゆうは冥府の塔に戻っていった。

「おゆう・・・」

おゆうが塔の中に入ると、重い扉が軋んで閉まる音が響いた。

気がつくと、武流と荒神は、青い空の下に立っていた。

黄泉の国の扉は閉じられ、二人は現世に戻されたのだった。

つづく

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